第37話 くるまいすが届いたよ

 その日、お母さまが脳に大輪の花を咲かせたようにご機嫌になっていた。

 お父さまは、普段より一層優しい表情になっている。

 それをみて、また誰かが来るんだろうと察していると、朝食後にその理由を伝えられた。


「リリィ、実はだな」

「はい、今度は何方が来られるのですか?」

「いや、そうではない」

「あのね、リリィ、今、お母さんのお腹には赤ちゃんが居るの」

「ふぇええ?お、おめでとうごぞざいます!凄いです!嬉しい!」

「ふふふ、喜んでくれて嬉しいわ」

「男の子だといいですね!」


 貴族社会において男子という重要性は高い。

 『初代の直系の嫡出の男系男子』という決まりがある以上、仕方がない事です。

 多少の例外や抜け道があるものの、お父さまはそういう面では真面目そうなので、変な裏技は使わないと信じています。

 どこかの誰かさんみたいに、断絶は悲しいですからね。


 私としては、元気であれば男女どちらでも良いと思っている。

 自分がこんな状態だから居なくなった時の事を考えた結果だ。

 子どもさえ居れば、どんな状況になっても両親はきっと強く生きてくれると思う。

 そう、前日譚のような状況にしない事が重要だ。


 それは兎も角、赤ちゃんはきっと可愛いんだろうね。

 早く会いたいよ。

 凄く楽しみ。



 翌日、またもやクリム様がやって来た。

 つまりは今日も騒がしくなりそうって事だ。

 寡黙の研究家は何処に行ったの?設定よ帰って来い。


「ハニーーー!会いたかったよー!」

「うげ、クリム様」

「今日も可愛いねっ、また裸にしていい?」

「嫌ですよ!せめて検査の時だけにしてください、それで今日は何の用で来られたのですか?」

「これさー!じゃーん!くーるーまーいーすー!」


 まるで異世界から持ち込まれて来たような車椅子がそこにあった。

 前世で見たような車椅子、その物で細部まで再現されいた。

 木製でなくて銀色に光る素材で作られている。

 タイヤもちゃんとゴムでつくられていた、素材は何だろう。

 残念ながら、電動ではなかった。あたりまえか。

 そんなことよりも──


「乗ってみても良いですか?」

「いいとも!君の為に作ったんだからね!僕達が!!」

「ありがとうございます!……え?僕達?」

「設計がアレクでしょ、父上が総括で、エレンが素材集めて来てぇ、僕が加工して組み立てた」

「凄いです、みなさんにお礼言わないとですねっ」


 最初に部屋の中を、うろうろしただけで、すぐに腕が疲れた。

 それもそうだ、これは大人用サイズの車椅子で実質6歳の私には明らかに大きかった。


 そこで「僕が押してあげるよ!」といってクリム様が椅子を押した。

 部屋を飛び出し、廊下を気持ちよく走る。

 クマに乗ってる時とは視線が違うせいか、かなり早く感じるのがまた楽しい。

 その勢いで、階段にまで進んだ。

 だが、そこで止まれば良かったが勢いよく階段を突入。


「え?」

「あ……」


 それは、無謀なチャレンジだったかもしれないが、クリム様は何も考えいなかった。

 ただ、ただ、押すのが楽しくて仕方がなかったのだ!


 宙を舞う車椅子と二人。

 このまま落下すると思ったその時だ。

 車椅子は私を乗せたまま、その場に静止する。

 クリム様は車椅子に掴まってぶら下がり、落下を免れる。


 何故宙に浮いていたのか。


 もしかしてと思って集中して足元を確認する。

 車椅子を魔力で包み込み、そこから六本の細く折れ曲がった足のような魔力が伸びて、私を支えていた。

 正直に言うと蜘蛛みたいだった、苦手で気持ち悪いから、その単語を忘れる努力をした。

 そうです、これは蜘蛛じゃなくて、えーと、アメンボです!

 落ち着いた所で魔力を操作して、そーっと、一階まで降ろした。

 無事着地!

 それと同時に私達は手を取り合った。


「やりましたねっ」

「やったな!」


 無事生還できた事の喜びを分かち合ったのだ。

 それから、私達は練習した。

 車椅子に乗って、魔力で六足歩行ができる様に。

 最初は、大きな足でやってた事が、次第に小さくなり、最終的に5ミリ程の足で動き回る事が出来る様になった。速度は遅いけどね。

 手で動かしている振りで実は魔法で動いているという、極めて自然な偽装。

 ただし、タイヤは回っていない。けど、きっとバレない。

 何故なら、この世界には車椅子がないからだっ。


 階段の上り下りは兎も角、そんな事をしなくても誰かに押して貰えれば室外に自由に外に出る事が出来る様になった。

 クマと違うのは人目を気にしなくても良いという事だ。

 その事をお父さまに報告すると渋々、外出の許可が出た。

 勿論、一人では駄目だと念押しされる。


「そうだ、以前言っていた、聖女検定受けてみるかい?」

「いいのですか?」

「ああ、受けるだけなら問題あるまい、教会には先触れを出しておくよ」


 検定は年1度実施され、満8歳になる時に受ける。

 ただ、それは平民の話で貴族は特別扱いされて、いつでも検定を受ける事が出来る。

 平民が1人に1度と定められているのは、良い結果を求めて何度も挑戦したくなる子がいる為だとか。

 それ以外にも、貴族はそれなりの寄付金を出すけど、平民は無料という理由もあるみたい。

 たしか、その年1度の実施はそろそろな筈。

 人が多いと他の人に結果を見られて恥ずかしい事になりそうだから、少し安堵した。


 ◇ ◇ ◇


 翌日、軽くおめかししてお父さまと教会へ出発した。

 教会は屋敷から馬車で30分くらいの距離にある。

 車車椅子は馬車の中に持ち込めたのに、私は何故かお父さまの膝の上に座っている。

 お父さまはその事に少し満足気だから、まぁいいか。

 

 アレノクアの街は初めてだから、窓から見える景色は新鮮で輝いて見える。

 アレクとエレンと一緒に行ったとフレールの街は色々あって外を眺める事は出来なかったのよね。

 メイン通りには色んな店が立ち並んでいた。


 気の良さそうな女将がいる宿屋さん。

 美味しそうな匂いがしそうな料理屋さん。

 ちょっとお酒臭そうな酒場。

 お世話になってる錬金ギルド。

 可愛い小物がいっぱいありそうなアクセサリー屋さん。

 おいしそうな野菜が並ぶ八百屋さん。

 甘い匂いがしそうな果物屋さん。

 香ばしい匂いがしそうなパン屋さん。

 不思議な道具がいっぱい置いてる魔具店さん。


 いっぱいある、一件一件じっくり見たい!買い物もしてみたい。

 あ、お金持ってない。

 というか、貨幣って見た事ないのよね。

 今度、お父さまにお小遣いをおねだりしてみよう。


 色んな店がある中、特に魔具店に興味をそそられるけど、手狭になっているせいで車椅子は入れそうにない。

 そんな風に外を眺めていると街の人はこちらを見ている。

 ちょっと、笑顔で手を振ると満面の笑みで手を振り返してくれる。

 何だろう、このフレンド感。

 領主の娘だから?


 そして、教会に辿り着いた時には、何故か人だかりができていた。

 車椅子を降ろしている最中に、その人数がどんどん増えていく。

 もしかして、暴動でも起きるの?って不安になる程の人数。

 車椅子が珍しいのかな?


「リリィルア様だ」

「リリィルア様よ、可愛らしいわ」

「肖像画通りのお姿だ」


 小耳に入るのは私の名前。

 少し恥ずかしいながら、にこやかに手を振ると、軽い歓声が上がる。

 なんだろう、ちょっとしたアイドルになった気分。


 ここの教会はかなり大きく、噂ではフレールの街にある教会よりも大きいらしい。

 フレールの方は建てる時に領主が負担をケチったんじゃないかって聞いた。

 私とお父さまが中に入ると、続けて街の方々もぞろぞろ入って席に着く。

 その状況に教会の方達も動揺している様だった。

 ちなみに、立見まで出てる始末、私の結果を非公開にできませんかー?


「リリィルア嬢ですね」

「はい、今日はよろしくお願いいたします」

「検定と言ってもやる事は簡単ですよ、3つの水晶型魔道具に順に手を掲げてください、光が強ければそれだけ適性がある事になります。さっそくやってみましょう?さぁ、どうぞ」


 息を飲み、一つ目の水晶に手を掲げる。

 神父様はこれを浄化の適性水晶だと言っていたが、その光は淡い物だった。

 教会内に深いため息をつく人が何人も居た。

 うう、凄いプレッシャーを感じるんですけどっ。


 二つ目の水晶に手を掲げる。

 神父様はこれを回復の適性水晶と言っていたが、その光も淡い光だった。

 一つ目よりも多くの人が深いため息をつく。

 まぁ、そうですよね。

 適性があっても使う機会が無ければ宝の持ち腐れ。猫に小判。

 その小判が手に入らなかっただけなら、それも仕方がない事、支障なんてない。

 でも、皆さんの期待が……、キリキリと胃に穴をあけられている気分だ。


 三つ目の水晶に手を掲げる。

 神父様はこれを守護の適性水晶だと言っていた。

 これでダメだったら、皆に失望されてしまう。

 どうにか少しでいいから光って!

 私は心の中で叫んだ。


『とりゃあああああああ!』


 その願い(気合)を叶えるかのように、水晶は光った。

 その光はゆっくりと輝きを増していった。

 眩しすぎて教会が光に包まれ、誰もが目を閉じる。

 爆発するかと思ったその時、何か温かい物に触れられた気がした。

 違う、誰かに触れられた感じだ。

 木々と花の香りがした気がする、教会の中なのに?

 それから、光が収まり周りを見ても、誰も私に触れている人は居なかった。


「ああああ、これはっ」

「あ……」


 水晶が壊れていた。


「ごめんなさ──」


 謝ろうとした瞬間、唖然としていた街の人達が、歓喜の声を上げた。


「おめでとうございます!」

「やったああああ、流石リリィルア様だ!」

「守護の聖女が現れた!」

「これで、このアレノクアも安泰だな!」


 皆が喜ぶ中、魔道具を壊したせいで大喜びできず、少し引きつった笑顔で手を振った。

 教会の中は「リリィルア様」コールが止まらず、事態を収拾させる為に教会の奥に連れて行かれた。


 落ち着いた所で、改めて結果として守護に適性ありと判断された。

 教会の指導で修行を行えば、できる様になるらしい。

 そうはいっても通う事も出来ないので、それは諦めていた。

 屋敷から微妙に離れているんです。


 そして、父が寄付金を渡すと、そのお返しとばかり小さな十字架を渡される。

 ネックレスとして邪魔にならない程度のサイズだった。

 さらに、簡単なレクチャーを受ける事になる。

 私としては適性がわかっただけで十分なんだけどね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る