冒険者ギルド食堂は次元の狭間で営業中です

出っぱなし

冒険者ギルド食堂は次元の狭間で営業中です

 ここはどこにでも存在し、どこにも存在しない虚無の空間


『次元の狭間』


 この次元の狭間には、唯一、存在を許されているモノがある。

 

『冒険者ギルド食堂』


 ビッグバン以前から開店し、宇宙が無まで収束しても閉店しないと言われている摩訶不思議な存在だ。

 ここは、男女の双子と大狼によって切り盛りされている。


 客層は古今東西、多種多様、何者かが気まぐれに開けた次元の穴から導かれた者たちだ。

 訪れた幸運の持ち主たちは、貧者も富者も聖者も愚者もみな平等に舌鼓を打ち、元の世界へと帰っていく。


 その料金はその満足感だけ。


 ただし、食材は、双子の片割れの男と大狼と一緒に現地調達をしなければならない。


 さて、本日のお客はどのような者なのだろうか?


☆☆☆


 世界を救う勇者パーティーであるはずの俺たちは、負けた。


「ぐ、うう」

「こ、こんなのどうすればいいの?」


 暴虐の限りを尽くし、世界を混沌に陥れた魔王に俺たちは戦いを挑んだ。


 始めは、俺たちの完璧な連携で魔王を圧倒した。

 魔王は第二形態へと変身したが、薄氷を踏むほどの危うい戦いを俺たちは制し、僅かの差で魔王を止めることができるかと思われた。


 しかし、頑なに和平を拒絶した魔王は最終形態へと変身し、理性のない破壊の化身となった。

 その圧倒的な天災とも呼べる暴力の前に、俺たちは為す術もなく次々と倒れていった。

 破壊神となった魔王によって、天は闇に覆われ、地は崩されていく。

 仲間たちはみな絶望に飲み込まれ、その運命を受け入れてしまったかのように立ち上がることはできなくなっていた。


「俺はまだ諦めない! 俺は勇者だ、勇者ユウヤだ!」


 俺は唯一人立ち上がる。

 魔王を止めることができるのは俺だけなんだ。


「うおおおおお!」


 俺は魔王の眼前へと踏み出す。

 しかし、魔王の方が早かった。

 俺の視界は白い闇に染まっていく。

 世界を終焉へと導く魔王の波動によって、その世界は消滅した……筈だった。


☆☆☆


「いらっしゃいませ!」


 薄れゆく視界の中で、目が覚めるような明るい声によって突然意識が覚醒した。

 

 目の前には、絶望的な終末が一転、光の魔石による照明によって穏やかに照らされた石壁の建物の中にいた。

 年季の入った薄茶色の木の床、黒い木の腰壁がどこか落ち着かせてくれる。

 1ダースは座れそうな大きな樫のテーブル、シックな重い色合いのカウンターまである。

 その奥には、大小様々な白い皿や木製のジョッキや銀カップなどの食器類が見える。


 ここは、何だ?


「……あの? 大丈夫ですか?」


 突然のことに困惑していた俺は、声をかけられてハッと意識を戻す。

 が、またしても意識を奪われる。


 ブルネットの髪をポニーテールにして、知的に見えるクリアなメガネを掛け、パッチリとして大きく、吸い込まれそうな美しい碧眼が覗いている。

 程よく突き出た上下の黄金比率にもまた息を呑まされる。


 女神、なのか?

 やはり俺は死んだ、のか?

 しかし、俺が以前トラックに撥ねられて異世界転生した時とは違う女神だが。


「いてっ!?」


 俺は後ろから突き飛ばされ、床に倒れ込んだ。

 顔を上げようとしたら、目の前に牙を剥き出しにした巨大な狼の顔があった。


 で、でかい。

 クマ以上の大きさ、まさか伝説の幻獣フェンリル?


「クッ!?」


 俺はすぐに立ち上がって距離を取り、腰の刀を抜こうと手にかける。

 常在戦場、異世界で数々の修羅場をくぐり抜けてきた条件反射だ。


『グルルル!』

「アレク、め!」

『グ……くぅーん』


 俺を威嚇していたアレクと呼ばれた巨大な獣は、女神?に叱られてしゅんと項垂れた。

 見かけによらず、賢くて従順そうだ。


「ごめんなさいね。お客さんはたまにしか来ないから、興奮して戯れちゃったみたいです」


 と、女神?はニコリと笑い、アレクのもふもふとした頭を撫でた。

 いや、あれは戯れたなんて生易しいものじゃ……


「ん? 騒がしいと思ったら客か、アンヌ?」


 全身の筋肉の盛り上がった大男が、カウンターの奥から表に出てきた。

 やや長めの赤い癖っ毛、前髪が長くて顔が見えづらい。

 しかし、口元には優しそうな笑みが浮かんでいる。

 アンヌは俺の警戒心を物ともせずに、男に笑顔で答える。


「うん、そうだよ、トール。初めてのお客さんだからちょっと混乱してるみたい」

「……ふーん、そうか」


 トールは短く答えただけで静かに俺を見ている。

 じっと見られているだけだが、わかる。

 この男、強い。


 俺は油断しないように刀に手をかけたままだ。

 が、背に冷たい汗が流れる。

 異世界転生してチート能力持ちの勇者である俺ですら、勝てるとは思えない。


「すまないな。うちの看板大狼が失礼した」


 トールは意外にも腰が低く、すぐに謝罪の言葉を述べた。

 俺はこの男に嘘はないだろうと警戒を解いて、一息ついて謝罪を返した。


「こちらこそ、すまない。ここは、一体?」

「ここは、冒険者ギルド食堂よ!」

 

 アンヌは嬉しそうに俺の質問に答えてくれた。


 ここは以前は冒険者ギルドだったが、現在は異世界同士の狭間の世界『次元の狭間』に囚われているらしい。

 何があったのかは言葉を濁して教えてはくれなかったが、元の世界で何か良くないことがあったそうだ。


 二人は双子の姉弟、トール曰く兄妹だそうだが、どちらがどちらかは分からない。

 双子なのに全く似ていないが、二人共それぞれ両親に似ているらしい。

 アンヌは母親似、トールは父親似、両親の遺伝子が混ざらないとは不思議なことがあるものだ。

 アレクは二人の両親の飼っていた大狼の子で、二人と共に育ったそうだが、この空間に来てからこんなに大きくなったらしい。


 元々冒険者ギルド食堂は、二人の両親が経営していたらしいが、今は二人と一頭だけだそうだ。

 時間と場所の概念のない空間だが、俺のように次元の穴に落ちてやってくる相手に食堂を開いているらしい。


「……そうか、分かった。だが、俺はすぐに帰らないと! 魔王を止めなければいけないんだ!」


 俺は事情が分かり、すぐに表に飛び出そうとした。

 しかし、入り口の扉はびくともせずに開かない。


「く、ぐぐぐ!」

「ダメですよ。その扉はお客さんが料理を食べて満足しないと開かないんです」

「だったら、何でも良いから早く出してくれ!」


 俺が悲鳴を上げるように叫ぶと、アンヌは困ったように顔に手を当てた。

 トールは助け舟を出すようにアンヌに声をかける。


「……なあ、アンヌ。アレを出してくれないか?」

「アレ? ああ! ママがパパの胃袋を掴んだ特製のキッシュね!」


 アンヌは嬉しそうに満面の笑顔でオーブンからキッシュを取り出し、俺とトールへと一切れずつ皿に取った。

 美味い、とは思うが俺は急いで食べて席を立つ。


「よし! これで……」 

「まあ、焦るな。まずは腹ごしらえだ。そっちの扉から出るにはまだ早い。こっちに来るんだ」


 トールは呆れたようにため息をついて、ゆっくりと席を立った。

 俺は駆け出したくなる足を無理矢理に抑えるようにトールの後についていく。

 やがて裏口の扉の前に立った。


「何だ、この扉は?」


 青白く発光し、空間が歪んでいるかのように距離感が無いように感じる。

 俺はその扉に吸い込まれるように勝手に足が進んでいく。


「この扉は、訪れた客が本当に望んでいる食材のある場所へと連れていく。意識していようといまいと、心の奥底にあるものを自然と導き出すんだ」

「そうかもしれないが、俺は……」

「焦らなくてもいい。この空間と元の世界とは時空が異なっている。こっちでどれだけ過ごそうとも、元の世界では瞬きの間ほども時は進んでいない」


 トールは俺を落ち着かせるように無表情で静かに諭す。


「そ、そうなのか?」

「ああ、そうだ。その理屈はオレには分からない。しかし、これだけは分かる。この扉の先にはあんたにとって必要なものがある。オレにはあんたが元の世界で何があったのかは分からない。だが、それを手に入れない限り、元の世界に戻っても何も変わらない。それに、扉の先も危険な世界だ。気を抜くな」


 俺はゴクリと喉を鳴らし、トールに促されるように扉の取っ手に手をかける。

 そして、次元の扉が開かれた。


☆☆☆


「こ、ここは?」


 いきなりの別世界に俺はただ呆然と立ち尽くした。

 トールとアレクも後からやってきて俺の隣に立つ。


「さあな? 次元の扉が導く先は毎回違う。訪れる客たちにとって最善にして最良の食材のある場所へと導かれる。ここに導かれたのは、あんたにとって必要な場所だっただけだ」


 ここが、俺にとって必要な場所?

 分からない。

 俺の生まれ故郷、異世界転生前は確かに海の近くにある寂れた農村に住んでいた。

 だが、ここは同じ海でも全く景色が違う。


 どこまでも透き通るような蒼穹には白い雲、紺碧の海には大小様々な島々が浮かんでいる。

 俺達のいる陸地には白亜の石柱に支えられた神殿がいくつもそびえ立っている。

 まるでここは古代ギリシャのようだ。

 唯一同じ点は、俺の生まれ育った、世界から忘れ去られたような農村と同じように、人々は何かに諦めたかのように表情が暗い。

 

 こんなところに俺の求めているものなど……


『グルォオオオ!』


 俺が俯き、故郷を思って悶々としていると、突然獰猛な唸り声が地を揺るがした。

 森から岩山ほど巨大な九つの首を持つ竜が姿を現したことによって、農村を恐怖が飲み込んでいく。

 

「きゃあああ! またヒュドラが!」

「ひぃっ! せっかく実った作物がまた荒らされる」

「ああ、何ということじゃ。神様助けてくだされ」


 人々の悲鳴と嘆きで、何が起こっているのか理解できた。


 目の前の怪物を討伐するしかない。

 どこに行こうとも俺は勇者ユウヤだ。

 俺は目の前の困っている人々を放ってはおけない。


「はぁあああ、超神速・縮地!」


 俺は闘気を纏い、地を駆け、やがて空をも駆ける。

 ヒュドラの首の一つが俺を迎撃しようと襲いかかってくる。


 だが、遅い!


「抜刀術・天龍剣!」


 超神速の居合抜きで首を一閃、血飛沫が舞う。

 魔王に比べれば弱い。

 そう思い、俺は自惚れていた。


 その血がヒュドラの最大の攻撃だったのだ。

 付近を飛んでいたカラスが、猛毒の血液を浴び、一瞬にして骨と化した。

 回避が間に合わず、俺も一巻の終わりかと思われた。


『ワォオオオン!』


 アレクは空中を駆け、間一髪のところで俺の襟首を咥えてヒュドラの猛毒をかわした。

 そのまま地を駆け抜け、牧草地に立つトールの元へと戻っていった。

 アレクは咥えていた俺を地面に投げ捨て、俺は尻餅をつく。

 トールは呆れてため息ついて俺を見下ろしている。


「……やれやれ。むやみに突っ込むもんじゃない」

「す、すまない。だが、俺は困っている人たちを見捨てられない!」

「よく見ろ」


 トールが指をさすと、ヒュドラの切られていた首は一瞬にして再生していた。

 俺は冷たい汗が体中から吹き出した。


 こいつは、どうやって倒すんだ?


 ヒュドラは俺の存在など意に介さず、森の中へと帰っていく。


「……なるほど。ヒュドラ、か。倒し方は大体わかった。行くぞ」

「え?」

「むやみに突っ込むなとは言ったが、困っている人たちを見捨てろとは言っていないぞ?」


 トールはニッと口端を上げた。


 俺たちがヒュドラを追いかけると、ヤツは森の中の泉のほとりに佇んでいた。


「見つけた! でも、どうするんだ?」

「任せろ。 ……はぁあああ! 狂戦士化!」


 トールが全身に漆黒の闘気を纏った。


 な、んだ、これは?

 破壊神と化した魔王ですら生易しい圧倒的な威圧感、次元の狭間には上には上がいた。

 勇者としての自信がへし折られそうだ。


牙狼咆哮槍ガルム・ファング!」


 トールは血を浴びない距離からの必殺技でヒュドラの首を一つ吹き飛ばした。

 しかし、ヒュドラの首はすぐに再生されようとする。


『ガォオオオオ!』


 そこに、アレクが口から地獄の業火のような黒い炎を吐き出す。

 この世界には存在しない高温の炎で傷口が焼かれ、再生能力を失ったようだ。

 ヒュドラの首はそのまま再生されなかった。


 トールたちは中央に位置する最後の頭を残して、その他の八つの頭をたたき落とすことに成功した。

 しかし最後に残ったヒュドラの頭は不死だったようで、トールは完璧に倒すことを諦めた。


 不死の頭を胴体から切り離すと、大きな岩を持ち上げ、それをその下に埋めて封印してしまうことに決めた。

 その時、巨大な蟹がヒュドラを援護しようと無防備なトールの背後に襲いかかろうと忍び寄っていた。


「危ない!」


 俺はとっさに間に入って、蟹の胴体に斬りつけた。

 あまりの硬さに斬り裂くことは出来なかったが、仰向けにひっくり返った。

 しかし、この蟹はあまりにも弱く、もがくだけで立ち上がれない。


「すまない。助かった。……ほう? こいつがあんたの求めていた食材のようだ」

「え? 何を……あ!」


 俺が倒れていた蟹に手を触れると、謎の球体に包まれて光とともに消えていった。

 俺がその光景に目を丸くしていると、トールは楽しそうに笑った。 


「ハッハッハ! 細かいことは気にするな。次元の狭間では常識は通用しない」


 そうして、光りに包まれて俺たちは冒険者ギルド食堂に戻っていった。


☆☆☆


 その地に、遅れて男がやってきた。


「一体、何があったんだ? まあいいや、私がやったことにしよう」


 トールに似た体格の半神半人の英雄ヘラクレスは、こうしてヒュドラ討伐をしたことになったのである。


☆☆☆


 俺たちが冒険者ギルド食堂に戻ると、アンヌは笑顔で出迎えてくれた。


「おかえりなさい! さあ、ちょうどお待ちかねの料理が出来ましたよ」

「え!? だ、だって、今食材を取ってきたばかりじゃ!」

「うふふ。次元の狭間では常識は通用しませんよ。時空間が違うのだから、食材を手に入れたと同時に料理が出来ていてもおかしくありません」


 狐につままれたような顔をしているだろう俺をアンヌはテーブル席に案内した。

 そこには先客が席についている。

 俺よりも小柄な体格だが、すぐに何者なのかは分かった。


 魔王だ。

 俺たちは目の前で相対していたのだから、同時に次元の狭間に飛ばされていても不思議はない。

 しかし、魔王の最終形態は解け、元の姿に戻っている。

 俺たちは同じテーブルで向き合い、俺は気まずさに何を話せばいいのか分からなかった。


「ま、まお……」

「ゆ、ゆう……」

「お待たせしました!」


 俺は意を決して静かに俯く魔王に話しかけようとしたが、タイミング悪くアンヌが料理を持ってきてしまった。

 俺と魔王は同時に顔を上げ、一瞬目が合ったがすぐに顔をそらした。

 しかし、鼻孔をくすぐる郷愁漂う磯の香りにゴクリと息を呑む。


『カニラーメン』


 これが、俺の心の奥底で求めていた料理だ。

 

 寂れた農村に住む俺だったが、海香りのするカニラーメンが俺の魂の料理だ。

 このカニラーメンは、あるラーメン店の看板メニューだった。

 田舎の港町だったが、知る人ぞ知るラーメン店であり、その味は絶品だった。

 そんなラーメンが俺の故郷の味として心にあったのだ。


 幼馴染のあの子は海の近くのラーメン店の一人娘だった。

 俺たちの親が親友同士という間柄だったこともあり、俺たちは兄妹のように物心ついた頃から育った。

 やがて思春期になり、俺はあの子を一人の異性として意識し始めた。

 あの子はどう思っていたのだろうか?

 結局聞けないまま、俺は異世界に転生した。


「「いただきます」」


 俺と魔王は同時に手を合わせ、スープをレンゲですくう。

 塩ベースであっさり味、濃厚な蟹の出汁が磯の香りと共に鼻を抜け、全身に染み渡るかのようだ。

 小鉢に取られたカニ味噌と絡めるとさらに濃厚なコクが出る。

 その分量はお好みだ。

 

 二つに切った茶褐色の白身と黄色の煮玉子、チャーシューの甘み、刻みネギの仄かな辛味も味わいを複雑にして楽しませる。

 スープの上で踊るように水分を含んでいく刻み海苔、ほぐしたカニ身、贅沢な母なる海に帰っていくかのようだ。

 そして、縮れ麺が程よくスープに絡み、一口ごとに時の流れに吸い込まれていく。


 少しずつ、塩味が濃くなっていくような気がする。


 なぜなのだろうか?


 ああ、そうか。

 俺の目の雫が一滴一滴、一口ごとにこぼれているからだ。


 目の前の魔王も同じようだ。

 一口ごとに心が解けていく。

 そして、全てを破壊し尽くす戦いを嘆いている。

 魔王も俺と同じだったんだ。

 

 俺たちは鏡合わせのように、同じ動作を繰り返していく。

 まるでお互いの半身を見つめ合っているかのように。

 俺たちは最後の一滴まで飲み干し、嗚咽を漏らした。


 なぜ、こうなってしまったのだろうか?


 分からない。

 終わりのない戦いで、俺は、俺たちは全てを失ってしまうのだろうか?


 嫌だ。

 そんな結末は嫌だ。

 勇者じゃなくてもいい。

 帰りたい。

 故郷へあの子と……


 ああ、そうか。

 俺は全てを悟った。


 俺は席を立ち、いつまでも嗚咽を漏らす魔王の手を取る。

 そして、カウンターに立つアンヌとトールに頭を下げる。


「ごちそうさまでした!」

「良いですよ、満足してもらえたようで」


 アンヌは満面の笑みで俺に答える。

 トールはただ静かに頷く。


「でも、そのお代が……」

「すでにもらった。次元の狭間に必要なものはお客の満足感だけだ。それがエネルギーとなる」

「そういう、ものですか?」

「そういうものだ。だから、あんたのやるべきことを果たしてこい」

「はい!」


 俺は全てが吹っ切れたかのように扉を開く。

 扉は簡単に開き、俺たちは青白い光とともに元の世界へと戻っていった。


☆☆☆


 破壊神と化した魔王の波動が目の前に迫っていた。

 俺は覚醒したかのように、手も足も出なかった魔王の攻撃を斬り裂き、魔王の懐へと迫る。


『うがぁああああ!』


 理性を失ったままの魔王は目の前の俺に反射的に拳を繰り出した。

 これも俺はかわし、ついに魔王に手が届く間合いに入った。

 が、俺は刀を放り投げた。

 そして、俺は魔王を抱きしめる。


「もういい、やめよう」

『が? ああああああ!』


 理性を失っている魔王は俺の腕の中で暴れる。

 俺の体中に激痛が走る。

 しかし、俺はその手を離さなかった。


「もう戦いをやめてもいいんだ、

「ああああ……あ? ユウ、くん?」


 俺は世界を救うために、魔王を倒さなければいけないと思い込んでいた。

 だが、違う。

 他にも道はあるんだ。


 魔王の最終形態は解け、元の姿の小柄で華奢な少女マオに戻った。


 そうだ。

 一緒に思い出のカニラーメンを食べ、魔王の正体が分かった。

 魔王は幼馴染のあの子だったのだ。


 いや、始めから分かっていて気付かないふりをしていた。

 魔王を倒すために、心を殺して。


 何があったのかはわからない。

 俺だけではなく、マオもこの世界に転生していたのだ。

 魔王として。


 マオは人間たちの憎悪を一身に受ける魔王に転生し、抗い続けた。

 そして、心が壊れ破壊の化身となってしまったのだ。


「ユウくん、私もう無理だよ。いっぱいひどいことしちゃったんだよ? もうマオには戻れないよ」

「いいんだ。戻れなくたっていい。許されなくたって、贖罪をしていけばいいんだ。俺も一緒だ」

「でも、ユウくんは勇者だから、そんなの……」

「勇者の名誉なんかより、俺はマオが大事だ。何があろうと俺はマオの側にいてマオの心を守るよ」

「ユウくん、ユウくん!」



 俺たちは抱きしめ合い、そして、姿を消した。


☆☆☆


 数年後


 世界を破壊し尽くさん魔王はこの世から消えた。

 生き残った人々は協力して復興に尽力している。

 中には、強欲に他の人々を傷つけ支配しようとする輩もいるが、それも人間だろう。

 いずれはしっぺ返しに合うはずだ。


 命をかけて魔王を倒した勇者は、残された人々によって讃えられた。

 その功績は元仲間たちによって語られている。

 だが、彼らは最後の戦いの結末を改ざんした。

 勇者の気持ちを汲んで、勇者と魔王は死んだことにしたのだ。


 ある時、ある国家の王となった仲間のもとに不思議な噂が聞こえてきた。


 復興の進む城下町で、若い夫婦が見たことも聞いたこともない料理を振る舞っているという。

 王様は平民に変装してお忍びで食べに行くことにした。


 人々を明るい笑顔にするその夫婦の幸せな姿を見て、王様は静かに笑顔とともに涙を流した。




―了―


 冒険者ギルド食堂メニュー 麺類


『世界を救った望郷のカニラーメン』

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