♯8:ヨルに絵学。


     †


 天気は雨のち曇り。

 ときどき晴れ。


 夜空はどんよりとした分厚い雲に覆われている。

 たまに雲の隙間から星々が顔をのぞかせては、きらきらにじんでまたたく。


「夜になれば、雨も上がる。たぶんね」


 とヒバナが予言めいたことを言ってたけど、それが本当になった。

 まあ天気予報だと思うけど。


 雨が降ったとしても予定を延期するだけの、余裕はあまりない。

 あのふたりのためにも。


 ヒバナいわく、

「いまならまだ、〝アレ〟を分離させられる」

 という。


 動くなら今夜だ。


 そう。


 だから、


 僕は、


 今夜、


《魔法陣》を描くのである。


     †


「やっちゃいやしょう! レッツ、魔法陣っ!!」


 とヒバナが言い出したのは昨日。


 それから二日と経たずの今宵である。


 ——で。


 時刻は、もうすぐ午前二時。


 いわゆる丑三うしみどき


 これぞまさに、


「ザ・真夜中」


 ヒバナがにんまりしながら言った。


「たのしそうだね」


 僕が言うと、


「やっぱ真夜中っていいよね。テンション上がるよね。ションテンガリアーだね」


 カノジョは僕のほうに満面の笑みを向ける。


「ま、どうせ昼も夜もカンケーないんだけど。なんせ見えてないし」


 そして、いつもみたく悪戯っぽく笑った。


「またそういうことを……」


 リアクションに困る。


 そんな僕らふたり、ションテンガリアーな真夜中にまんじりともせず、いったい『何』をしているのかといえば——


 無論、



《魔法陣》の制作まっただなかである。



「あ、ほんきだったんだ」


 と気づいたのは、ヒバナに魔法陣を描くことを言い渡されて、すぐだった。



 この場所は、図書館の裏手にある広場。


 この場所にはかつて煉瓦造りの倉庫がいくつか並んでいたらしい。


 図書館となった以外は解体され、跡地は現在ただのだだっ広い開けた空き地になっている。


 この図書館裏の広場を選んだの理由は、木々が生い茂っていて周囲から目隠しになってるのがひとつ。


 図書館正面も広場になっているが。

 あちらは深夜になると人通りが極端にすくなくはなくはなっても、通りから見えなくもない。


《魔法陣》は地面に直で描く。

 正面広場は芝生になってるので、気が引ける。

 という点。


 もっとも大きなの理由は、勝手知ったるバイト先であるということ。

 あれこれ事前準備や細工、工作や事後処理のことを考えると、ここが妥協点でありながら最適解。


 いまから二時間ほど前。

 日付が変わるころ、ヒバナと僕は、図書館裏の広場にやってきた。


 昼間の気温が三十二度あった。

 現在の気温は、二十八度。

 雨が上がり、放射冷却で気温は下がるかと思ったがそんなことはなく。

 ただただ蒸し暑くて、息が苦しい。


 ざわざわと草木が風に揺れる。

 が、けっして涼しくはない。


 まあ涼しげな気分もするから、まだ風がある分マシだと思うことにする。


「ミサキ〜っ、がんば〜〜っ!」


 ヒバナがあさってのほうを向きながら、気の抜ける声をかけてきた。


 肩からナナメがけにした水出しコーヒー入りの水筒と笑顔を弾ませる。


 めずらしくヒバナは長い黒髪をふたつ結びのお団子にしていた。

 暑さ対策だと思う。

 髪型が違うせいでいつもよりも顔の輪郭や表情が分かりやすい。


 ヒバナの今宵こよいの装いは、

 最近は夏っぽい淡い色ではなく、闇夜にまぎれる黒コーデだった。

 チャイナボタンのシャツにスポーティなラインの入ったショートパンツ。

 足もとは黒のスリッポン。

 おそろしく白い肌と、ソックスのラインだけが闇夜に浮かび上がって色を持っていた。


 かくいう僕も全身真っ黒の服。

 ただ僕のは勘違いのド田舎ラッパー。

 もしくは真夜中のスイカ泥棒。


 同じ黒コーデでこうも違うのかと。


「いや、あれか。元々のスペックが違うんだよね」


 とか、ぼやいてから、


「うぃー……っす」


 蚊の鳴くような声で僕はヒバナの声援に応えた。


「ちなみにもうすぐ時間だよーっ!」


 ヒバナがおっきな声で教えてくれた。


「わかった……! あとちょっと!」


 ヒバナにつられて、気持ち声がおっきくなった。

 とはいえ、一番近い住宅から距離があったとしても真夜中だ。


 もすこしヒバナもトーンを落として、と思ったが、


「おっけーミサキ、その調子! とにかく気持ちが入ってればダイジョヴっしょ!」


 おかまいなしにヒバナがボリュームアップして返してきた。


 たいへん元気がよろしい。

 僕は残りの元気ゲージを使い果たしそうだった。


「はーい」


 見えないのは分かってるけど、僕はヒバナに向かっておおきく手を振った。

 カラ元気ともいう。


 僕の声は自分でも分かりやすく疲れてきていた。

 おそらくだけど、ヒバナは励ましてくれてるんだと思う。


「よっし、仕上げ……——だっ!」


 これが終われば僕の任務は九割方終了。

『ラインカー』の取っ手をつよくにぎった。


 ところで。

 ラインカーとは聞きなじみのない単語では?


「グラウンドに石灰ラインパウダー白線ラインを引くヤツ」


 と言ったら分かってもらえるだろうか。


 大学からわざわざ借りてきたラインカーを率いて、雨上がりのぬかるんだ地面と格闘しながら二時間ほど。


 頭から水をかぶったような汗ダルマ状態。

 足もとのコンバースはもちろん、全身すっかり泥だらけ。


 僕は図書館裏の広場に《魔法陣》を描きつづけていた。


 正直、完成間近になっても半信半疑どころか懐疑的ですらある。


 そもそものそもそも。

 僕が魔法陣の描き方なんて知ってるはずがなく——


 まず調べるところからはじまった。



《魔法陣》


 または《魔法円》ともいわれている。


 僕のイメージは、剣と魔法のファンタジー。

 漫画や映画などのフィクションだと思っていた。

 いまもわりと思ってる。


 けど、調べていくと、


 古くは大英帝国あたりの魔女が用いていた魔法陣だとか。

 東欧の儀式で使われていたとか。

 悪魔召喚用だとか。

 古代ローマの、だとか。

 飛鳥時代の、だとか。

 

 ネットや図書館の資料、文献にもわんさか出てくる。

 実にソレっぽいモノから明白にフェイクだと分かるモノまで、調べれば調べるほどキリがなかった。


 しかしどうにも情報夥多かたすぎて、


「結局のところ、なにをどうして、なにがどうで、どこをどこからどうすれば……?」


 と頭をかかえていたときだ。

 図書館でかき集めた書物や資料のなかから、一冊なにげなく手に取った。


 それは、


『まんがで読む魔法の世界 〜ほんとはたのしいエンチャント学〜2』


 という児童向けの本である。


 漫画やイラスト入りで『魔法陣』について書かれてある本。

 バカほど丁寧かつバカほど分かりやすい内容。


『2』とあるからたぶん、二巻目。

 てか、何故か図書館に二巻しかなかった。

 どういうことだろうかとそんなことに気を取られてる場合ではなかった。


 とにもかくにも。

 この本には僕らが求めていたドンズバな魔法陣の解説が掲載されていた。


「図書館の偉いひと、ありがとうぅぅっ!」


 この本の出版にたずさわった人たちはもちろん、本の納入に『許可ハンコ』を押しただろう偉いひとにも謝辞を述べておきたかった。


 さっそく。

 本を参考に、ただちに魔法陣を描くのに必要な物資を集めていく。


「ひとりだと厳しいか」

 ヒバナに手伝ってもらう。


 なんとか日付が変わる前には準備を終え、この広場に到着。


 準備で疲労困憊気味だが、ここからがスタート。


〝ふたり〟が広場にやってくるまで残された時間は、約二時間。

 百二十分で、僕は魔法陣を描かなくてはならないのだ。


 僕らが《魔法陣》制作に選んだ図書館裏の広場は、学校のグランドとまではいかないまでも、これでも水けはよいほう。


 それでもラインカーのタイヤに泥が溜まって動きが鈍くなったり、線がまっすぐにならなくてヨレヨレになったり四苦八苦した。


「あたしも手伝うゼッ!」


 とかヒバナもはりきってくれたんだけど。

 さすがにヒバナに白線ライン引きをやらせるワケにも……。


「そこをGPSと音声案内でなんとかかんとか、」

「うん、そうだね。たぶんできなくはないと思う、け・ど。それをプログラミングする技術が僕らにはない……よ?」


 それにヒバナには事前すでに十分手伝ってもらっていた。


 ヒバナには魔法陣に必要な材料の一部調達をお願いした。


 ただの石灰で引いた魔法陣の効果をさらにアップさせるため。

 本(『まんがで読む魔法の世界』参考)には、塩だとか薬草(ハーブ?)だとかが効果的と書いてあった。


 薬草はまあ分かるが、塩というのはなんとも和風だなあと個人的感想。


 既出だが、魔法陣の描き方はさまざまある。

 絵画にも流行り廃りや流派みたいなものがあるように、魔法陣も時代や国や場所などでも違う。


「ハーブと塩ね、まかせといて」


 普段の生活でも買い物など、まるで支障なく暮らしているヒバナ。

 だが、今回のはふつうの買い物の量よりも多くなるだろうし、で、ちょっとだけ心配っちゃ心配したんだけど。


「というアレで、——はい、ハーブ」


 二時間前。

 広場に到着して早々、ヒバナが僕に手渡してくれた。

 オーダーしていた材料である。


 しかしそれは、


「わー、ありがと……ぅウゥっ!! か、カメムシの匂いッッ! ナニコレ!?」


「うちの叔母おばさんがベランダで育ててるパクチーだよ」


「ぱぱぱぱぱぱ、パぁクチぃー!?」


 パクチー。

 近年、爆発的に需要高まる——アジアンな料理の上によく乗っているアレだ。

 またの名を香菜シャンツァイ。コリアンダー。コエンドロ。コニシ。ザウムイ。ダニヤー。などなど。

 かつてはその強烈なニオイからカメムシ草と呼ばれたこともあったとかないとか。


「ハーブっていうか、……これは香草?」


 僕は花束贈呈のように受け取った自家製パクチーの束を抱えながら、首をひねった。


「おばさんなんか言ってった?」


「おいしくめしあがれ。って」


 なんか、ごめん。

 おばさん。


 そんでもって。


 いいのコレで?


 ハーブ?


 ハーブも香草だけども。


 これは、パクチーなの、です、けれども。


「いいのいいの、おっけーおっけー」


 言いながらヒバナは、さらに中身がパンッパンに詰まった袋を僕に放ってきた。


 先にパクチー受け取り、その束を抱えていた。

 ので、反射的にもう片方の腕を袋に伸ばした。


 と——


 ……ん?


「うおっとっと、っとぉぉうぅぅぉっ!?」


 花車きゃしゃなヒバナが放り投げたにしては、想像以上の重量感に、低い声が出た。

 一瞬、土嚢かと思ったくらいだ。

 腰がイカれて、手首をヤッてしまいそうだった。

 足を伸ばして全身で受け止めたが、最終的に地面にくずおれた。


 その姿は、時代劇とかである、正座してる上に重い石を置いていく拷問みたいなスタイル。


「え、あ、これ、塩? 塩、か? 塩じゃなくない? ん、なに、業務用? んんっ? って! いやこれザラメじゃん!?」


 膝の上の袋には『業務用コーヒーシュガー(ブラウン)』と書いてある。

 おなじみ、喫茶店やカフェに置いてある茶色い砂糖ザラメだ。

 一キロ入りが袋にパンパンに詰めてある。


 ひとーつ、ふたーつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ、ななつ、やっつ、ここのつ、とー、じゅういち、じゅうに、じゅう……。


 途中で数えるのやめた。


 そんなことよりも、気になった。


「塩でなく? コーヒーシュガー?」


 魔法陣に必要なのは、塩だったはずでは?

 てか、コレ。

 この袋、見覚えあるぞ……。


「ヒバナ、コレ、何処から持ってきたの?」

「時と木」

「……ですよねー」


 間髪入れずヒバナが返答してきた。


 これは、バイト先でいつも見てるやつだ。

 いつも僕が補充してるやつだ。


 ヒバナコレドウシタノ?

 ドコカラモッテキタノ?

 カッテニモッテキタノ?


 そして僕は考えるのをやめた。


「塩じゃないし、薬草でもない……そもそも魔法陣だって、いちじるしく一夜漬けのツケ焼き刃だし……」


「ダイジョブダイジョブ」


 としかしヒバナがカタコトになって元気に首を振る。

『大丈夫』と言いつつも、首は横に振っているので非常に分かりづらいが。


「気にしなくていい。ってやつだね」


「そうそう、そういうやつ」


 今度ははっきりと縦に首を振るヒバナだった。


「それより——やるしかない。やればできる。そういう想いが重要なんだ、特に今回のは」


 自分で自分に発破はっぱをかけ、呪文のようにくり返し唱えた。


 塩だろうが砂糖だろうが。


 薬草だろうがハーブだろうがパクチーだろうが。


 ただただ、


 ——それっぽいだけでいい。


 のである。


《魔法陣》だって、本来のモノとはいちじるしく違う。


 本に書かれてあった魔法陣を模してはいるが、僕が描いたの——細部のデザインはもちろん、そのサイズからして違っていた。

 

『人間がひとりかふたり入れるくらいの直径一・五メートルから二メートルほどの円』


 と本には魔法陣について書かれてた。


 しかし僕が石灰で描いた魔法陣は直径で、



 ——二十メートルほどあった。



「デカけりゃデカいほど、イイっ」


 ヒバナからのリクエストだった。


 人生初の魔法陣が、大きな大きな魔法陣。


 一夜漬けの付け焼き刃。

 現代の詰めこみ教育の権化のような仕様だけど。


 なんだかんだドタドタバタバタしながらも、なんとかかんとか描き切った。


 二時間もあったにしては出来損ないの魔法陣だ。

 二時間しかなかったとしたら、まあ悪くないと思う。


「よし、あとは、パクチ……じゃない薬草を置いて、」


 本に載っていた方法を真似つつサイズ感を考慮して自分なりに、魔法陣の円内に薬草パクチーをそなえていく。


 こちらに、ふたりがやってくる時間だが、なんとか間に合いそう。


「それで、塩のつもりでザラメを薬草の傍に盛っておく、と……」


 ザラメが茶色だから土と完全に同化してる……!


「これでいいの? これでいいんだろうか……!?」


 もはや考えたら負けだ……!


 盛った土色ザラメの頂上にキャンドルを設置し、点火具で火を灯していった。


 キャンドルは、百均で買ったアロマなやつ。

 火を点けるやいなや、ラグジュアリーに香ってくる。


「やっぱアロマのほうが雰囲気あっていいね」


 すぅーっと思いきり息を吸いこみながら、ヒバナが満足げにする。

 ふつうの蝋燭じゃなくて、アロマにしたのはヒバナの案である。


 より魔法陣感を演出するなら、匂いもふくめて儀式的なほうがいい。


 たとえば、松明たいまつ囂囂ごうごうと燃え盛っていたり、線香がモクモクしてるほうがそれっぽくはある。


 しかし松明は「数を用意するのも準備するのもたいへんそう」ということで、線香は「見た目が地味すぎる」という理由で、それぞれ見送られた。


 キャンドルの数を用意する手間はやはりあったものの、


 たしかに、アロマキャンドルなら火のゆらぎが視覚を、匂いが嗅覚をそれひとつで同時に刺激できる。


「たまにパクチーが主張してくるけど」


 レモングラスやローズなどアロマな匂いに香草が混じって、ワケの分からない雰囲気づくりには成功している。


 気がする。

 気のせいかもしれない。

 僕がそう思いこみたいだけかもしれない。


「人間は火の暖かさ、明るさ、ゆらぎにやすらぎを覚えるってゆうしね。ま、あたしには明るかろうがゆらいでようがカンケーないけど」


 うれしそうにたのしそうに、ヒバナが「ひっひっひっひ」と赤ちゃんみたく笑ってる。


 僕は「ははは」と乾いた笑いで右に受け流した。


「とりあえず。間に合ったかな」


 僕はすこしだけほっとする。

 動き回って泥だらけの汗ダルマになった成果かいはあった。


「おつかれおつかれ」


 言って、ヒバナがずっと肩から斜めがけにしていた水筒を手に持った。


 カップに並々とコーヒーをそそぐ。


「はい、どうぞ」


 めいっぱいの笑顔で、ヒバナがカップを僕に差し出してきた。


「ありがと」


 僕はコーヒーがなみなみ注がれたカップを受け取って、一気に飲み干していく。


 水出しのまろやかな苦味となにより水分と冷たさが、白線の粉が舞って真っ白になった頭から泥だらけでぐっちょんぐっちょんになったつまさきまで、全身に染み渡る。


「あー、おいしい」

「ねー、おいしいよね」


 ヒバナもカップを手に水出しコーヒーを口に運んでいる。


 ちなみに、この水出しコーヒー。

 準備したのは、僕だ。


 巨大魔法陣を描く準備、その予習とか下調べとか器具の手筈とかいろいろやっている最中も、カフェのバイトのシフトが入っていた。


 今夜の準備のことで頭がいっぱいだったけど、手を抜くことなく給仕する。


 とそんななか、めずらしく『時と木』の店長さんがやってきたのだ。


 店長さんは基本、僕がシフトの日は別店舗に行っている。

 あまり顔を合わせる機会がない。


 だから、


「どうかしたんですか、店長?」


 店長さんに営業スマイルのまま訊ねたが、頭のなかでは、


 もしかして、

 ヒバナと営業中にどっぷり話してから?

 それとも㐂嵜さんが怒鳴りこんできたあのときの、クレームでも入った!?


 そんな悪い予感が頭をよぎっていた。


「うちもそろそろ『水出し珈琲』はじめました。ってやるから」


 としかし店長は言った。


「じゃあ、あとはよろしく」


 そして、なんとも柔和な笑顔で僕に言って、あっというまに去っていったのである。


 あまりに自然な流れだったので、


「はい、分かりました」


 なんて僕も返事してしまった。


 のだが、


「み、水出し——とは!?」


 僕、知らないんですけど!?


 その後、なかなか店長さんと連絡がつかず。

 あわてた僕は、ネットでバリスタのひとの動画を観たりした。


 しかし、これまた趣味の世界である。

 水出しコーヒーもまた奥深い。


『引いた豆を七、八時間、水に浸しておく』というのもあれば、

『十二時間から十八時間くらい』と書いてあるのも見つけた。


 僕は魔法陣だけでなく、ここでも頭をかかえることになった。


 再びの情報夥多かたである。


 ここで救いの神登場。


 図書館の文献をあさったり検索したりなどしているとき、店長ではない『時と木』の店員さんが、

「忘れ物をしてた」

 と店にやってきた。


「みみみみみみ、水出し、知りませんか!?」


 パニック状態の僕を見て、すぐにそのひとが状況をさっしてくれた。


「ミサキくん、すっかり馴染んでるから。店長さん、水出しの作り方知ってるって勘違いしたんじゃない」


 そのひとは笑って言った。


 店長さんは悪気があったわけでなく。

 そのひといわく、

「なんだかところどころ抜けている」

 のだそう。


 僕も無能のひとなので他人のこととやかく言えないんだけど。

「店長さんったらもうウッカリさん!」

 である。


 不幸中の幸いだったのは、そのひとが『時の木』店長さん流の、水出しコーヒーの淹れ方を知ってたことだった。


 それを教わり、


 完成したのが、


「いままで飲んだ水出しで一番おいしいやつだわ。さっすがミサキ。略して、スガ」


 いま、ヒバナと僕が飲んでるやつ。


「『スガ』だと僕の名前入ってないけど、ありがとう。なんかいろいろあった泣きそうです」


 大学にバイトに魔法陣に水出しコーヒーとバタバタしたかいがあった。

 

「一生懸命にやればいいってもんじゃないけど——」


 僕はできあがった魔法陣に目をやる。

 キャンドルのやわらかなあかりに照らされ、浮かび上がった白線で描いた魔法陣。

 なんともヨレヨレの線でイビツな出来栄えだ。


 けれど、


「これはミサキが担当することに意味があるんだよ」


 ヒバナがそう言ってくれた。


「すくなくともあたしにとっては、それがたいせつなことだし。依頼主のひとたちにとってもきっとそうなる。間違いない!」


「あ、ありがと」


 素直にうれしかった。

 非常にテレるけど。


「水出しはほぼ満点だけど、ま、つぎはもっとうまくできるといいね。魔法陣」


「魔法陣って、つ、つぎもあるの……!?」


「せっかく描けるようになったんだし、いいじゃん。これがあると、いろいろ楽だし」


 僕の問いに、ヒバナはいつもの悪戯っぽい笑みでコロコロと笑った。


 ヒバナが楽になったり助かったりするのは、おおいにけっこうなことなのだけれども。


 この二時間、いや、二十四時間ほどを思い出すと、


「なんだか泣きそうです」



 そんな午前二時。


 ふたりがこちらに向かってやってくるところだった。


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