第49話 抱かれてみたよ
エレンとリリィは交互に抱きしめ合った。
リリィは家族の温かみの代理として、エレンはただ仕返しただけというなんとも、恋愛に発展しそうにない残念な思考だった。だが、エレンの心は穏やかではなかった。
エレンの気持ちは自身の中で消化できずに、本人にとっては意味不明な感情でしかなかった。
(エレン視点)
なんなんだ!この胸の高鳴りは!
ただ抱き着かれただけで、冷静では居られなくなった。
リリィの事だ、何かの精神魔法を使った可能性は否めない。
それくらい何かしでかすヤツだからな。
だが、今回、俺に対して精神魔法を使う意味、意図はなんだ?
わからん。
本気でわからん!
いや、そうだ、こんな現象は以前にもあった。
足場のない所で水龍と戦った時だ。
あれは、面白かった。一歩間違えれば、海に落ちて死ぬところだったからな。
うむ、あの時の感情と似ている。
つまり、俺はワクワクしているという事か。
たしか、端的に言えば『期待』だな。
強敵に塩を送って、より強くなる期待、水龍とあえて海で戦ってやるのと一緒だな。
なるほど、そういう事だったのか。
ついでで思い出したがスミレが言っていた、自分の物ってのはさっぱり分からなかった。
これで改めて、リリィが俺の物になったのだろうか?
いや、先に抱き着かれたのだから、俺がリリィの物になったという事か?
別に俺はリリィを独占したいとは思わないが、リリィに独占されるのは悪い気はしない。
そうだ、手を握るというステップを忘れていた!
いや、先に忘れたのはリリィだ。
これは後でキッチリ言いつけておく必要があるな。
するとどうだ、俺の方が知識が上だという事になる。
こういうのを強者というんだ。
名付けて恋愛強者だ。良いネーミングだな。
あとで、スミレに自慢しよう。
よくわからん感情が整頓ついた所で部下から情報が入った。
亡くなったオーフェリア・ファーネストを誘拐した者の正体が判明したと。
「U.G.フェアリー商会の若旦那なのか、よくもまぁ、俺の足元でうろうろしてやがるとはな」
U.G.フェアリー商会は、このフレールの街を拠点に活動する商会だ。
正体さえ掴んでしまえば、こっちのものだ。
いままで、リリィが実質人質になっていたせいで、調査を進めても捕まえるまでには至っていない。
だが、今なら、守りながら戦えばいい。
それくらいのハンデはくれてやる!
「よし、捕まえに行くぞ!」
部下を引き連れてU.G.フェアリー商会に乗り込む。
その本社は本当に目と鼻の先、5分と掛からずに到着する。
今度こそ逃がさない。そう決意しながら、最悪、殺してしまっても構わないだろうと考えた。
「おい、若旦那とやらを出せ!」
「これはエレンラント様、本日は何用でしょうか」
「用は若旦那に直接言う、本人をだせ!」
俺に対応している者は、怪訝な顔をする。
「若旦那と言いましても、私以外に該当する者はおりません、そう呼ばれる事はありませんけどね」
「お前じゃない!もっと若い若旦那だ!」
「お客様、落ち着いてください、私は未婚ですし、お付き合いをしている人もいません、当然子どももいません」
言っている意味が分からん。
俺は怒りに任せて胸ぐらを掴んで怒鳴ってしまう。
「だからなんだ!?」
「ですから!この商会の経営陣は私が唯一のトップです!若いかどうかは置いといて、若旦那と呼ばれていいのは私だけです!」
う~ん?つまりどういう事だ?
若旦那なんて居なかった?
U.G.フェアリー商会の若旦那という者は存在してないという事か?
「ちなみに、お前、昨晩は何をしていた」
「昨晩ですか、昨日は馬車で移動中でしたよ。ここ5年は王都で活動しておりまして、フレールの街にはいません」
「──すまん、勘違いだったようだ、もし、ファングラウルという銀髪で細身の優男に心当たりがあったら教えてくれ」
「誤解とわかって頂けたなら結構でございます。私はゼルネムと申します、残念ながらそのような名前の従業員に心当たりはありません」
「この詫びはいずれ、今は失礼する」
そうして、俺は真偽を確かめるべく、改めてフレディ・ディール伯爵を訪ねる事にした。
今度は少し距離があるので、念の為にリリィを連れて行く事にした。
揺れる馬車の中、正面に居るリリィを見つめると、何故か息が苦しくなる。
これが、リリィの物になると言う事だろうかと情報を整理するのだが、答えは出そうにない。
スミレでいいから連れてくるんだったと、後悔するエレンだった。
◇ ◇ ◇
(レニーノ視点)
「そこの者、止まれ!」
夜中だというのにフレールの街から脱走する者が後を絶たない。
レニは10人目の逮捕者を見てはため息をついた。
今、フレールの街ではファイアエッジが主体となって、闇組織の一斉摘発が行われいてる。
その摘発から逃れようとする者を捕まえるのが、レニーノ騎兵隊だった。
レニの兄や父が協力して、全部で5部隊で要所を固めて片っ端から捕らえている。
レニは思った、「私だって、リリィと一緒に行動したいのに、どうしてこんな裏方なのかしら」と。
「レニは、この役目不服?」
「ルルゥこそ、不服じゃないの?」
ルルゥの方が、リリィの傍に居たい筈。でも、その役目を王子達に任せちゃったのよね。
今ここに居るのは、何かあった時の回復役。有事が無ければ、私もルルゥも暇なのよね。
「私はそれこそやる事ないからね。ゾンビ相手なら頑張るけど、回復がちょこっとできる程度じゃね」
「それにしても、ルルゥの浄化は凄いわね、もうスカウト来てるんだって?」
「公爵令嬢に冒険者からスカウトってなに考えてるのか分からないわね」
グランドック男爵領では、現在も絶賛ゾンビが大流行して村が1つまるまる亡びたらしい。
その村ので唯一の生き残りにスミュレイという子がいて、聖女特性が高い事から男爵の養女になったという噂だった。そして、その子は修行が必要とされた為、その代わりにとルルゥに教会から討伐要請が来た。そこに冒険者が提案を持ち掛けた。一緒に行動してルルゥに討伐を任せ、自分たちはルルゥを護るという話なのだが、一緒に行動してルルゥを護るだけなら公爵家の騎士団が動けばいいだけの話だ。それこそ、常識が抜けているとしか言えない。
「でも、頑張ってるんでしょ、同学年になる為に」
「ええ、聖女コースの推薦で1歳繰り上げになればリリィと同学年。ほぼ内定が決まったようなものよ」
「あ、良い事考えた!」
「なになに?」
「私ね、貴女の付き人になる!」
これで私も一緒に通学できるわ。
伯爵令嬢が公爵令嬢の付き人なんて、ぎりぎり有り得る話だからきっと大丈夫ね。
みんな一緒に通えるなんて、なんて素敵なアイデアなのかしら。今から楽しみだわ。
あ、そうなるとアレクだけは置いてけぼりかな?可哀想ね、ふふふ。
レニはいつも純粋で真っ直ぐに突進する性格だった。
表面的にはちょっと素直でない所もあったが、一度友達になると相手の為を想い、喜びそうな事を探し出し、そして大胆に行動する──と言えば聞こえはいいが考えなしとも言えた。
今まさに、そのレニの暴走が始まった事をルルゥは肌で感じ取った。
尚、付き人になるの貴族はよほどの力関係があるか貧乏貴族だけだ。もちろん、レニはどちらにも当てはまらない。
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