第45話 おかえりなさいだよ!

 翌日、お出かけしたいとスミレに頼み込むと、スミレも丁度、私を連れ出そうと考えていた。

 そうなるとスミレには車椅子を持って階段を降りてもらう必要がある。

 それは、私の力は叔父家族には見られたくないからだ。


「力仕事させてごめんね」

「いえ、車椅子って思ったより軽いんですね」


 そうでしょうそうでしょう。

 私を抱っこして先に降ろした後、車椅子を持ち上げて降りて来た。

 その最中、ペン程の小さな杖を使って私が魔力でこっそり車椅子を持ち上げていたのです。

 結局のところ、あれからあのクリム様に貰った大きな杖を使っていない。

 あれは流石に力加減が難しすぎるんですよ。

 その代りにペン程の小さな杖を使って、練習をしていた。

 その成果と言う感じです。

 お祈り以外にやる事なかったですし。


 そんな風に階段を降りてる最中に帰宅してきたオリアーナは、ニヤリと不敵に微笑み階段を駆け上がった。


「あーら、ごめんあそばせー」


 ぶつかられたスミレは車椅子ごと階段から落ちそうになる。

 なにしちゃってくれてるんですかー!?

 スミレが怪我しちゃう!それだけじゃない、私に向かって落ちて来てる、車椅子ごと!


「お嬢様避けて!!」


 そんなわけにはいかない。上半身を捩じってどうにか受け止めようとした。

 それが無理でもクッションにさえなればと思った。


 その時、開いていた玄関から現れたのは白髪の獣人族!

 華麗にスミレを抱き寄せ、着地する。

 そして尻尾で車椅子もキャッチ。

 思わず、見惚れるような流れで、カッコいいと思ってしまった。

 それに対して唖然となるオリアーナ。

 無理もありません、この街では滅多にお目にかかれない種族ですから。


「貴方は誰なんですか!?」

「俺様は、そうだな、ティーチャーフェンリル!リリィの保護者だ!」

「え、あれ?先生?先生なのですか!?」

「先生とはなんだ、俺様は──」

「不審者よー!」


 オリアーナが騒ぎ始めたので、先生は慌てて私とスミレを抱えて逃げる様に屋敷を脱出した。


「フェンリル先生、無茶しますね!でも、生きてて良かった、本当に…、改めて、おかえりなさい……ですね」

「おう、俺様、火事くらいじゃ死なないぜ」

「あのぅ、お嬢様のお知り合いの方なのですか?」

「うん、私の魔法のお師匠様のフェンリル先生です」


 そう言った途端、一瞬で元の姿に戻った。

 相変わらず小さくて可愛い仔犬の様な姿です。


「かわあいいいいいい!お嬢様!私にも抱かせてください!」

「あ、うん」


 それから小一時間、スミレは先生のお腹に顔を埋めて、スーハースーハーと激しい呼吸をしていた。

 それって抱くっていうんですかね?

 助けてほしそうな顔をするのですが、私には止めれそうにもありません。

 ごめんなさい、先生。


「もふもふ久しぶりです~。前世で犬を飼ってたんですけどね、まぁその癖で、あはは……」

「俺様は犬じゃないぞ!」

「まぁまぁ」

「それじゃあ、行きますか」


 車椅子を押しながら街の中心街にさしかかった。

 目的の場所は駐屯地だ。

 叔父の屋敷はフレールの街にあり、駐屯地は程よく近い場所にある。

 エレンに会いたい。

 会って謝らないといけない。

 見放されたのかもしれないと思うのは、叔父の屋敷に移ってから一度も会いに来なかったから。


 関係を戻さないと、私が悪役令嬢になって死んでしまう。

 結局のところ、どうあっても私が死ぬのは駄目だという結論に達した。

 元は自分の考えじゃないけど、お姉さまが落ち込む姿は想像するだけで辛い。


「お嬢様、ちょっとお待ちになってください、様子を見てきますね」


 駐屯地についてすぐ、スミレは私を置いて行動し始めた。

 通りすがりの兵士の方には軽い挨拶を交わす。

 名前まで憶えられている様子で、それはこの場に何度も来ている事を意味していた。

 しばらくして、戻って来ると、少し残念そうにしている。


「エレンラント様は、お出かけ中だそうです、なんでも視察があるとかだそうで」

「そう、じゃあ出直してきましょうか」

「いいえ、中で待っていましょう、お許しは得ています」


 にっこりとするスミレだった。

 そんな許しをいつ得たのか、最早愚問でしかなかった。

 ただ、最終的にスミレがエレンと親密になるのは、私にとって良い事なのか悪い事なのか判別がつかない。


「スミレって随分ここに慣れてるみたいね」

「ええ、エレンラント様には時々報告ししていますから」

「へ、へぇ、そうなの。それって、どんな報告?」

「お嬢様が今日どれだけ夜食を食べたかとか、どんな寝相だったとか、どんな服をきていたかとか」


 服というかドレスの類は、火事の時にエレンから貰った1着だけ。

 それを今日も着ているのだけど、それを報告する意味ある?


「ドレスとか、持ってないじゃないですか」

「ええ、そうね」

「三人の王子様と陛下、ルルゥルア様、レニーノ様から、送られてきてるそうですよ、叔母様に全て売られてしまってるみたいです」

「なにそれ、人の者を勝手に…」

「そのお金で娘のオリアーナ様のドレスを買ったみたいですね、それを着て先日、お茶会行ってられましたよ」

「そうなのですか、それは皆さんに謝らないとですね」


 オリアーナは普段からドレスを着ているから、あれが普段着だと思っていたけど、それとは別にとっておきのドレスを用意できたのですね。


「じゃあ、ここでお着換えしましょう」

「どうしてですか、今のドレスでも十分…」

「まぁまぁ」


 簡易ベッドに座らされて、そこから着替えさせられる。

 もう半年も世話されているからか、手慣れてた物です。

 そして取り出されたのは以前持っていたドレスだった。


「あれ?どうしてここに、私のドレスがあるんですか?」

「俺様が、火事の時に持って逃げたんだよ、クマと一緒にな!」

「あのクマもあるんだ、良かった……」

「ただなぁ、ちょっと焦げてしまってな、修理ついでに預けている」

「誰にですか?」

「ほら、冒険者のガタイの大きいヤツ」

「ああ、ディップさんですね!」


 久しぶりの名前を思い出し、会ったら返してもらえる。

 そう考えるととても嬉しい。

 冒険者の皆さんにもまた会いたいですし、なんだか急に楽しみが増えてきました。


「それでですね、今日はおめかしもしましょう」

「そんなにするしなくても」

「ちょっとだけですよ、ちょっとだけ、先っぽだけだから」


 慣れた手つきでささっと、仕上げられた。


「どうですか、元JKの腕前!」

「いい感じ!嬉しい、化粧って初めて」


 子どもだからか全体的に、薄化粧で、健康的に見えるような感じに仕上がっていた。

 年齢的にも、全然肌艶はいいからね。

 実は前世でも化粧した事なかったのよね、だからかな、ちょっと嬉しいかも。


「え、まさか前世男だったとか言わないですよね」

「違いますよ~、でも女を捨ててるのと一緒でした。出歩かなかったし、学校もいけなかったし」

「ほえー、でも、計算関係は滅茶苦茶早く解いていましたよね?」

「それは前世で姉が教えてくれてたから。結構スパルタだったのよ」

「前世もお姉さん居たんですね、いいなぁ。ま、メイクなら私がやりますし!任せてください!」


 スミレの元気を分けてもらいました。

 エレンは居ませんが本当に嬉しい事ばかりです。


「あれ、スミレ、来てたのか?」

「あ、エレンラント様!リリィお嬢様も来ていますよ!」

「なんだと!」

「エレン…」


 エレンは私を真っ直ぐに見つめた。

 一瞬、時が止まったかと思う程に感じた。

 そして、二人同時の声が重なった。


「ごめんなさ「ずっと会いたかった」

「え」

「えってなんだよ」

「だって、婚約破棄を考えてるとか、オリアーナが言ってたから」

「そんな事言ったかな?言ったとしても誤解だ、話が面倒で事務を処理しながら適当にウンウン頷いてる時に、そう取られる言われ方をされたかもしれん」

「ぷっ、なにそれ、変な理由」

「だってよ、毎日来るんだぜ、毎回なにか理由を付けてリリィと会えないと言うんだぜ?もう、面倒でさ、よく半年も耐えたとおもうぜ、俺」

「そうなんだ、親戚が迷惑かけて御免ね」

「ああ、その親戚の話がしたかったんだ」


 急に真面目な顔で肩を掴んでくるエレンの真っ直ぐな視線が私を突き刺した。


 ドキッ


 いや、その、それがカッコイイなんて思ってないですよ…。

 ただ、ちょっと慣れてないだけだからね…それだけだからね…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る