第51話 トイレで歴史は繰り返す

「ったく、立花のやろう、俺なんかほとんど食ってないってのに……」


 トイレの帰りに月人はぶつくさと一人で文句を言いながら皆の元へ戻ろうとすると前の方から見覚えのある人影が歩いてくる。


「立花?」

「あれ、夜王くん、なんでこんなところにいるの?」

「なんでって、トイレ行ってたんだよ」

「そうなの? じゃあトイレまで案内してくれない? あたしどこにあるのかよくわからなくって……」


 月人はそれを了承すると来た道を引き返しはじめる。

荒れた道をしばらく歩くとまったく人の気配が感じられない、木々に囲まれた暗い空間に木造の小屋がぽつんと建っている。


 中は汲み取り式の和式便器、電気はなく、近くの地面から無造作に蛇口が生えているのでそれで手を洗うのだろうがとにかく全てがボロく、二五年前に美月がトイレから飛び出した衝撃でドアの金具は下のほうがはずれ、和人と美月の時代から二五年経ったためかそのボロさはさらに酷くなり、風邪が吹いただけでも崩れ落ちそうなほど頼りない外見に美咲はフルフルと震える手で小屋を指差し言う。


「や、夜王くん、こんなところでトイレしたの?」

「そうだけどなんか問題あるか?」


 美咲はもじもじしながら言葉をつむぎ始める。


「だって、こういうところって、虫……とか……」

「虫? お前虫が恐いのか?」


 その言葉に美咲は驚いたような声を上げる。


「いや、恐いとかじゃなくて、トイレしている最中に足とかにとまってきたら気持ち悪いし、それにあんな狭くて暗いところに一人で入るのヤダ」


 月人は頬をかきながら。


「やだって……お前は小学生か?」

「……うぅ……ねえお願い夜王くん、終わるまでドアの前で待ってて」

「なんで俺がそんなことしなきゃいけないんだよ?」


 月人はめいっぱいめんどうくさそうに言うが美咲はなおも食い下がる。


「ねえ、いいでしょう? 早くしないと漏れちゃうよう」

「ああもう、わかったわかった、ドアの前で待っててやるからさっさとしてこい」

「うん」


 美咲はお礼を言ってトイレの中に入る、もちろん中に虫がいないか確認してからの行動である。


 だが美咲がトイレのドアを閉めた時点で彼女は今の現状に気付く。


 用を足している自分のドア一枚隔てた場所に月人がいる。


「~~!?」


 美咲は時間よ巻き戻れと願うが時間が巻き戻るわけもなく、顔や耳どころか首筋まで赤く染め上げ羞恥心で視界がぼやける。


 美咲は心の中で「なんで夜王くんももっと強く断わらないの!?」と理不尽な文句を言いながらトイレを早く済ませようと慌てるが月人は和人と違い、美咲に恋心があるわけではないし月人にとって美咲は妹のようなものなので特に気にすることもなく、純粋にさっさと帰りたいからという理由で美咲が早く用を済ませる事を願った。


 美咲は用を済ませるとパンツと体育用の短パンを上げ、早く出ようとするが顔を上げると視界に一匹の蛾(が)が飛び込んでくる。


 その瞬間、トイレの中から美咲の悲鳴が聞こえ、月人はドアのほうを振り向く。


「どうした美咲、おーーい、なんかあったかーー?」


 するとドアが勢いよく開き、その途中で残ったもう一つの金具も壊れ、トイレのドアは完全に外れ、トイレの中からは勢いよく美咲が飛び出した。


 月人はとっさに後ろへ下がるがそのまま二人は衝突し、月人は美咲に押され仰向けに倒れる。月人が首を起こすと自分に必死に抱きつく美咲の姿が見える。


 美咲はしがみ付くようにして力いっぱい抱きついてくるため月人は全身で美咲の感触を感じるが月人は特に気にする様子もなく、自分に泣きつく美咲を冷静に眺める。


「虫がっ、虫がぁあああ!」

「……おい、お前いつまで抱きついてるんだよ?」


 「えっ?」という少し驚いた声と同時に美咲は冷静さを取り戻すがその冷静な頭で現状を把握すると今度はさっきとはまた違った悲鳴を上げて月人から勢いよく離れる。


「つつっ、月人くん!? あたし……」


 月人は立ち上がると体育用のTシャツと短パンについた土をはらう。


「早くみんなのとこに戻るぞ、まだ片付け終わってねえんだ」

「えっ? うん……」


 あれだけ取り乱していたにもかかわらず月人の言葉を聞くと美咲は言葉が出なくなり、顔は驚きの表情しかとれない。


 自分が抱きついても何の反応もない月人の立ち去る背中に、美咲はただ寂しげな視線を送ることしかできなかった。



   ◆



 食事とその片づけが終わると生徒達は集合時間まで森の中や川べりを歩いたりして自然を楽しむが美咲は月人と一緒にいては間が持たないので一人で森の中を散歩しながら赤面していた。


「うぅ、夜王くんに抱きついちゃった、今まで修行中に近づいたり手が触れたりは、それに腕ぐらいなら触ったことあったけど、体ごとなんて……」


 美咲は赤い顔に手を当てながら熱っぽい息を吐くがすぐに下を向き、寂しそうな顔になる。


「でも、月人くん、あたしが抱きついても何も感じてないみたいだったなぁ……」


 美咲が一人落ちこんでいると。


「おい立花」

「……っ!?」


 声のするほうを見ると月人、結衣、真二の三人がこちらに向かって歩いてくる。


「ややっ、夜王くん、なんでここに!?」

「なんでって、任務だよ、さっき連絡があった。だからそれをお前に伝えようと思ってな、つうかこんなところにいたら迷子になるぞ?」


 月人が「こっちだ」と言って美咲の手を掴み引っ張ろうとすると美咲は赤面し肩をびくりと跳ね上がらせて月人の手を振りほどき走り出した。


「ちょっ、おい立花!」


 月人の声を振り切り美咲は走り続ける。

 顔は赤く、半泣き状態だ。


「そっちはダメだ!」


 月人の声の直後、突然美咲の横から黒い影が飛び出し彼女に襲い掛かった。


「!?」

「立花!」

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