第44話 あれは強制力だったんだよ

(アレク視点)


 リリィが爵位継承して、半年が過ぎた。

 僕はお見舞いと称して、リリィに面会を求めた。

 会えるのは月に1度程度、決まった日はない。

 それ以外は教育に忙しい、体調が悪いと言われて断れる。

 ただ面倒な事に、断られる場合もそうでない場合も、1時間は娘の相手をさせられる。


「リリィルアに用意させますので、それまでオリアーナとご歓談でもしててくださいませ」


 そう、ここからが1時間だ。

 途轍もなくツマラナイ話をさせられる。

 実に無駄な時間だ。

 その上、調子が悪いから今日はお引き取りをって言われる事が殆どだ。

 その分岐ルールがどうやって決まるかはよく分からない。


「そうそう、お聞きになりました?グランドック男爵が養女を取ったという話」


 グランドッズ男爵はヒロインを養女に迎え入れる男爵の名前だ。

 あの時にパン屋で会った子が、ようやく貴族になったのか。


「いや、知らないが、なんて名前なんだい?」


 スミレだったかな。

 前世でははわりと好きだったんだけどね。


「たしか…、スミュレイだったかしら」

「なんだって!?それは本当なのか!?」

「ひっ、本当ですよ……」


 名前が違う。

 何かが変わってる。

 シナリオが改変されたのか?

 いや、何か違う感じがする、名前だけなら改変とは言い難いな。

 そういえば、イベントに対する時間軸は既に改変されている筈だ。

 もしかすると、ゲームの知識の発生時期を鵜呑みにしない方がいいのか?


「髪の色とか分かる?」

「たしか、薄桃色だったと思います」


 それは一致するんだ。

 もしかして、前に会ったあの子とは違うのか?


「あの、お気に障る事を言ってしまったでしょうか」


 もしかすると、前に会った人が適役ではなくなったから代役が用意された?

 そうなるともっと問題になる事があるかもしれない。

 これこそが、シナリオの強制力。

 居なくなった者を補完し、死んでいる筈の者を抹消する。


「ちょっと、えっと、お母様…お母様ー!」


 うん?どうしたんだろう?娘の方が居なくなってる。

 不興を買ってしまったかな?

 その後、母親がリリィの部屋に案内してくれた。

 だが、リリィは相変わらず、陰りのある感じの作り笑いをする。

 あの火事からずっとそうだ。


「リリィ、聞いて欲しい」

「どうしたの?アレク」

「君の両親が亡くなったのは、シナリオの強制力だと思うんだ」

「──それなら、私も死んじゃうね。もう、それでもいいかなって思うけど」


 重い事を口にしながらも、表情は何も変わらない。

 僕と目を合わせないのは、見たくないからだろうか。

 リリィ…君はそんな悲観的に考える人じゃなかったはずだ。

 でも、火事の直後は何を話しても反応が無かった、それと比べれば…。


「僕の推測なんだけど、君は死なない」

「───どうしてそう言えるの?」

「君の今の状態、誰か似ていると思わない?ほら、本編のルルゥの状態」


 そうだ、本編のルルゥはエレンと婚約していたが、リリィの死を引き摺っていた。

 立ち直ったように見えたのはただの作った笑顔。

 それに気づいたエレンは自分の無力さを覚えていたんだ。


「本編のルルゥの代役としてリリィが選ばれたんだよ」

「そうなると、お姉さまはどうなるの?死んだりしないよね」

「そこまでは分からない、だけど、ルルゥもリリィは死なないと思うんだ」


 その時、リリィの顔色がより一層悪くなる。


「お姉さまが死ぬ可能性が上がるくらいなら、私が死んだ方がマシなんだけど……」

「そんな焦って答えを出さないでくれ!リリィは生きるべきだ!どうしてそんなに死にたがるの…僕がこんなに生きて欲しいと思ってるのに…」

「ごめんね、元々、私は幸せになっちゃいけないのよ」

「何言ってるんだ……、そうだ、考えてみてよ、リリィが居なくなればその代役としてルルゥにその役割が来る思わないか?そうなったら元の木阿弥だよ!」


 その一言で、ようやく僕を真っ直ぐ見てくれた。

 目に力が戻って来てる気がする。

 もうちょっとだ、何かもっと後押しできるものがあれば……。


「私が生きている事が、回避になる…?」

「そうだよ!だから諦めないで!ヒロインだって入れ替わったみたいだしさ!」

「ヒロインが?」

「そうだよ、ヒロインはスミレって名前の子の筈なんだけど、スミュレイって子になったんだ!」

「そんな事が…、ヒロインってスミレって名前だっけ?」

「そうだよ、変更しない限りね」

「偶然だけど、私専属のメイドがスミレって名前なの」


 まさか、ヒロイン本人じゃ?

 そこに丁度良くメイドが紅茶を持って来た。

 じー、と見つめると確かに似ている。

 顔立ちなんかは、本編のヒロインの幼い頃にそっくりだ!

 これはどういう事だ、どうしてヒロインがメイドなんかになっている?


「君、髪の色変えていない?」

「何の事でしょう……」

「そういう魔道具があるんだよ、もし、元がピンク髪だったら、ヒロインじゃないかなって」

「違いますよ、私はヒロインなんて大それたものじゃ……うぅ、ぐるしい」


 突然苦しみだした彼女の表情に、何か思い当たる事があった。

 というか、そんな症状が出るのは一つしかない。


「まさか、隷属魔法を掛けられているのか?あれは嘘つくと、苦しくなるんだよな。改めて聞くよ、君はヒロインなんだろ!?」

「ぐぐ、そ、そうです、ぷはー、息ができた、酸素不足で死ぬかと思った」


 この世界って酸素って単語使わないんだよなぁ。

 まぁ、これで決定だ。


「そうか、君、転生者だよね。どうしてメイドなんてしてるの?」

「───疲れたのよ、奴隷落ちして1年ずっと地下牢に居たのよ?誰も救ってくれなく、王子様も現れないで、自棄になって死にそうになったわ」

「それは辛いねえ」

「と言う事は、アレクも転生者なのね、って、もしかしてお嬢様も!?」

「お仲間ですね」


 あれ?リリィがちょっと喜んでる?

 それは作り笑顔なんかではなく、心の奥底から微笑んでいる感じがする。

 リリィに少し活力が出て来た感じがする。


「元々はピンク髪なんですが、お屋敷に入る時に変えられちゃったのですよ」

「じゃあ僕が、魔道具用意しようか?手に入ると思うよ」

「いいです、お嬢様とお揃いなの、気に入っているので」

「ふふ、嬉しい」


 おおお、また微笑んだ。

 こんな風な微笑むリリィは久しぶりに見た気がする。

 良かった。

 本当に良かったよ。


「ちなみに、僕、第七王子って知ってるよね?」

「そうだったんですか、知らなかったですねぇ、でも転生者の王子様は要らないかなぁ、し」

「はは……」


 まぁ、ロマンもへったくれもないからね。

 分からなくもない。


「そうだ、アレク、スミレの隷属魔法って解除できない?」

「奴隷商でも捕まえないと難しいな」

「そうなんだ…」

「お嬢様、気にしなくて大丈夫ですよ、ご主人様も悪い人じゃないですし」

「どんな人なの?」

「語尾が変なんですが、私を助けてくれた優しい人なんです、ただの平民でゴロツキですけどね、見た目はそれ程悪くないんですよ?」

「そっか、スミレにとっていい人なのね」

「そ、そんな事ないでグェ」


 リリィが正直になれないスミレに笑った。

 メンタルの回復には良い話相手なのかもしれない。

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