第6話 デジタル死

 第2層を一通り攻略してみての感想。

 とりあえず、現在のボクのHPがこれ。

【レイ HP:387,000/666,666】

 HPは時間経過で自動回復するとは言え、かなり削られたものだ。

 ちなみに店売りのポーション一つでHPは全回復できるが、出来るだけ最後の手段にしなければならない。

 と言うのも、このダンジョンのポーション、こともあろうに度数96パーセントはあろうかと言うキツい蒸留酒なんだよ。

 ボク自身は比較的アルコールに強い体質ではあるけど、殺し合いを酒気帯びでやるなんて自殺行為だ。

 実際、泥酔状態のパリピみたいなノリで中ボスモンスターに突っ込んであえなく肉塊に変えられた連中だとか、宝箱をトラップかかったまま全力で開けてブラックホールみたいなのに呑まれた連中だとかを目撃した事がある。

 この辺にも「滑稽なデスゲームを観察したい」と言う、製作者や観衆の腐った人間性が出てるよね。

 結局、最上階に行けるレベルと装備が揃ったとしても、第2層が楽勝、と言うわけにはいかないようだ。

 第1層でも、下手すればベテランが死ぬ事もあり得るけど、少なくともモンスターに関しては、第2層から明らかに動きが違っている。

 第1層のゴブリンだのスライムだのは、このフロアのモンスターと比べればほとんど棒立ちのようなものだった。

 何と言うか、恐らく“物理的な【ステータス】”は、階層が上がってもそんなに差は無いのだろう。

 まあ、どのフロアでも適度に“死闘”になってくれなきゃ、お客様としても面白くない。

 クリアを諦めてここで生活していくと考えれば、格下の雑魚狩りで日銭を稼ぐようなプレイヤーも出かねないし。

 単純に思考ルーチン……上の階層になるほど、まずモンスターのオツムが良く造られているようだ。

 その仮定は、フロアボス“愚かしいデーモン”と戦った事で確信に変わった。

 こいつは、ボクが遭遇した初めての「HP枯渇死しか選択肢のないモンスター」だった。

 

 そいつは、本来は二足歩行だろうに、四つん這いでシャカシャカ動き回る気持ち悪い奴だった。

 赤銅色の肌には、ふんだんな筋肉の束が浮き上がっている。

 背中にはコウモリのような皮膜の翼。

 細面には、およそ知性の気配がない。

 目は据わらず、口はだらしなく開けっぱなしだ。

 なんだか、頭の上部に一度切開して縫い直した跡がある。

 恐らくは、意図的に【知力】を抑えて改造された個体だ。

 要は「これ以降に出てくるデーモン系の基礎スペックはこんな感じなので、AIがゆるいこいつで勉強してくださいね。理解できなかったら、死、あるのみ」

 って趣旨なのだろう。

「特に、デーモンは攻略出来るようになって欲しい」

 フルアーマーのカリスが、一方的に上から目線でのたまったのが合図となった。

 まず、飛行能力と俊敏さが厄介だ。

 これについてはフョードルを憑依してボクの【反応】を200にすれば、ついては行ける。

 馬鹿正直に滑空してきたデーモンを、とりあえずドッキングした大斧で迎撃ーーガイン! と言う、車でもぶん殴ったかのような硬質な金属悲鳴と、凄まじい衝撃が伝わって、手首がイカれそうになった。

 対するデーモンの方は、何事も無かったかのように再び飛翔。

 あんなクロスカウンターをまともに貰っておきながら、痛みすら無いのか。

【愚かしいデーモン HP:1,290,000/1,320,000】

 あれだけの好条件が揃って30,000ダメージか。

 これを安いと見るか、高いと見るかは……微妙だな。

 ちなみにボクやカリスが使うような攻撃魔法にもHPダメージは付与されてるみたいなんだけど……明らかに、このドッキング斧や神剣はがねのつるぎと言った高品質の武器と比べて低く設定されている。

 まあ、効きさえすれば“現実的に”破壊するには充分過ぎる威力だし、これもゲームバランスかな?

 一応、カリスが野太いしめ縄のごとき超電力を浴びせて見せたが、それを更に上書きする魔法思考で霧散……つまりレジストされたようだ。

 デーモン系統は、魔法のレジスト性能も高い。

 多分これも、わざとだろう。ボクに現実を見せるためだ。

 で、まあ。

 この“愚かしいデーモン”自体は、カリス達からすれば、ボクを指導しながらの舐めプでも対応できる程度なのだろう。

 面倒臭いから、手っ取り早い答えを彼らに見せて、テストを終わらせてしまおう。

 ボクはフョードルから見て盗んだ【時間加速】の魔法を全員にかけ、さっさとデーモンをリンチしてもらった。

 通常、この世界において補助バフ魔法はあんまり需要がない。

 と言うのも、魔法で底上げしたとしても種族限界を超える事は出来ないからだ。

 そして種族格差を埋める事も出来ない。

 決して無意味でもないが、膨大な学習時間と詠唱の隙を費やすだけの価値はない。

 だが、ボクが今使ったのは、ステータスではなく対象の“時間”そのものを早める。

 出血している場合とか、危険な反動もあるけど、極限まで俊敏に鍛えたワーキャットでも更に加速させられると考えると、かなり有効ではあろう。

 で、まあ。

 硬い肉に剣がキンキン弾かれて、デーモンは少しも痛痒を感じていない風だけど。

【愚かしいデーモン HP0/1,320,000】

 カリスの神剣はがねのつるぎ、はじめ、高HPダメージ補正の武器でガリガリ削られたデーモンは、びくんと身体を痙攣させはじめた。

 身体のあちこちで内部を破裂させながら、デーモンは千鳥足で右往左往。

 駄目押しに、内爆が何度も何度も連続する。

 で、前のめりに倒れたデーモンは程なくして動かなくなった。

 攻撃されてる間は涼しい顔をしていたのに、HPが尽きた瞬間に突然死。

 何とも薄気味悪い光景だね。

 あと何気に「HPダメージには痛みがない」と言うのが、あらゆる意味で厄介だよね。

 ダメージ被害者の立場に立つと、痛みと言う身体の警告が無いのが、判断を狂わされる。

 一方で加害者としては、相手が痛みに怯まないために、隙を作りにくい。

 状態異常の“毒”なんかも厄介だ。

 例えばさっきのヒト食いタランチュラなんかは、見た目どおり“実在の猛毒”を持っている。

 一方で、このダンジョンには“ゲームシステム的な架空の毒”も存在する。

 つまりそちらは、自分のステータスを見落とすようなポカをやらかすなどして、いつの間にかHPが0……なんて事もあり得る。

 毒一つとっても、虚実両方のそれが同じ戦場に混在していて、これがかなり感覚を狂わされる。

 そうして作り上げられるのだろう。

 命の重みがわからなくなった、上級プレイヤー様と言うのが。

 

 さて。第2層、踏破だね。

 見せるモノは大体見せたし、見たいモノも大体見れた。

 このテスト、もう終わりでいいのかな?

「……君を採用したいと思う」

 カリスが、相変わらずの上から目線で告げた。

「明日から、正式に攻略を進めて行こう。

 ……次こそは、あの“アークデビル”を殺す」

 へぇ。

 なんか、目標チックなのがあるんだ?

 仇敵? 宿命の対決? リベンジ?

 エンターテイメントだね。

 ま、叶うといいね。

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