第47話 夜会デビューだよ2

(オーフェリア視点)


 少年は明確に私に向かってナイフを向けている。

 殺意こそ感じられないけど、危険である事に変わりはない。

 それにしても、警備の者は何をしているのかしら。

 こんな少年を中に引き入れるなんて、ディール伯爵も落ちたものね。


「お帰りですか?ファーネスト夫人」


 そして、私の名前を知っている。

 何者なのかしら。


「お帰りの前にこのナイフを見て頂きたい。見覚えはありませんかね?」


 そんな危険な物に見覚えはない。

 あんなナイフを見るなんて、半年ぶり……、まさか。


「事件当時、被害者ファーネスト侯爵の胸に刺さっていたナイフです」


 ありえない!そんな、そんなそんな!

 あれは、一緒に燃えたと思ってた。

 その言葉を聞いて会場が騒めき始める。

 ここで殺人事件の推理ショーでも開くとでも言うの?

 そんな事されたら夜会が台無しになる。

 ディール伯爵は何してるの!


「更にこちらは屋敷に残っていた返り血を浴びたドレス」


 それは私が着ていたドレスその物だった。

 それがこんなところにある筈がない。

 彼らと共に燃え尽きた筈なのに。


「ちょっとっ、変な言いがかりはよしなさい!そんな物が残ってる筈がないわ!」

「いえいえ、よく見てください、これ、貴女の服ですよね、どうして残っている筈がないと言えるのです?」

「なによ、そんなの捏造よ!そのドレスが私の物って証拠はあるの!?」

「仕立て屋が証言しております、貴女の特注品だとね」

「嘘よ!だってあれは燃えたはずよ……、兎に角、貴方みたいな平民が来て良い場所じゃないわ!」


 にっこりと微笑む少年は、更に仲間を呼んだが、それはエレンラント殿下の部下だった。

 その部下がが連れて来たのは、火事が起こった日に私が雇ったゴロツキ──


「貴女が雇ったゴロツキを紹介しましょう。なんと、この者達、エレンラント殿下の部下を殺害したのです」


 会場が一気に騒めいた。

 ぞろぞろとエレンラントの部下に連れ込まれるゴロツキ共。

 もう、お終いかと思った。

 せめて、リリィルアだけでも、殺しておかないと…。

 そっと、テーブルの上にあるナイフを手に取り、息を飲んだ。


 その時、遠くからの声に、ビクリと反応してしまう。


「リリィ!危ない!」


 遠くからの声。

 それはアレクセント様だった。

 夫がリリィに向かって突進し、ナイフで刺そうとした。

 その時、リリィルアが声を張り上げた。


『護り賜え!』


 すると赤い膜がリリィルアの周りに現れ、夫が刺そうとしたナイフが折れて宙を舞った。

 歓声が上がる。

 『赤い盾だ』『深紅の聖女様だ』『すごいな、一瞬で盾が出たぞ』

 咄嗟にそんな盾が出る筈がない、何かの魔道具だ、教会に通っていないのに赤い盾なんて出せる訳がないわ。

 駄目、私が刺そうとしても弾かれる。

 ついには私は、腰を抜かして立てなくなってしまった。


 その状態に気付いてか、リリィルアが近づいて来る。


「叔母様?これまでお世話になりました。体罰ばかりでしたがお陰で立ち直れました」

「そ、そうなの?じゃあもっと感謝しなさいよ!」

「ええ、その感謝の証として、一発殴らせてくださいませ」

「へ?」


 意外な言葉だった。

 リリィルアは車椅子に乗っているから、私に手が届く訳がない。

 ペンの様な物を持ち出しているから、投げられる事を警戒した。

 だけど、子どもな上に非力な子だから、投げたとしても届くかどうか。

 そうだ、殴られたとしても、全然痛くない筈。

 力なく頬に当たる程度だろう。そんなの笑い話のネタにしかならない。

 そう思った瞬間だ。


 リリィルアがペンを振ると同時に、軽く頬を叩かれた気がした。

 この程度かと思った瞬間、ほんの少しの間を置いて、見えない何かに力いっぱい殴られ、私の体は宙に舞った。

 私は回転しながら、頭から壁に激突。

 私は意識が薄れていく中、リリィルアの声が耳に残った。


「ええええ、ごめんなさい、手加減間違えた!?」

「僕がやったんだよ」

「アレク!びっくりするじゃない!」

「でもほら、この人もナイフ持っていたし」


 カラーンという音と共に、持っていたナイフが床に落ちる。

 そして、私を置いて立ち去ろうとする、リリィルア。

 遠くなってゆく車椅子をみて、思った。


『リリィルア、もう許しませんからね!』


 そして、エレンラント殿下の部下が私を囲った所で、意識が途絶えた。



 しばらくして、目が覚めると、そこは小さな部屋のベッドの上だった。

 周りを見渡しても夫の姿は見当たらない。


「おやおや、目が覚めましたか」

「あなたは、ファングラウル様!」


 個室、ベッド、ファングラウル様とくれば、それは甘い時間の始まりかと思った。

 いつもよりも優しい目をした彼は私の心を蕩けさせる。

 このお方だけが、私の味方。


「いやはや、貴女を誘拐するのはかなり手間でしたよ」

「そ、それは、救い出して頂けたのですね、ありがとうございます」

「あー、それはちょっと違う」


 違う?何のこと?

 私を救い出し、匿ってくれるのでしょう?

 そのために助け出したという事じゃないの?


「いやね、私達も困るんですよ。貴女との取引が明るみに出るのがね」


 嫌な予感がした。

 咄嗟に脳裏をよぎったのは口封じだ。

 つまり、殺される。

 そう思った時だ、体に力が入らない事に気が付いた。

 手が、足が、痺れている。


「冗談…、よね……?」

「いやいや、至って真面目ですよ。貴女が資金を融通してくれたのは感謝しています」


 それじゃあ……。


「ですが、機密事項を洩らされては、今後に支障をきたすのです」


 今後?支障?


「それにほら、貴女は言いましたよね、近い内にまとまったお金が手に入ると、なのに、この様はなんですか」


 だって仕方ない。

 仕方ないじゃない。

 あ…もう、声が出なくなっている。


「折角、エレンラント殿下を自由に操れるようになる駒を手に入れたというのに全てが台無しですよ」


 駒?駒ですって?


「あの火事から、ずっとエレンラント殿下を押さえつけれいていたのになっ!」


 言い終わると同時に腹部を蹴られた。

 痛い、蹴らないでよっ。


「全く、腹立たしい」


 顔を壁に押し付けられた。

 このまま殺す気かもしれない。


「みぃぃぃぃぃ、つぅ、けぇたぁああああ!」


 壁の向こうからの声。

 どこかで聞いた事のある声。

 味方なの?私を助けてくれるの?


 ドゴオオオオン


 壁から手が生えて来た。

 それはまだ子どもの手だ。

 私は助かったのか。

 その手がファングラウル様の首を掴んで、窓に向かって放り投げた。

 それと同時に、私を抱きかかえ、窓から飛び降りる。

 地面に降ろされると、私を兵士が取り囲んだ。


 そうだ、助かった訳じゃない。

 でも死なないで済んだ。


 そう思った時、私の胸元に長剣が突き立った。

 何が起こったかわからないまま、その場に倒れ、意識が遠のいてゆく。

 そして、二度と覚める事のない眠りについた。


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ちょっと小話


 駐屯地にてリリィがクリムと合流した後の話。


「クリム様のその魔道具、万能よね」

「ああ、言ったろ?殺人事件の犯人くらいならわかるってさ」

「その上、道具の復元まで……、ねぇ、これでお金儲けできるんじゃない?」

「それがね、耐久性が極めて低いから手荒に扱うとすぐに崩れるよ」

「え……、じゃあ人を復元なんかしちゃったら……」

「やばいね、歩くだけで崩れていくかもね、まぁ魂まではどうにもならないから動かないけど」

「だよねぇ……、あれ?もしかしてあの時復元した壁って」

「まぁ、一時しのぎだったね、でもほら、もう焼け落ちたし?」

「あー、はい」

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