第31話 王様が来たよ!?

 父上って、国王陛下だよね!?

 本当に来てるの?この屋敷に?冗談でしょ!?


「うむ、まぁ、それくらいは良かろう」

「やったぁ!」

「陛下!このような場所にまでご足労を──」

「良い、儂が会いたかったんじゃ」


 お父さまが跪き、言おうとした事を陛下が遮る。

 これは、非公式の謁見だと言わんばかりだ。

 陛下が現れた事で、場の空気は一気に静まり返っていた。

 お姉さまやレニちゃんも両手でスカートの裾を軽く持ち上げ、膝を軽く曲げたカテーシーで挨拶をする。

 私もベッドの上からお辞儀をするような姿勢を取る。ちょっとした土下座感。


「皆の者、非公式の面会じゃ畏まらずとも良い。リリィルア嬢、精霊界からよくぞ戻って来られた。どうしても会いたくて来てしまったのじゃ」

「有難きお言葉、身に余る光栄にございます」

「緊張せずとも良い、すまぬが本題に入らせてもらうぞ、リリィルア嬢は『くるまいす』があれば使うかの?」

「あるのですか?この世界に!?」


 車椅子はこの世界に存在していない。

 そもそも、車輪技術は発展していない為か、ただ設定が無かっただけか。

 私だって、それあれば、自由に動き回れそうだと思っていた。

 ただ、腕の力が弱すぎて一人ではどうにもならないので、誰かに押してもらう事が前提になる。実際、今の生活にある意味の不自由はないのと、家計の問題から、我儘を言う事はできなかった。

 前世じゃ、紀元前からあったのにね。


「ああ、アレクの発案で1年かかったがもうすぐ出来上がりそうじゃ」

「それがあれば、動き回れます、是非使わせてください」

「そうかそうか」


 そういえば、陛下も転生者なんでしたっけ。

 でしたら、すぐに採用されるのもわかります。

 問題はゴムをどうやって調達するかだったのですが、その目途が付いたのか、それとも衝撃が直接腰に来る様な物になるのかはちょっと心配です。

 そして、その物を知らないお姉さまが質問をする。


「あの、『くるまいす』とはどのようなものでしょうか」

「それはの、椅子に車輪を付けた物じゃ、後から押してやれば歩けなくても外に出かけれるぞ」

「椅子に車輪……?大きすぎませんか?馬車についてる物ですよね」


 それから、説明に小一時間がかかった。

 馬車に着ける車輪をそのまま着けていれば、そりゃあ使いづらいでしょう。

 でも、車輪と言えば馬車ってのが一般的なイメージなのでしょう。

 私のイメージだと、足元には小さな車輪を付ける必要がある。

 金具は特注になるし、って言うのは前世での車椅子に近づけた場合の話。

 椅子の部分は木製になるのかなって程度にしか思いつかない。


「それはそうと、一つ申し訳ない事をした、謝罪させてくれ」

「どのような事でしょうか。謝られるような事は起きていないと思うのですが」

「誘拐の件じゃよ。儂が婚約の件を押し付けたばかりに、こんな事になってしまった」


 その説明は少しばかりややこしい話だった。

 そもそも婚約者を狙った誘拐だったが、犯人は婚約者をルルゥだと思っていた。

 でもその時、ルルゥは実家に戻っていた為、私を誘拐した。

 本来なら目的を果たしたので人質にすべきだったのだけど、私に人質としての価値がないと思った犯人は、そのまま逃亡したらしい。そんな話だった。

 (※アレクの説明は連れて逃げようとしたところを省略していた)

 その勘違いのお陰で、窮地に落ちなくて済んだという事になる。

 なんだかんだ、運が良かった。


「私との婚約ですが、やはり派閥争いの一端を担うのでしょうか」

「それはそうじゃな、力を求める輩からの婚約申し出は普通にあるじゃろ」

「そうですね、エレンの力は魅力的に映るでしょうね」

「お主もじゃよ。リリィルア嬢」

「私もですか?こんな病弱なのに?」


 私なんかと婚約して何が嬉しいのでしょう?

 サッパリ分かりませんね。


「こう言うと失礼なのだが、権利を主張しない令嬢と言うのは貴重なのじゃ」


 その話はちょっと痛い。

 身動きが取れないから、部屋から出ないから、というのは極めて都合がいい。

 籠の鳥には餌を与えておけば、魔力草を量産できる。

 今、この領地が好景気になっている要因である手法を模倣するだけで、元が取れる。

 側室でも次男三男の嫁とか、長男の正妻でなければ何でもいい。

 不要になれば最悪でも病死とすればいい。

 それはまさに使い捨ての金の成る木を買うような物だ。

 婚約期間に家に招き入れ、魔力草の育成の秘密を聞き出せたなら、それだけで目的は達成できる。

 それが叶わなくても、人気の令嬢を招き入れ、囲っているだけで商人が寄って来る。

 という説明だった。


「でも、実際のところ、申し込みなんて来てないのではないですか?お父さま」

「いや、来てるぞ。全部断っている、この1年で42件だ」

「うげ……それって行方不明の間にですか?それ以前にですか?」

「行方不明の間だけでそれだ、それ以前のを聞きたいかい?」


 少し影を帯びた笑みを浮かべるお父さまに、少しゾっとするものがあった。

 エレンと比べれば少ないのかもしれない、だがそれは問題ではなく、もし婚約していなかったとすれば、もっと多かったかもしれない。

 中には直接この屋敷に来る者、直接会わせろと強要する者、最悪なのは戦を仄めかせ結婚を強要する者まで出るかもしれない。

 実際、ごく一部では王国内で領土争いは起きている。

 その戦争が永遠に無縁だという保証なんてどこにもない。

 この時代はそういう時代なんだ。

 エレンが大人になって国を治めるまでは。


 前世の姉の話を思い出す。

 非情なるエレンラント、グレイスラントの狂人、惨殺王。

 エレンが王位に就いた時に、そんな二つ名が流行った。

 ヒロインを王妃に向かえたが、すぐに飽きてしまったのか戦争に没頭してしまう。

 派閥が異なる貴族が反乱、それを平定するのに全力を尽くした。

 そして反乱鎮静後は国内の戦争はなくなり、安寧な時が訪れたというのは強敵を欲するエレンにとっては皮肉な話だ。

 それがエレンルート。

 一部からはバッドエンドと呼ばれたシナリオだ。

 全てが聞いた話なので、これ以上の詳細は分かっていない。


 王位継承が誰になるか、継承時に戦乱がどうなるか聞いた事があった。

 第一王子がした場合、継承時の内乱を収めた後、隣接国との戦争に発展し、泥沼化した。

 第二王子が王位継承した場合、継承時の内乱はなかったが、国内の小競り合いはずっと続く。

 第六王子が王位継承した場合、戦争という物は全く起きなかった、だが地下組織が暗躍し、貴族は腐っていった。

 全ルートを攻略したっ結果、王位継承という点でエレンを推す人が増えた。


 戦争は嫌だな。

 まぁ、私には関係ないけど。


 実際のところ、エレンが抑止力となって、この領地を守っていた事に気づいたのは、ずっと後の話だった。

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