第10話 カリス攻略

 カリスについては、こちらから出向く必要もなかった。

 ボクの仲間にしてください本採用試験の時、志望動機として挙げていたヒト恋しいってのも、全くの建前ではなかったのかもね。

 まあ、あれ以降はちゃんとノックして部屋に入って来ていたよ。マナーが身に付きつつあって感心感心。

 で、まあ。

「君もヴァンパイアにならないか」

 やっぱり、そうなるよねって感じ。

 で、バネ仕掛けのようにボクへ襲い掛かってきたかと思うと、やんわりとハグしてくるの。

 サラサラの黒髪が、ボクの顔を撫でるわけ。

 で、首筋に唇を這わせられる。

 これだけで屈服しちゃうオトコも、世の中には居るんだろうね。変態の感性は、ボクには一生理解できそうにない。

 前言撤回。彼女には、未だマナーもモラルもない。

「何かさ“はい”か“YES”しか返答を認めてないように見えるけど」

 実際、彼我の【力】10の差は、地味に大きい。

 ボクの力はせいぜいが地球で言う室伏広治くらいであり、こんなインドア派っぽいヴァンパイアにも押し負けてしまうくらいだ。

 仮にフョードルなりサンドラなりを憑依したとしても、瞬発力の差は埋められない。

 これがフョードル本人だったら違うのだろうけど……ボクが彼から借りられるのはあくまでも知覚力だけであって、猫の筋力ではない。

「嫌であれば、素直に言うと良い」

 訳:面白い命乞いをしろ。

 そんなところか。

 あー、めんどくせー。

 でも、このヒトの場合はここに付け入る隙がありそうね。最初に思っていた通りだ。

「ボクってさ、この世界では本来あり得ない未知の存在なわけで。他の五種族ならヴァンパイア化しても“大丈夫”な実績はあるけど……ボクにそれをしたら何があるか“わからない事がわからない”あんたじゃないでしょ」

 首筋にかかる吐息に、本当に微細な乱れが生じた。わざとだな。

 でも、そう言う余裕ぶった態度を殊更取ろうとするあたりが、もう常に余裕がない生き方してる証拠だよね。

「IQ400の究極生命体が誕生してあんた含む五種族全てを根絶やしにする……くらいならまだマシなほうかもよ」

「……私としては大歓迎だ。摂理の歪みから、真理への道が拓けるかも知れない」

 ほら。ハンターエルフのくせに、分不相応で、それでいて平凡な夢を語るんだよ。

「貴重な“人間族”、ほんとにいじくっていいの?

 見たでしょ、ボクの魔法。

 荒削りだけど、あんたのと比べても遜色なかったでしょ」

 あてがわれた歯に、少しだけ力が込められた。

「知力:100足らずのボクにしては上等過ぎない? っことだよ」

 これは、さるエルダーエルフのイモ娘からの受け売りそのままだ。

 ボクの魔法制作センスは、どうも知力不相応な所があるらしい。人間として抜きん出ていると言うより、そこだけセンスが突き抜けている? と言うか。

 無理な理屈が、割りと強引に押し通されていると言うか。

 結果、それこそ知力マックスのハンターエルフ程度の創意工夫が出来てしまっている。

 これはボクが地球人で、発想が異世界である事を差し引いても不自然なのだそうだ。

 そんな【スキル】、持ってたっけな?

「君は何処で魔法を学んだ? 誰に師事した」

「地球」

「何だって?」

「ほぼほぼ自己流ってこと。ボクさ、あんたみたいな高学歴じゃないので」

「私と君の【知力】の差は22だ。これは誤差のようで、決定的な格差の筈だ」

「そうだね。ボクの知ってるイモ娘は、あんたと比べれば、たったの26しか賢くない」

 あーあー、他の女の話題を投下したら火に油だよ。

 顎に力を込めるのはやめたけど、今度はボクの肉に爪を食い込ませてきた。

 痛い、痛い、痛い。少しムキになってきてない?

「やはり、エルダーの眷属か」

「いやいや、あんなヘボ小娘の眷属とかないない」

「理解不能だ」

 あんたにわかるものかよ。

 ま、ここらが潮時か。

「賭けをしない? 先に相手を出し抜いて魔神王にトドメ刺した方が、一生相手に絶対服従」

「ヴァンパイアになれば、病死・老衰死はまず望めない。いずれ事故死なり横死なり、死を望む自らの魔法思考に殺される事はあるだろうが……定命じょうみょうの者の想像を絶する年数、私の奴隷となると言う意味だ。それを分かって居るのか」

「だろうね、とは思ってたよ。どう? 敵じゃなくてライバルとして切磋琢磨して、まずはここをクリアするんだ」

 ……。

 …………。

 カリスは、ようやくボクを離してくれた。

「私はただ、同胞が一人欲しかっただけで、そこまでしろとは思って居なかったが……お陰で欲が出てしまった。余計な事を言ったな、君は」

「そう言う事言って、もしも負けたらカッコ悪いよ?」

 リーザ、ナターリアさん、カリス。この三者には共通するキーワードがある。

 承認欲求。

 このダンジョンのプレイヤーって皆そうなのか、それとも似た者同士でパーティが組まれるものなのか。

 まあ、どっちでも良いけど。

 “敵”の属性がわかれば、それだけで。

「あと、もしボクが負けたらさ。噛むのは痛いから、やめてくれる?」

「何ーー」

 さすが知力:120だ。即、意味に気づいたね。

「……、…………配慮、しよう」

 きもちわる。ナニ想像してんの。

 あからさまに、こちらに目を合わせないようになったね。

 ここで地球人のみんなに、怪人・レザーマスクからワンポイントアドバイスだ。

 こーいう、美人生徒会長的なキャラがオトコと手をつないだ事もない乙女だっての、決して夢物語じゃないよ。

 高嶺の花って、案外誰も狙わないからね。

 もちろん、皆がそうとは言わないよ?

 でもってだけの話。

 ナンパなり、創作の参考にでもしてくれ。

 

 それと。

 密着のどさくさに、カリスの腰に下がっていた剣のヘルプメッセージを盗み見たんだけどさ。

【ロングソード:鋼鉄で作られた平凡な直剣。リサイクル品】

 リサイクルって、何だろうね?

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