第50話 ヘルクッキング

「立花、道具洗い終わったぞ」

「ありがとう、こっちも調理終わったよ、ほら」


 洗い終わった調理道具を持って戻ってきた月人と真二に美咲と結衣は笑顔で鍋の中身を見せた。


「どれどれ……」


 二人は同時に鍋の中を覗き込む。


「「!?……!?」」


 時間が止まること一〇秒、二人の飛んだ意識が戻ってきた。


「たたっ、立花、これはなんの魔道薬品だ?」


 意識が戻っても真二は言葉が出ず、唯一まともに頭の働く月人が顔を引きつらせ、冷や汗を流しながら美咲に問い掛けた。


「何って、シチューだよ、ねっ、結衣ちゃん」

「はい、二人のために一生懸命作りました」


 月人は笑顔で応える二人から視線を真二が未だに絶句しているモノへと移す。


 そこにはここでは、いや、人類の持ちうるどんな手段を使っても表現しようのないほど邪悪で醜悪な世界が広がっていた。


 月人は魔王クラスの霊力を持つ自分よりも二人の生み出した異界の愚物(のようにしか見えないシチュー)のほうがよっぽどこの人間界に存在してはいけないと確信する。


「……っ……お前これのどこがシチューだ!? メチャクチャ邪気が出てんだろ! こんなもん置いといたら闇の眷族(ダーカー)が生まれるぞ!?」

「夜王君、なんだか僕寒気がするんだけど変かなぁ?」

「大丈夫だ浅野、それが生物として正しい反応だ」

「ちょっと夜王くん、いくらなんでもそれはヒドイよ、一生懸命作ったのに!」


「うるせえ! こんなもん醜い悪魔(ジャージーデビル)(近くに存在する食べ物を腐らせる悪魔)や人頭羊体(トウテツ)(見た物全てを食い尽くす化物)でも食わねえぞ! ってああもう邪気どころか魔界の瘴気(しょうき)まで発生してるじゃねえか!」


「いいから男の子なら女の子の作った料理ぐらいちゃんと食べなさい!」

「「無理!」」


 と二人が叫ぶと結衣が目を潤ませながら下を向いて言った。


「すいません……私、昔からお料理が苦手で……でも、二人にはどうしても食べて欲しくって、でもいいの、無理して私の叔父さんみたいに闇の世界に取り込まれたら大変だし……」

「取り込まれたの!?」

「ええ、だからこれは捨てましょう」


 そこまで言われてはさすがに自分達のほうが悪い事をしているようで月人と真二も心苦しくなり。


「はい、じゃあ二人ともいただきます」

「「い……頂きます……」」


 二人は青ざめた顔でおそるおそるスプーン握る。


「夜王くん……」

「諦めろ浅野、どうせ人間いつかは死ぬんだ、それに長く生きればいいってもんでもない……」

「でもせめて結婚ぐらいしたかったよ……」

「言うな、もう事態は誰にも止められねえとこまできたんだ……」

 月人の「いくぞ」という言葉と同時に二人は毒(で済めばいい方)としか思えない物体を口に運ぶ。


「!■■■■■■■■■■■■!」



 痛い  悲しい  辛い  死にたい

 空しい  苦しい  不味い  切ない  憎い



 月人は目から涙を流しながらイスから転げ落ち、反動で背骨が折れるかと思うほど激しく全身を痙攣(けいれん)させる。


「やっ、夜王くん!?」


 美咲と結衣が駆け寄ると月人は一度大きく背骨を仰け反らせると白目を向いて動かなくなる。


「そんな、夜王くん!」

「真二君は?」


 結衣が心配そうに真二に視線を向けると真二は礼儀正しくイスに座ったまま気を失い、顔から生気を失っていた。



   ◆



「 ハァ ハァ ハァ」


 一〇分後、どうにか一命を取り留めるのに成功した月人と真二の顔は青ざめ、、両肩で大きく息をする。


「立花てめえどうやったらあんな、おぞましいモノが作れるんだよ!? 父さんが食べるのを忘れていて苔(こけ)むした石みたくなったカツサンドが美味く思えてくるぞ!」


 結衣の「夜王君そんなの食べたの?」というつっこみを無視して美咲が反論するが月人は額に青筋をたてて怒鳴る。


「いいか立花! 料理っつうのはこうやんだよ!」


 月人は包丁と余った材料を掴むと神業としか思えない包丁さばきで材料を切り、目分量で調味料をグラム単位で使い分け、プロ顔負けの流れるような作業で新たなシチューを作って見せた。


 美咲達がそのシチューを食べると三人が三人、皆おいしいと絶賛しおかわりを求めるがもともと余った少ない材料で作ったシチュー、おかわりどころか月人自信の分すらない状態だっため、ロクに食べることができなかった月人のことも考えず文句を言う美咲を月人は「来年の炊事遠足でも作ったやるから」と言ってなだめ、なんとかその場をしのぐのだった。

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