エルシィの感想その4
気付けば、エルシィがじっとボクを見ていた。
あの紫の瞳で、こちらの真意を覗き込むように。
悪いけど、これ以上の本心は何も無いよ。
ボクは心底、あいつらがーーあのダンジョンを生きていた奴らが、誰も彼も嫌いだった。
「何? 言いたい事があるなら言えよ」
仕方がないので、こちらから促してやる。
まあ、こんなのでも、ハゲるまで追い詰められたあの頃よりはずっとマシだから、冷静に応じられるよ。
ボクも大人になったね。
「……パーティに参加した話のあたりから、自分の語り口にいつもの余裕が無いこと、気づいてます?」
「そりゃ、イラついた時の事を思い返して話してるんだから、そうなるでしょうよ。
何? ボクが奴らに完璧を求めすぎだって、そう言いたいわけ」
「事実を言えば“反乱くらい起こせた”とまで言うのは暴論ですね」
「まあ、そうだろうね。奴らにはあそこでの生活基盤がもう出来ていた。そんな中で一人二人が立ち上がってどうなるよ、って言うのはボクだってわかってる。
ボクが前に住んでいた地球だって、ある意味では同じだったよ。
でもさ、結果的にボク一人ででも出来た事が、何年かけても出来ず、ダンジョンは大盛り上がりで、何人ものヒトがモルモット扱い。
奴らが色んな意味で弱かったから、ロレンツォのそんな無法を許してしまってたんだろ。
チェーンソーがあったか無かったかなんて、理由にならない。
児童ポルノと同じだよ。
作る奴はクズだけど、消費する奴が作る奴を生かしているんだ」
だから、みんな死ねばいい。
「奴らだって、あの中で変わった。変わり得た。変わろうとした。
……それも、言われるまでも無く分かってるよ。
けど、だから何?
赦してあげろ、とでも?」
カリスを、リーザを、赦して受け入れてやった話だったら、エルシィは満足したのか? それって何様?
何で、ボクが?
だって、
「生まれてこの方、誰からも素の自分を赦されてこなかったボクが、どうすればそう出来るんだ?
イヤだ、奴らに対して寛容でなんていたくない! って事じゃないんだよ」
「ヒトって、どうやって赦せば良いんだよ? モデルケースを知らないんだよ、冗談抜きで」
「教えてくれよ、
ボクは今、彼女にどんな顔を向けているのだろう。
表情筋の操作なんて息をするようにしてきたのに、何故だか今はわからない。
「……わたしも、知らない事は沢山あります。だから、今から言う事にも自信は無い事を先に言っておきます。
…………始めは怒りと憎悪、だと思いました。
けれど、彼女達一人一人に対する“それ”に温度差があると気付いた時、更に複雑に絡み合った物を感じました」
何だ、この違和感は。
見てくれはやっぱり、変わっていない。
ボクを真っ直ぐ見つめる紫の瞳も。
なのに、情けないけど、背筋がぞくりと冷えた。
この女に対して、こんな印象を抱くのは初めてだ。
「彼女達一人一人にある微妙な差……尚且つ、共通点……やろうと思えば“普通”に人生を送る素地があったのに、それを、事情はどうあれ意図的に捨ててダンジョンに投獄されるに至った人々。
彼等に感じるもの……この世から取り残されたような、悲憤と羨望」
ボクは、エルシィの首を鷲掴みにして絞めた。
エルシィは……少し息苦しそうに、唇を引き結んでいる。
それだけだ。
ボクの手が、一定以上の力を込める寸前で“力を入れ始める前”の状態にリセットされるのがわかる。
これも、ローブに付与された効果だろう。
無駄な事だ。
ボクは早々に手を放した。
何、やってるんだろうね。
この女の周囲には常に地雷のような魔法が展開されていて、害意のある奴が近付くと光の魔法に呑まれてしまう。
ボクがこの世界で最初に見た死者は、今から思えばかなり高レベルのオークだったけど……彼女を拐おうとして近付いて、欠片の灰も残らなかったよ。
彼女は、殺した後ですらオーク達に気付きもしなかった。
ボクは、そんな風に消えたいのだろうか。
「ごめんなさい。憶測で、無神経な事を並べました。ただ、わたしにも少し心当たりがある事でしたから。
周りは悪くないのに、自分が取り残されている感じって」
エルシィは、襟元を整える体裁で、一度だけボクから顔を背けた。
「ごめんなさい。レイさんに言われた通りです。
本命のイライラを隠したまま、それらしい論理を盾にして発散する……その通りでした。わたしは、卑怯です」
そして、再びボクを見つめる顔はいつも通りの彼女だった。
「わたし、あなたのことがもっと知りたい。ちゃんと、あなたと向き合いたい。少しでも多く、楽しい思い出もほしい。
だから……仲直り、しませんか?」
違和感を探してみたけど、もう、無い。
「……最初から、喧嘩してたつもりはない。そっちが一方的にカリカリしてただけだよ。
喧嘩って、同レベル帯でしか起きないからね」
そう、すげなく返してやった。
「はい!」
いつものニコニコ顔が返ってきた。
これ以降、この顔が崩れる事はほとんどーーボクの画期的な新兵器が提案される時を除いてーー無かった。
もしかして、ボクはエルダーエルフを勘違いしていたのかもしれない。
ボクにとって、当該種族のまともなサンプルは、このコしかいない。
都市にしろ地方にしろ、他のエルダーエルフは話すに値しないか、逆に向こうから存在として認識すらされていない場合ばかりだから。
そうなると彼女……もしかすると。
周りは悪くないのに取り残された気持ち……ね。
「エルシィ。明日はピザが食べたい」
そう言えば、意外かも知れないけど、こんなリクエストするのは初めてだ。
「はい、はい。わかりましたよ」
それを、何の疑問もなく受け取った彼女がまた微笑んだ。
まあ、結局はヒト殺しなんだけどね。
ボクも、彼女も。
みーんな等しく。
大の字になって寝そべってみると“どうでも良かった事”が、どうでも良くなった。
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