第18話 追放
重々しい門を開け放ち、いつも通りの足運びでその部屋に踏み込んだ。
あつらえたような、正方形の空間。
虹色の魔界植物が咲き誇り、極彩色の霧が薄ら立ち込める空間。
水に油をさしたかのように、情景がゆらぐ。
そして、現れたのは。
まあ、見るからに“悪魔”ってナリの生き物だね。
ヒトをたぶらかすアレじゃなくて、もっと原始的な……岩のような肌に、そのくせ、コウモリのような皮膜の翼を背にした。
ただ、先日相手にした“愚かしいデーモン”のような雑魚と違って、獰猛な面構えには、しかし、確固たる“知性”が感じられる。
指が異様に長い。ボクの背丈ほどあって、バランスが悪いね。
「アーク、デビル……!」
カリスが、まるで怨敵を前にしたような意気込みで、はがねのつるぎを抜き放った。
リーザも、アルフも、ナターリアさんも。
それぞれに、恐れおののきながらも、臨戦態勢に入る。
大丈夫。
今の自分達なら、勝てる。
そう、お互いに信頼し合ってるんだね。
じゃあ、
「【
ボクの文言が、戦いの合図となった。
これは、ボクの“必殺技”だ。
百回斬りつけると言うメソッドに“刹那万戦斬”と言う名前をつける事で、必殺技と言う存在を定義した。
名前とは、存在の定義だ。
それは、本来「人間に可能かどうか?」と言う事すら超越した、呪いとも言える。
思考の実体化である魔法には、重要なものだ。
これによって、ボクは一秒未満で100の斬撃を実現した。
……アルフに対してね。
流石はオーク。
こんな短剣でちょっと斬られたくらいじゃ、肉が薄く切れた程度だよね。
でも。
【DEATH!】
【アルフォンソHP:0/912,000】
第九オーク・クランのアルフォンソは、びくり、びくりと全身を痙攣させた挙げ句、身体の内側を何度も何度も内爆させ、前のめりに倒れて動かなくなった。
ボクは、彼を葬った短剣ーーほうちょう(1パーセントの確率でヒトを即死させる)を、逆手に構え直した。
即死付与1パーセントの武器で100回斬りつければ、とりあえずの致死率は100パーになるはずだよね? 理論上は。
仮にダメでも、もう一度試行するくらいの隙は見てたし。
さすがに、ほうちょうくらい軽い武器でないと、腕がイカれてしまうから出来ないけどね、
「ぇ……?」
何が起きたか、未だに処理しきれていない様子のカリス、リーザ、残りの生き残りども。
この間も、ボクは動きを止めない。
【時間加速】をした。
もちろん、アークデビルに。
「な、何ーー」
さすがのヴァンパイア。
最初に我に返ったのはカリスだけど、それすらも遅かったね。
マクシミリアン装甲に守られた彼女の胴体だけど、その何まわりも大きなアークデビル(以降、アッちゃん)の手に鷲掴みにされ、持ち上げられた。
異様に長い指の用途は、このためなんだろうね。
ゲームとかだと、演出の都合でここから叩きつけられて、なおも立ち向かう余地があるんだけど。
そのまま鎧ごとプレスされた。
もはや変声すらかなぐり捨てたカリスから発せられたのは、若い女の断末魔。
これまでの人生でどんな重傷をおっても絞り出されなかった、もう、自分の命が後戻りできない所に来たヒトだけが発せられる金切り声。
ボクが死ぬ時も、こんな声を上げるのだろうか。そんな事をぼんやり思う。
アッちゃんに胴体を握りつぶされたカリスは、物言わぬたんぱく質と化して投げ捨てられた。
呆気ないね。
種族限界を捨てたヴァンパイアと言っても、所詮はハンターエルフなりの超越でしかない。
これが、分不相応、かつ、平凡な“真理”を夢見た勘違いちゃんの終着点だよ。
合掌。
けなげにも、リーザがカリスの死を振り切って、ボクの“仲魔”である、アッちゃんに斬りかかるんだけどさ。
そんな事、させないよ。
仲魔は、ボクが守る!
リーザは、ボクが振り下ろす斧の意味を、最期まで信じられないようだった。
ボクの斧が頭部の半ばまで食い込んだリーザは、面白いように、その矮躯をびくんびくん痙攣させて、動かなくなった。
さて、残るはドワーフのメスが一匹。
「ぁ……ぁあ……」
そして、意を決したかのように、いつものハンマーをアッちゃんに振り下ろして、
圧倒的な熱量と爆轟。
このダンジョン自体が崩落するんでないかと言うだけのエネルギーが迸ったね。
これが、彼女が後生大事に持ってたハンマーのギミック。
武器と引き換えに、一度だけ必殺の爆弾を喰らわせる。
熱光と煙が晴れる。
現れたのは、人生で最も大事であろう両腕をズタズタにされたドワーフの女と……千鳥足ながら、未だに地を踏みしめるアッちゃん。
よし。
【アークデビル HP13,000/5,719,000】
「悪魔め! 死ね!」
ボクはまず、死に体のアッちゃんに鉄槌を下して始末した。
頑強な上位悪魔らしく、派手な
戦いはほぼほぼ終わった。
理想通りに事が進んだよ。
アッちゃんが誰を狙うかによっては……このメスドワーフを守らなきゃいけない、余計なプロセスが増えていた所だけど?
「ぁ……あぁぁぁ……」
へたりこんだドワーフは、馬鹿の一つ覚えみたいに“あ”しか言わないの。
迂闊だよ。
「何でそんな切り札、今使っちゃったわけ」
ボクは斧を手に、最後のパーティメンバーに歩み寄る。
「まだ、ボクと言う“敵”が残っているのに」
ドワーフは、ただただ、頭を振る。
まるでそうすれば、今からでも現実が変わるとでも言いたそうに。
「どう……して……」
どうして?
「アルフは、一番マシだった。けど、敵としては一番厄介だった」
だから、初手で確実に仕留めた。
「一番軽蔑していたのは、カリス」
アークデビルを仲間モンスター扱いは引くかもしれないけどさ……ボク、とっくにヴァンパイアって仲間モンスターと共闘してたんだよね。
ヴァンパイアは人類の敵だ。退治しなきゃいけなかったね。
「一番怒りを覚えたのはリーザ」
そして。
「一番キライだったのは……あんただよ、ナターリアさん」
お店を、開きたい?
そんなの。
このダンジョンにぶちこまれなくても、充分に叶った夢でしょうよ。
生まれつき技量に恵まれて、社会的地位も平民くらいには約束されたドワーフだったんだから。
もちろん、そこに至るまでのプロセスに何があったかは知らないよ?
ボクと同じく、冤罪だったのかも知れない。
けどね。
所詮はヒト殺しだろ。
あんたも、ボクも。
メガネかけた、好奇心旺盛、手先が器用な、夢みがちな年下系女子。
……ヒトらしさなんて、アピールしてんなよ。
「キミらはクビ。追放だ」
ボクは、斧を連結させ、ドワーフの首をはねた。
文字通りの“クビ”だ。
リーザもカリスもそうだったけどさ。
ボクが敵だと知れてからの反応が鈍すぎる。
こーいうの、地球で詐欺しててイヤってほど見てきた。
損切りってやつが出来ないんだよ。
恋人からどんなヒドいDV・モラハラを受けてても、それで関係を切ったら、それまで積み重ねてきたもの全てが無になる。
そうして、仕打ちに耐え続けるうちに“耐え続けた時間”と言う積み重ねがどんどんどんどん貯まっていく。
目の前で仲間を殺されても、モンスターに対する利敵行為を働いても、自分にトドメを刺そうと武器を突きつけてでさえ、このヒト達は現実を見なかった。
ボクはここまで、徹頭徹尾、言ったはずだ。
このヒト達を真の仲間だと思った事は、一度もない。
このダンジョンに甘んじて参加しているヒト達みんな、ロレンツォと同罪だってね。
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