第36話 嫌な予感がするよ

(エレン視点)


 ここ1年、俺はフレールの街に駐屯地を構え、闇組織を調査・追跡している。

 ところが俺は手加減が下手で周りに被害が出る。

 そこで、父上からの指示もあって、俺が指示を出す側となり、部下を統率して闇組織を調査するという事になった。

 部下は一様に忠誠を誓ってくれているが、もしかすると腫物に触るような気分なのかもしれない。


 この街では不思議な事に、ただ駐屯しているだけでタレコミ情報が入って来る。

 今となっては慣れたが、この街では良くある話らしい。

 闇組織同士が敵対し、お互いに相手の情報をリークする。

 闇組織と言っても、元領主が絡んでいた本命の闇組織は規模がずば抜けている。

 リーク情報はこちらにとっては都合が良い話だとばかり思っていたが、それは本命を強大にする結果に繋がっていた。


 本命の『地下に潜む妖精アンダーグランドフェアリー』は豊富な資金を使い、町長や衛兵の買収を行った。

 悪事を働いて捕まえたとしても、気が付けば解放されている。

 犯罪履歴はいつの間にか消える事が日常で、独自の牢屋を設けようか考えている。

 だが、そうなると、買収された者達から苦情が相次ぐ様になった。

 もし、この駐屯地のトップが俺でなければ暴動になって抑えきれなかっただろう。

 要するに今は悪循環に陥ってるという訳だ。


 リリィが帰って来た日から数日、駐屯地を離れた事があった。

 すると、その日の内に暴動が起きた。

 駐屯地のテントは燃やされ、重傷者まで出た。

 たまたま通りすがりの少女が回復魔法の術者で、重傷者は一命をとりとめた。

 青く長い髪の少女と聞いて、リリィかと思ったがタイミング的にあり得ない。


 そういえば、アレクから聞いた事がある。

 この世界には自分と同じ姿の者が2人居て、その者に会ったら、どちらかが死んでしまうという伝説。

 もしそうであれば、リリィに会わせてはいけない。

 これも、俺が守らなければならんのか…。


 本命の闇組織は相変わらず、収入源が特定できておらず困っていた。

 そんな状況に来た情報が舞い込んだ、それは欲しかった情報だったが……。


 ファーネスト侯爵が経営している、魔力ポーションの製造所。

 その製造物を横流し、利益を得ている者達が居る。

 ファーネスト侯爵の分家、ジェイラス・ファーネストの手により闇組織に流れ、さらにはファーネスト侯爵の乗っ取りを図っているという情報だ。

 ファーネスト侯爵としては、領土が広がり管理が忙しくなったのだろう。

 だが、領土が広がった割に、兵数は増やしていない事が問題だと思えた。

 既存の兵を、各地の治安の為に派遣している為、領主や屋敷の警護はあまりにも手薄だという。


 嫌な予感がした。

 部下を二名、屋敷の周辺警護に当たらせるが、不安は拭えない。


 だが、ふと我に返った。

 俺は隠れ蓑の様に交わした婚約をそれ程大事にしているのだろうか。

 侯爵の前では婚約を続けると言った手前、あの家族の事を心配する事も当たり前の様に感じているが、俺にとって彼女は何だ?

 婚約を抜きにすれば、ただの興味が尽きない相手。ライバル足り得る存在。

 そして何故か、傍にいると気分が良い。

 それがどういう感情なのか、よくわかっていない。


 最近、月に直線の落書きの様な痕が付いた。

 占星術師は、恐ろしい事が起きると騒ぎ、父上でさえ恐ろしくて夜が眠れないと言う話だ。

 だが、俺は知っている。

 あの夜、高台からリリィの屋敷の方を向いて、モヤモヤしている時だ。

 その屋敷の方角から、何か強大な魔力が動いた事を。

 森や山の木々をなぎ倒した直線上に月が有った事を。

 絶対、あれはリリィの仕業だ、直感だが俺の直感は当たる。

 幸い、それで誰かが亡くなったと言った話すらない。

 ……幸い……幸いなのか?


 俺は久しぶりに震えた。

 あの一撃を受け止めてみたい!

 共に戦えるなら背中を預けられる。

 早く元気になって、俺と戦場を駆け抜けろ。


 そうか、俺は(戦いにおける)相棒を探しているのか。

 そう分かったら少し落ち着いた。


「グラフファー、ファーネスト侯は命の危険に晒されていると思うか」

「あくまでタレコミ情報ですから、今の警備では何かあった時に守り切る事はできますまい」

「やはりそうだよな…」

「もし、あのタレコミが本当だとしても、証拠が無ければ罪に裁く事も出来ないですな、リリィルア嬢をお守るのであれば、その証拠集めを指示してはどうでしょうか」

「姫を護るか、騎士としては当然だな、よし、その調査に二人派遣してくれ」

「承知しました、手配しておきます」


 リリィの親戚の悪事を暴いて捕まえ、罪を背負わせた場合に俺は感謝されるだろうか。

 しない訳がないよな。

 何せ、相手は悪人なのだから、悪人が死んでもリリィが傷つく事はないだろう。


「それよりも、また新たな情報ですぞ、今度は──」


 この時、もっと多くの部下を送るべきだった。

 そんな風に後悔するのはしばらく後の事だった。

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