第7話 本採用試験ごっこ🖤
部屋に近付いてくる何者かの気配。
「君臨者憑依、フョードル・ズァドル」
やれやれ。ボクがカリスのパーティに所属した事はあらかた認知されただろうから、宿でくらいはリラックスできると思ってたのだけど。
そして、ノックの一つもなく、そいつは無遠慮に入室。
あろうことか、出会い頭に【分析】の魔法光を飛ばしてきた。
レイ・シマヤ
【力:100(100) 体力:100(100) 知力:98(100) 反応:200(100) 器用:100(100)】
ボクはすでに自分の得物を手にしており、それを侵入者めがけて振り抜いていた。
二又に分かれた鞭状の鎖。先端にはちょうどヒトの首くらいの径の鉄環。
鉄環が空中でパカッと開き、奴の首に正確にハマってまた閉じた。
捕獲完了。
「動くなよ」
ボクは、伸びた鎖に沿うよう、真っ直ぐに奴を見据える。
奴は両手を後頭部に回して降参のポーズ。
「この武器は、魔法的に推進力を与えられる。首にハマったまま、真上か真下かにすげーGを伴ってぶっ飛ぶ。キミくらいの細首なら簡単にへし折れるよ」
ただし、こんなものを動いている相手の首へ正確にはめるなんて、それこそ君臨者フョードル並みの知覚が無いと無理だけどね。
で、賊についてだけど。
夜の清流のように長い黒髪を腰まで伸ばした、冷たい感じのする女。ハンターエルフだ。
肌はゾッとするほどに白い。それこそ、日に焼けた事も無いような。
均整の取れた顔立ちは、優等生じみた堅さを感じる。
みんな大好き、黒髪ロングの、醜悪極まりない清楚系だよ。
「無断の【分析】がご法度なのは知ってるよね? よほど納得の行く説明がない限りは、このまま終わるよキミ」
さて。
ほぼほぼオール100の……あまつさえ、フョードルを憑依した状態のステータスを見られた。
それは同時に、この女にとっての絶望的な状況を十二分に伝えられたはずと言うこと。
それでも女は、あくまでポーカーフェイス。
そして。
「私の事も【分析】して欲しい」
イメージ通りの知的ぶった女子高生な声だな。
でまあ、それなりに面白い返しだったので一応、素直に応えてあげよう。
カリス・ウォレス
【力:110(90) 体力:105(70) 知力:120(120) 反応:121(200) 器用:147(170)】
……そう言う事か。
これがあの、フルアーマーの中のヒトってわけ。やっぱり緑はクソですぞ。
声は、魔法で変声していたのか。手の込んだ事で。
しかし、何だろうね? このステータス。
現在値と限界値が、一部、あべこべなんだけど?
チートかな?
「私は、ヴァンパイアだ」
ボクの疑問を正確に汲み取ったカリスが、何でもない事のように告げた。
なるほど。
だから、こんな優等生が、こんな朽ち果てたゴミ溜めに放り込まれているのか。
この世界でのヴァンパイアも、地球でのイメージ通りで考えてもらって良い。
不老で身体能力が人間離れしてて、ヒトの血を吸う。日光で苦しむ。
ああ、ニンニクとか十字架とか銀製品とかの弱点が無いのは大きな違いだね。
そしてヴァンパイアとは、禁忌の下法によって成り下がる、文字通り人生の
と言うのも、こいつらは定期的に成人男性の致死量の血液を一気飲みしないと生きられないから。
そう言う体質になっちゃったら、まあ弱い民間人を手当たり次第狙う奴が出てくるしね?
あと、そう言う体質にしてる仕組みは、奴らの全身の粘膜に無数生息する魔法的な疑似ウイルスなんだけど……お察しの通り、死なない程度に噛み付くか性交渉かで、他人に感染させる事も出来る。
そんなことを野放しにしていたら、五種族はたちまち歴史から消え去るだろう。
社会に居てはならない。存在自体が迷惑極まりない。
普通なら即、死刑だ。裁判も執行も通さず、発見され次第、サーチ&デストロイ。
でもまあ、選手の中にはこーいう変わり種が居たほうが、観客も盛り上がるんだろうね。だから、逮捕されても見逃された。
凄いね、この世界。
上流階級が面白けりゃ、新型コロナウイルスとか平気でダンジョンに撒き散らすんじゃない? 外を出入りする衛兵だって居るのにさ。
で、カリス自身の話に戻ろう。
普段、性別を偽ってるのは……かく乱の為かな。
これが知れたら、他プレイヤーに袋叩きに遭って晒し首になるだろう。
つまり、
「デカい秘密を漏らしてくれたものだね。そんな、信用できる? ボクのこと」
「君に限り、状況はイーブンの立場だ」
まあ、ね。
ちょっと、第2層では何でもかんでも見せすぎたよね、ボク。
ボクでも、カリスの身体能力に疑念を持ったくらいだ。
第1層で返り討ちにした食人コックですら、ボクのハンターエルフらしからぬ肉質を見抜いていた。
知力が諸葛亮孔明の1.2倍あるこの女が、気付かない筈がなかった。
「さみしーね? 戦友にすら顔を隠さなきゃならないリーダー様ってさ」
「正直、それも否定しない。秘密を共有する、真の味方が欲しかった」
感傷じみた言葉の割に、棒読みだね。
「目的は何」
「一つは、君が“異常”である事をはっきりさせる為。メンバーに不確定要素があるとパーティの生死に関わる」
「充分強いでしょ、ボク。単純に使える人員ってだけじゃダメなわけ」
「駄目だ。個人戦力が優れて居ても、連携が取れなければ却って致命的な事態を招きかねない」
なるほどね。
それについては、ボクなりに考えはあるんだけどね。
「恐らくヴァンパイア……では無い。エルダーエルフが新たに造り出した、五種族から外れた何者か……真実はこの際どうでも良い。
事実として、君はヴァンパイアとして認識される可能性が高いと言う事だけが分かれば」
“賢い”ねぇ。
でも、そこまで賢いんだったらわかる筈なんだけど。
ラスボス=ゲームマスターの、この状況が何を意味するか。
「私は、魔神王を殺して外に出る」
このダンジョンにおいて、バカじゃなきゃ言えない事をさらりとおっしゃる。
「ダンジョン刑を知った時、敢えて捕まって志願した。
ここでは日光に照らされる事も無ければ、血の調達に悩む事も無い。
だが、一番の理由はクリアすれば“恩赦”が下ると言う事」
あぁー。なるほどね。
地球でも、理論上では「死刑を執行されても生き延びた」場合、刑はそれで終わりになる。
この女、少なくとも首都圏では大手振ってヴァンパイアをやれるようにしたかったのだろう。
いやー、やっぱ秀才ちゃんと馬鹿って紙一重だね。
ボクは、女の首にはめた鉄環を外してやった。
予想以上に使える“人財”だよ、キミ。
ドアのノックすら無かった時は大丈夫かよ、って思ったけどさ。
本採用試験、合格だ。
これで名実共に、カリスほか3名は“ボクのパーティ”に加入した。
あとはカリスの言う通りだね。
無駄な逡巡が入る余地を潰し、連携を円滑にするための人間関係づくり。
ささっと、ハーレム、作っちゃいますか。
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