7ズズズズ ズズズ……………………ズッ


「美味しくうどんをすすりたいけど、汁が飛んじゃうかもしれない……。わたしたちはそういうスリルを味わっているの。普段の生活では思わず避けちゃうようなシチュエーションをあえて作り出して、緊張感を楽しんでいるのよ。……ねぇ中村君、面白そうでしょ」

「あ……うん……いや」

 まゆゆは小生に……いや、小生の白いシャツにねっとりした視線を送る。小生はゴクリと生唾を飲み込み、その顔に見入った。


「今日はね、懇意にしてるカレーうどん専門店から特製メニューを届けてもらったの。『濃厚ぷるんっ・勇者のためのカレーうどん』っていうのよ」

「濃厚……ぷるんっ」

「その道半世紀のうどん職人が打った麺に、コクがあるのにあっさりした至高のスープが絡んでるの。比内地鶏と和の根菜もたっぷり入ってるわ。どう? 美味しそうでしょう?」

「……はい、美味しそうであります」

「うどんはコシが強くて、箸で掴むとぷるんっと弾むのよ。そこにサラッとしてるけどコクのある濃いスープがよく絡んで――」

「ああ、麺がぷるんっとしたら汁が……しかも、濃い色とはこれまたっ!」

「具材のメインは、なんとねばねばの里芋よ。さ・と・い・も。意外とカレーに合うの。でもほら、里芋って掴みにくいじゃない? つるりと滑ってスープの中にドボンってしたら――」

 ああ、ドボンはだめだ! ドボンしたらビチャーがもれなくセットになる。そうなったら、汎用な白シャツ男など一貫の終わりで……。


「ねぇ、汚れちゃってもいいじゃない。いいえ、いっそ……わたしも汚して! あなたの好きなように。ね、中村君!」

「――――!! 入会します!」

 次の瞬間、小生は弾かれたように頷いて、テントに向かって走り出していた。

「ああっ、中村氏――っ!」

「中村氏ーっ! 無茶しやがってぇぇぇー!」

 後ろから憐れな戦士たちの声が追いかけてくるが、もうどうでもいい。勢いのまま、テントに飛び込む。


「はーい、お一人さま体験入会ね。『勇者のためのカレーうどん』どうぞ!」

 すぐに目の前にうどんの器が運ばれてきた。

「頂きます!」

 合掌してから、添えられていた箸を掴む。

 これはもう、行くしかない。不肖中村、本日、男になります。


 ――びゅっ! びゅびゅっ!


 白いシャツに、カレー汁が華麗に舞い散った。

 まゆゆがそれを見て、顔を綻ばせている。

 ああ……まさに女ネ申(縦書きで読んでいる諸兄。もうそろそろこの話が終わるぞ。お付き合い感謝する)。

 小生は派手に汚れた己の白シャツを見ながら、こう呟いたのだった。

「美味い! 我が生涯に、一片の悔い無し」





   (乙)

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濃厚ぷるんっ・勇者のためのカレーうどん 相沢泉見 @IzumiAizawa

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