第8話 お隣の領主さんが来たよ

「ねぇねぇ、お姉さま、この種、私以外でも育てれないかな?」

「だったら、私がやってみるわ」


 魔力草の種の育成って誰でもできるよね?という、疑問から始まった実験。

 その結果は残念で、種は全く持って反応しなかった。

 お姉さまの魔力量は少ないわけでもなく、魔力持ちの平均よりも多いくらいだ。さらに言うと、私は未だにクマ操作以外の魔法を使えないけど、お姉さまはいくつかの魔法を習得している。

 実はお姉さまは手を抜いていて『魔力草は貴女しか育てれないから頑張って生きるのよ』なんて言い出すんじゃないかなって想像していると、先生が『あれは手を抜いていないと思うぜ』と言う。

 疲れるまで魔力を放出したお姉さまが休憩している所で思いついた事があった。


「ちょっと、別の種も試して欲しいの」


 別の種というのは、これまでの歴代の種、その数なんと29個。

 品種改良の過程で出来た種を順に試してもらうと、11世代目だけが小さいながらもどうにか育った。それでも葉は通常の3倍はあるので十分大きいと思う。


「ふぅ、これなら、私でも育てれるみたいだわ」


 一仕事終えたという安堵感からお姉さまは脱力していた。

 本当に育てれる種があって良かったです。


「じゃあ、この種が増えれば、魔力持ちの領民でも育てれるね」

「それはどういうこと?」

「んと、私が居なくなっても──」

「馬鹿な事言うんじゃないわ!リリィが居なくなるってどういうこと?体調悪いの?どうなの??」

「そ、そうじゃなくて、ほら、元気になったら学校とか行きたいから、王都に行ってる間、生産が止まるのは駄目でしょ?」


 吃驚したあぁぁ。

 確かに考えようによっては、死んだ後の事を考えてたと言われても仕方がなかった。配慮不足です、お姉さま、ごめんなさい。

 でも、本当は自分が死んでしまった後の事を考えていないというと、嘘になる。

 考えたくはないけど、シナリオの強制力がどれくらいあるのか分からない今、お姉さまが悪役令嬢にならない様にしっかりとした計画プランを立てて、私が居なくても回避できるようにしたい。


 実のところ、私や私の両親が死ぬ事でお姉さまに悪影響を及ぼしたのは明らかで、この魔力草により領の経済立て直しが出来れば両親が死ぬことが無くなり、悪影響が少しは抑えれるかもしれないという、保険のような考えがあった。

 もちろん、死ぬつもりはないけどね。


「そ、そう、それならいいのよ、でも体調が悪いならちゃんと言いなさいよ」

「うん、ありがとう、お姉さま」

「あ、そうだわ、今度錬金ギルドが近くの街にできるそうよ」

「楽しみ!私も行ってもいいのかな」

「歩けるようになったらね」


 なんとなく、勢いで許可してくれるかもと思ったのにっ。残念。

 車椅子を誰か作ってよお、なんでこの世界にないのお?


「うぅっ、でも、どうしてそうなったの?隣領のギルドって潰れたばっかりよね?」

「そうそう、実質引っ越しみたい。職員も殆どそのままなんだって。職員の人の仕事を無くしたら可哀想でしょ?それでお父様が手を回したそうよ」

「もしかして、ルルゥのお父シルヴィアート公爵様がこちらに来られるの?」

「ええ、明日にはこちらに着く予定よ」

「よかったね、久しぶりなんじゃない?」

「うん」


 お姉さまはとても嬉しそうな表情になる。

 やっぱり実の父親と離れ離れは寂しいよね。

 その一方、私のお父さまは魔力草の育成の件で王都に召還され、暫く帰って来れない。

 こんな話をしているとなんだか会いたくなってきますね。



 ◇ ◇ ◇



(ロングナイト侯爵視点)


 窓辺でグラスを傾け、領地を眺めながらワインを堪能している、良く肥え……大柄な成金趣……綺麗な装飾を愛する男が居た。指輪の数だけでも20個、そのデザインはバラバ……多種多様で趣味が悪……様々な美しい物を愛するようなおもむきが感じ取れた。その者の名は豚……ロングナイト侯爵!


「おい、執事、何をしている」

「いえ、ナレーションを少々」

「うん?何を言っている?それより何か用があったのではないか?」

「そうでした、旦那様、良い情報と悪い情報がございますが、どちらからお聞きになられますか?」

「は?う~ん、じゃあ悪い情報から聞こうじゃないか」


 その情報は、どうやら、ファーネスト伯爵は一人娘と第七王子の婚約を企んでいるという話だった。王族と婚約が成立するという事はバックに王家がつくと言う事になり、力関係が微妙になる。その前にギルドの件の落とし前をつけなくてはならないという事だ。

 さらに、良い情報を聞くと、例の魔力草はファーネストの一人娘が育てたという。それのどこが良い情報か分からずにいると、執事は例を挙げた。


「例えばですが、ご子息のゼレリム様との婚約を餌に、こちらの領地に連れてくる事が出来れば、あちらの魔力草は作れなくなりますな、話では病弱で最近も一度死にかけているそうですから、ご子息の気分転換に丁度宜しいかと、さらに魔力草を育てさせればお金ががっぽがっぽ!ですな」

「ああああ、いや、それなんだが、もう二人の令嬢をだろ?少々悪評が目立つでな、少し説教した所なのだ、いや、だが、そうだな、まぁ今回はそれでも良いか」

「そうですよ、今回はそれでも宜しいかと」


 翌日、ファーネスト家に赴く事になった。

 どうして私がわざわざ行かねばならんのかはサッパリわからぬが向こうの娘が身動き取れないのであれば致し方がない。

 と、到着前までは思っていたんだがな!


 応接間に通されたと思ったら、領主の隣に娘が立っているではないか!

 聞いていた話では、病弱でベッドから出れないと言っていたのだが、それは嘘だったという事か。

 騙された事が全く持って腹立たしい、それだったら我が領へ来るのが筋であろうに。


「それで、どのようなご用件でしょうか、ロングナイト侯爵」

「随分と可愛らしい娘がいるのだな、率直に言わせてもらうが、我がロングナイト家へ来い。長男と婚約させてやろう。隣領同士仲良くするのは道理であろう?それに、こちらは誘致していたギルドを潰されたのだ。その償いを娘一人で許してやろうというのだ、有難く思う事だな。なあに、病弱だろうが構わぬよ、息子も気にしないと言っておる」

「ほう、それで?以前の婚約者の様に壊すのか?」

「いやいや、あれは元々精神が狂っていたのですよ。いや、本当に偶然にも2人とも狂っていたなんて、息子も可愛そうに。彼女達には何かできないだろうかと、息子も頑張ったのですか」

「なるほど?それで、どうしてもこの子が良いというのかね?」

「ああ、そうだ。まぁ躾や教育は任せたまえ、それが高位貴族の役割という物だからな」


 ふと気づいてしまった。

 この令嬢、確か6歳だったと思うが、そんな子どもに睨まれて体が強張ってしまっている。コイツはただ者ではないと察したが婚約者として来たらこっちのもんだ。

 私は娘の威圧をはねのけ、胸ぐらを掴んだ。


「いいか、これが躾だ、その生意気な目を──」


 まず、頬を引っぱたけば大人しくなる。

 奴隷相手は最初が肝心だからな。


 バシィイン!


 部屋に大きな音が響いた。

 この娘、私の頬を引っぱたくとは何事だ!?


「躾は高位貴族の役割なんでしょ?大人しく躾を受けなさい!」


 バシィン!バシィン!バシィン!バシィン!


 痛い痛い、うわああ、何だこのようじょ、つよいぞ。

 だが、どうして伯爵が私より高位なんだ!?意味が判らん。馬鹿なのか?


「ルルゥルア、それ以上は原型が無くなりますよ、ゴミが粗大ゴミになってしまう」

「ルルゥルア!?娘の名前は確かリリィルアだったはずだが、ま、まさか隠し子!?」

「違うわよ!そこにいるシルヴィアート公爵の一人娘、ルルゥルアよ、大人しく躾けられなさい!というか公爵家当主の顔くらい覚えておきなさいよ!」

「くそう!ファーネスト伯爵はどうした!?リリィルアを出せ!」

「残念だけど、留守よ!出直してくる事ね!」


 畜生!なんで、公爵が居るんだよ!

 玄関から追い出され、逃げる様に帰ろうとした所、ふと見た屋敷の二階に少女の姿があった。

 あ、あっちが、リリィルアか!


「おい、執事!フック付きロープを持って来ていたよな!?」

「勿論でございます」

「バルコニーにひっかけろ、二階に登る!」

「え、無理ですよ、自分の体重分かってないんですか?」


 確かに、最近はお腹の出っ張り具合が尋常じゃないとは思っていた。

 だが、二階にくらいはよじ登れると思っていたが、そう言われると急に自信が無くなってくる。


「いや、お前、容赦ないな。私が無理ならお前が行けよ!いいからやるんだ!」

「嫌ですよ、労働契約外です」

「ボーナス出すから!」

「基本給が元々低いじゃないですか、ケチりすぎなんですよ」

「じゃあ、有給やるから!」

「もう一声」

「じゃ、じゃあ、給料を倍にしてやる!」

「承知しました、では行ってまいります」


 執事は手際よく、ロープをバルコニーに引っ掛け、あっという間によじ登った。


「よし!でかした!そのまま誘拐しろ!」


 だが、その瞬間、窓が開き部屋の中から水が噴射され、執事は弾き飛ばされて宙に浮いた。


「執事!」

「旦那様!犬ころが魔法を!」

「わんわん、わわんわんわん(犬じゃネェ!フェンリルだ!)」

「犬がなんで魔法を使うんだよ!」

「それより受け止めて下さ──」


 ドーンという激しい音と共に、侯爵は執事の下敷きになってしまった。

 何故かこの程度で息も絶え絶えとなった侯爵は、薄れゆく意識の中、最後の言葉を口にした。


「しつじ………私の死は……三年、かく……せ(ガクッ)」


 なんという事でしょう、侯爵は打ちどころが悪く、帰らぬ人となってしまった。


「旦那様!!給料倍にボーナス、有給!!!旦那さまぁあああ!」


 尚、侯爵は異世界戦国物語(著こくおー)にハマっていて、一度言ってみたいセリフを言えて満足だったとか。

 だが、この馬鹿げた意味のないセリフのせいで、リリィは大きな誤算をする事に、この時はまだ気づいていなかった。


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登場人物紹介

・メクリウル・ロングナイト侯爵 享年40歳

 お腹の出っ張りが大きく、豚侯爵と陰口を叩かれている。お金大好きで、私腹を肥やすためには何でもした。私財と共にお腹も膨れて行った。

 二人の息子は既に成人済みで、金貸しの代償として息子の嫁を宛がう手段を取っていた為、息子の性格は歪んでいる。

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