第6話

《心美:実はね……》



あたしは自分が見たことをできるだけ細かく文章にして、ヒナに伝えた。



《ヒナ:キスゥゥゥゥ!? それ、本当なの!?》



ヒナが絵文字満載のメッセージを送ってきて、あたしは声に出して笑ってしまった。



《心美:本当だよ! 柊真も見てるから、明日聞いてみるといいよ!》



《ヒナ:転校初日にキスなんてなかなかやるねぇ》



ヒナは感心しているようだし、あたしは内心安堵していた。



大西さんはあの男子と付き合うことになるだろうから、柊真を持っていかれることもないのだ。



それはヒナも同じだったようで、嬉しがっている絵文字がふんだんに使われている。



それからあたしとヒナは散々転校生について会話をして、そのまま眠りについたのだった。


☆☆☆


翌日、2年A組の教室へ入ると相変わらず女子たちが大西さんの机のまわりを取り囲んでいた。



あたしの席には座れるように開けてくれているから、まぁいいけれど。



席に座ると後方から甘いハチミツのような香りがしてきた。



どこの香水を使っているのかわからないけれど、この匂いは食欲がそそられる。



「おはよう相沢さん」



突然後ろからスズの音色で声をかけられ、あたしは飛び跳ねるようにして振り向いた。



まさか自分に声をかけて来るとは思っていなくて、油断していた。



「お、おはよう」



大西さんの顔を見た瞬間昨日のキスシーンを思い出してしまい、なんだか赤面してしまってすぐに前方へ顔を戻した。



どうしてあたしがドキドキしなきゃいけないんだろう。



そう思い、乱暴に鞄から教科書を取り出して行く。



大西さんはあたしに挨拶をしたことなんて忘れてしまったかのように、他のクラスメートたちとのおしゃべりに熱心になっている。



美人で勉強もスポーツもできて、彼氏持ち。



そんな漫画の世界のキャラクターみたいな人がこの世にいるとは思っていなかった。



自分との格差を感じてため息を吐きだしたとき、昨日大西さんに告白していた男子生徒が教室に入って来た。



確か名前は大山君だ。



地味で目立たないけれど、重たい荷物などを率先して運んでくれるので助かると、1年生の頃委員会の先生から聞いたことがあった。



大山君は教室へ入ってくると真っ直ぐにあたしの席の後ろへと歩いて行く。



大西さんに群がっていた女子たちは突然登場した大山君を見て、怪訝な表情を浮かべた。



しかし、大山君は周囲の視線なんて気にすることなく、大西さんに微笑みかけた。



「おはよう真由」



呼び捨てにしたことに反応した女子生徒たちはざわめき、大山君へ非難の視線を向ける。



しかし、大西さん本人は呼び捨てにされることが当然だとでもいうようにほほ笑んだ。



「おはよう。今日はとってもいい天気だね」



「ちょっと大西さん。こんな人相手にしなくていいよ」



昨日知り合ったばかりなのにすでに友人面している女子生徒のひとりがそう言い、


大山君と大西さんから遠ざけようとする。



「昨日から付き合ってるの」



それはさも当然だというような声色だった。



日常会話と変わらないイントネーションでさらりと言ってのける。



女子生徒たちも一瞬なにを言われたのか意味が理解できなかったようで、キョトンとした表情になった。



一拍置いて我に返り、「えぇー!?」と、大きな声が教室中に響き渡った。



大山君は赤面し、大西さんはひとり涼しい顔をしてほほ笑んでいる。



それからは昨日と同じような質問責めが開始された。



「どうして付き合うことになったの?」



「本当に好きなの?」



「もっといい人がいるんじゃないの?」



など、大山君と大西さんでは釣り合わないと言っているようなものだった。



けれど、どんな質問にも大西さんは笑顔で返事をしている。



「素敵な人だと思ったから」



「少し会話をしただけで、惹かれたの」



「あたしにとって大山君は素敵な人だったから」



大西さんが返事をするたびに大山君の顔はニヤけていく。



今では頬から力が失なわれてしまって、完全に鼻の下が伸びきっていた。



これほどの美人にこんな風に言われたら、誰だってだらしない顔になってしまうだろう。



「ごめんなさい。ちょっと飲み物を買いに行きたいの」



まだまだ続きそうな質問責めを途中で止めて、大西さんが席を立とうとする。



「あ、それなら俺が買ってくるよ。なにがいい?」



鼻の下を伸ばした大山君がすぐにそう聞いた。



「いいの? 甘いものが好きなんだけど」



「炭酸? それとも、炭酸は入ってない方がいいかな?」



「じゃあ、炭酸が入ってないジュースを頼んでもいい?」



「もちろん!」



大山君は嬉しそうに頷くと、風のような勢いで教室を出て行ってしまった。



「なにあれ……」



それを見て唖然とした表情を浮かべたのはヒナだった。



「なんかすごいね」



あたしはそう言い、プッと噴き出した。

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