寺島さんの第六感

芦原瑞祥

ゴースト ミナミの幻

 まだ世界がミレニアムを迎えていない頃、友人の寺島さんに誘われて、私は映画を観に行った。今はなんばマルイがある場所に、かつて南街会館という古い映画館があったのだ。


「何観るんやっけ?」

「『シックス・センス』」

「ホラーって聞いてたけど恋愛モノなん?」

「あんた、シックスセンスて聞いて『ときめきトゥナイト』思い出したんやろ」

「わかった? 女の子だけが持ってるアレや、第六感コンピューターや」


 などと言いながらシートに着席したが、正直映画館の古さ、特にスクリーン横の緞帳の年季の入りように驚いた。なんというか、すごく湿った重々しい感じがするのだ。これはもしかすると、かもしれない。


 けれども隣の寺島さんは、「あの裸マントには参ったよなー、お茶の間凍り付いたよなー」とまだ『ときめきトゥナイト』の話をしている。ということは、私の気のせいだったようだ。


 寺島さんには、いわゆる「霊感」がある。

 車に乗っているときに突然「ああっ!」と叫ぶので何ごとかと思ったら、「ごめん、生きてない人やった」と普通の調子で言う。彼女はときどき、生きている人とそうでない人の区別が付かないらしい。「ピンクのセーターの人轢いてしもたかと思ったわ。さっき、あんたの身体すり抜けていったで」などとのたまうので、怖くて仕方がない。


 私自身は霊感なんて無いはずなのに、寺島さんと一緒にいるとつられて「見えて」しまうことがある。服装や特徴を答え合わせしたら「正解」と言われるので、見えているのは寺島さんと同じもので、私の妄想ではないらしい。


 そうこうしているうちに映画が始まる。冒頭で「まだ映画を観ていない人には決して話さないで」とブルース・ウィリスに約束させられたオチに、「なるほどそうか」と唸った。


「いやー、ゾクッとしたね」と立ち上がって出口へ向かう私に、寺島さんはこう言った。


「……うん。映画もやけど、左側の緞帳のとこに、なんかずっといてはったわ」


 ぎょっとして、私はスクリーンの方を振り返った。やはり霊がいたのか。気のせいか、緞帳のあたりに黒い靄がかかっている気がする。


「あ、あんまり見たらダメ。見えてるって気づかれたら、ついて来はるから」


 寺島さんはいつもどおり、大したことじゃないかのようにのんびりした口調で言うが、私は気が気じゃなかった。


「え、じゃあ寺島ちゃん、映画観てる間、どうしてたん?」

「舞台袖を見ないように、めっちゃ集中してスクリーン観てた」

「うへえ」


 それから二人で飲みに行ったのだが、寺島さんは「あーあ、ついて来てしもうた」と不穏な発言をして、日本酒を指先につけ、虚空にむかってピッピと放っていた。


 その後、寺島さんも私も仕事が忙しくなり、気がつくと半年ほど経ってしまった。

 久々に寺島さんから誘われて、私は心斎橋の半個室居酒屋を訪れた。こういう店を選ぶってことは何か話したいことがあるのかな、と思っていたら、料理が一段落ついたあたりで彼女が口を開いた。


「実は、カレシができてん」


「うおお、おめでとう!!」


 身を乗り出して喜ぶ私と対照的に、当事者の寺島さんは「カレシでええんかな」などとボソボソつぶやいている。


「ちょっと事情があってな、親とか友達には紹介できへんねんけど、……あんたなら、わかってくれると思って」


 親はともかく友達にも紹介できないなんて、一体どういう人? 前科あり? 借金持ち? と不安になったが、「あんたならわかってくれる」と信頼されたことが嬉しい。


「寺島ちゃんが選んだ人なら、祝福するよ! で、どんな人?」


 寺島さんは、言いにくそうにしていたが、ぽつりぽつりと語り始めた。


「秋に映画観に行ったやろ? そんときにな、私のこと見初めはってんて。なんや危なっかしい子やから俺が守ったらなあかん、て思ったらしいわ。カレ、ちょっと前に、私が怖いのんに絡まれてるのを助けてくれて、それがきっかけで、な」


 ちょっと待って。『シックス・センス』観たときにそんな男性いたっけ? 緞帳のとこに「なんかいる」とは言ってたけど。……まさか。


「最初は怪しい奴やて思ったけど、なんかこう、この人や! って感じてしもうてん」


 向かいに座る寺島さんが、照れたように自分の隣へ視線を向ける。広く使えばいいのに、四人がけの机の奥側に寄っている様は、通路側にもう一人いるかのようだ。


 そうだ、寺島さんと一緒にいると、私もつられて見えてしまうんだった。


 薄暗い半個室の中、寺島さんの隣にぼんやりと人影が浮かび上がり、私に向かってぺこりとお辞儀をした。

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寺島さんの第六感 芦原瑞祥 @zuishou

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