第48話 抱いてみたよ

 叔母の遺体を前に、私は何も感じる事は無かった。

 こんなあっけなく亡くなるなんて想像もしなかった。

 そもそも死なせる予定ではなかった。

 捕まえて終わり。

 罪を償ってくれればそれでよかった。


 それで、後悔しているのか。

 それで、誰かのせいにするのか。

 それで、知らない振りを決め込むのか。

 それとも、被害者を装うのか。


 でも、変よね?

 前世で親を殺したがどうして善人のフリをしているの?

 へんなの、今更、何を言っているのかしら?

 そんなに人の振りをしていたいの?

 過去の事を無かった事にはできないのよ?


 そうだわ、あの人には娘が居たわね。

 独りぼっちは可愛そうだと思わない?

 いっその事、貴女が手をかけて上げればいいんじゃない?

 真っ赤に染まったその手で、一人二人殺めても何も変わらないわよ。

 でも、これから何人の人を殺めるのかしらね?

 楽しみだわ。


「リリィ!しっかりしろ!」

「え、あ、えっと、私なにかしてた…?」


 何故か誰かに話しかけられていた様な気がする。それも深い暗闇の中でおぞましい何かと。

 今となっては記憶に埋もれた何か。その存在を考えると身震いがした。


「ずっと、上の空で……、そんなにショックだったのか」


 エレンが心配そうに私を見つめている。

 顔が近い。

 エレンがしゃがんでいるせいで、このまま抱きつけそうなくらい近い。


 人を抱きしめた記憶なんて、私にはない。でも、リリィの記憶にはあった。

 心が温まって落ち着く感覚は両親にしてもらった物だ。

 エレンを抱きしめたら、その感覚が得れるだろうか。


 私は無言のまま、手を伸ばし、エレンに抱き着いた。

 思った通りだった。

 ちょっぴり汗臭いけど、嫌いじゃないかも。


「リ、リリィ?どうした?気分が悪いのか?」

「ううん、なんでもない、ちょっとこのまま、このままで居させて」


 普通の親子って、こんな感覚を何度も体験するんだろうな。

 みんな、ずるいよ。

 どうして私には縁がないんだろう。


「エレンの匂い、何だか落ち着くね」

「そうか?さっきゴロツキ追いかけまわしたから、埃だらけだぞ?」


 そういえば、家屋の壁を破壊して敵を捕まえたか言ってたね。

 埃はちょっと嫌だなぁ。

 でもエレンが素直に抱きしめさせてくれるのって、この先きっと無いよね。


「そ、そろそろ、離れないか?」

「どうして?」

「その、何か変なんだ。良く分からない、その、何かが、えーと、わからん!」

「じゃあ、もうやめたっ」


 ぱっと、手を離した。

 手を上げて、離した事をアピールする。

 その上げた手は、未だに感覚を覚えている。

 私に比べて広い男の子の背中だった。

 その感覚を名残惜しんでいた。


「ごめんね、変な事しちゃったね、もうしないか──」


 今度は逆に抱きしめられた。

 そっと背中に手を回す。

 今度は、私がエレンの胸に顔を埋める番となった。

 これも悪くない。


「仕返しだ!これで、おあいこだな!」


 ああ、そういう感覚でやったのか。

 まだまだ子どもだね。

 そう思うと、笑みがこぼれそうになる。


「まぁ、またやりたくなったら言え。それくらいは付き合ってやる、リリィだけの特権だ、有難く思えよな、こういうのってお互いに独占欲が出たって事だろう?婚約者なら当たり前なんだからな!」

「ふふっ」

「わ、わらったな!?」

「だって、いつの間にかカッコよくなってるから」


 あれ?エレンが私の事を、姫と呼ばれなくなった?

 夜会のは演技だとして、最後に呼ばれたのはいつだろう?

 半年前、誘拐された時に呼ばれた気がする……多分。

 何か心境の変化があったのかな?

 エレンは私の王子様ではなくなったという事?

 まぁ、偽装婚約だから、いいんだけど。

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