第5話

〈姉〉

 全国姉妹愛大会が開催されるや否や、初出場に関わらず格の違いを迂闊にも見せつけ、大多数の他姉妹の嫉妬の嵐を呼び起こし、運営から直々に今後の出禁を通達されることが容易く予測される私達だが、私達の部屋は意外にも別々の物となっている。前半部分は決定的に仮定してみた次第。実際にあれば局部的関係に特化した資格だから実用性は無いけど、記念受験にはなりそうだ。姉妹検定とかあったら良い、のか?採点されるのは癪だ。そうか、お互いに採点し合いっこすれば良いのか。縁のこんな所を解いてみようかなとか。色々と満点ではと思ったけどこれ以上妄想できる要素が無かったので、話題としてしまったことを省みた。

 二階建ての質素な我が家の階段を上がって右側が縁、左側が私の部屋だ。造りは私の方が少し広い。意味の善悪共に含んで私の方が物が少ないというのもある。白い机と椅子、毛織の絨毯、クローゼット、小さい本棚、あとはベッドがあるくらいだ。この部屋の中で最も価値のある物は何かと尋ねられたら該当するのがそのベッドだろう。よく縁と一緒に字面通り寝ているから。

 毎日ではないのは縁が疲れていると自分の部屋でそのまま寝てしまうからだ。そういう時は立場変わって私が縁の部屋にこっそりバレながら入り、寝込みを襲うかのような姿勢になりつつシーツに潜り縁の隣を味わっている。縁の部屋のベッドは私のより小さいから足を思い切り伸ばせないけど、これは縁に絡みつけば解決する。

 縁の身体は身内贔屓を最大限含むのを肯定しながら極上なので、抱き枕の売れ行きを懸念する。縁が市場に流通したら様々な経済効果を及ぼすだろう。戦争に繋がる恐れもある。他人同士の戦争はどうでもいいけど、万が一縁が危険に晒されたりでもしたら漏れなく皆殺しにしたい。もしもの為に超能力の一つや二つ三つ、一つ飛ばして五つくらいは持っていたい。縁と手を繋ぐと他の人間が私達の半径三メートルの範囲に近寄れなくなる能力とか、幼い頃の縁を今の私が観察する為や、無謀にも縁に接しようとする人間をやめるべき人間を事前に排除する為に必要な時間移動能力とか。

 縁の為なら世界を敵に回したい。既に地軸の傾きくらいには回っているけど。皆地球上に居る限り共存を選ぶのは仕方ないか。全世界が私達の味方に付くとは限らない。こればかりはどうにもならない。あーあ、いっそ地上の大気に依存しない宇宙人になれたら良かった。縁と宇宙旅行する日が近いことに期待しよう。いざ夏休みという時に海より大規模な娯楽を考えてしまう私ったら早とちり。

 あぁ縁の癒しの効果について語るはずが、つい縁でも私でもない話を挟んでしまった。深くお詫び申し上げます。全く私達の間には何者も入らせてはいけないったら。その点ベッドのシーツは私達を外から包み込んでくれるから理解があると言える。そうあるべきだな、うむ。

 縁と布団の共通点は抱き心地が良いということ、相違点はそれ以外の全てであると比較対照していた所、「ご飯だよー」と縁の声が一階から聞こえてきた。もうそんなに経ったのかと精神と時の部屋に喩えられた私の部屋を出ようと準備する。

 例の玄関先のじゃれ合いの後、私はぐたりとした縁より先に自分の部屋に戻って学校の持ち物の処理や夏休みの具体的な計画の為の調査をしていた。こう言ってみると縁に放置遊びを仕掛けたように思えるかもしれないが、そんな俗物的な遊びより遥かに大事な縁との遊びについて企画していたので間接的には放置していない。

 夏休み前日でもみっちり授業を受けさせて、お約束のプリント大量返しを炸裂させるあのクラスは教育界の鑑だなと抑えきれない感情を抑えながら、夏休み明けに提出する宿題以外のプリントを纏めて手にし、部屋を出る。遅れて「はぁい」と食事に対する熱意を手中に返事した。

 確かな足取りで階段を降り仏壇を横切って居間に着く。居間の中央にある低めのテーブルに向かうと、卓上の品々はどれも優秀作品だった。ご飯、味噌汁、焼き魚、サラダ、肉じゃがの団体が私を迎えてくれる。王道を往く顔ぶれだ。私にとっての王は縁、というより姫か。女王でも良かったな。女王様姿の縁を想像するとそれも味があって癖になりそう。現実の縁は優しいからその気性は無いだろうがね。

 そして今日の家庭的で優しい味な料理を作ったのは縁だ。縁は小学生高学年から今に至るまで、私と縁の二人分の食事を作ってくれる。始めたての頃は頑張ったで賞なら授与してあげたいかと言った腕前だったが、段々と技能を向上させていき今では立派な家庭料理を作れるようになった。縁は偉い。素晴らしい妹だ。偉そうに評している私は目玉焼きしか作れない。床に座って器に乗っている嘗て生き物だった物を見ていると、「料理は化学」と最近呟くようになった縁がエプロン姿でこちらに来た。

「お待たせ、お姉ちゃん」

「いいや寧ろ早かったよ」

 本当に。あの悶えていた縁は何処に置き去りにしたのやら。俊敏な動きで支度を整える姿は小動物を彷彿とさせる。縁をペットに、ごくり。さっきの妄想とは立場が逆転しているけど今度は可能性あるのでは。何故なら擽りの時に縁は受け身について満更でもないと思っている気がしたからだ。ペットごっことしてなら誘って戯れても宜しくては、と心の息を荒くする。妹への好奇心が未だに収まらない姉って素敵。よし、入浴後に提案しよう。

 いつの間にかターゲットにされていることに気付いているはずもない縁は、エプロン姿のままテーブルの向かい側にゆったり座る。面倒だから着っ放しだそう。準備が整ったので食べるとしよう。

「「いただきます」」

 二人声を合わせて縁の手により美しくなった生物の遺体を喰らう宣言をする。こいつらは縁に消化されるなら光栄だろうと少し妬みが入り、関係あるかどうかは置いておくが次々箸を進めていく。やはり美味しい。肉じゃが良い味。良い妹。初めて作ってもらったレシピだから、死体とは言え気分は新鮮だ。

「この肉じゃが美味しいね」

「でしょ?よく出来たと思ったんだ」嬉しそうな縁を見て心の芯からほっこりする。パートナーに作ってもらいたい料理上位の力を思い知った。

「……って、さっきの」

 サラダを頬張っていると縁が何か言いたげな顔で何か言ってきた。「ん?」と疑問に思ったが直ぐに「ああ」と察知する。擽り地獄に迎え入れたことね。レタス上に添えられているサラダチキンの原形ならそうしていたとしても、縁は切り替えが早いとは言え忘れていなかったようだ。

「これから夏休みだから調子乗ってみた」

 理由にならない率直な気持ちを伝える。でもよく考えたら姉が妹に悪戯を執り行うのに理由なんて要るだろうか。姉が妹を愛する気持ちに理由が要らないのと同じことではなかろうか。今の縁ともっと触れたい、その欲望は連続して右肩上がる。

「……お姉ちゃんったら急にこちょこちょしてくるから」

 あの夢中な時間を思い出したのか、縁は箸を持つ手を内側に寄せて揺れながら言う。少しずつ小声になっていくのがまた。何故かこっちまで挙動不審になりかける。

「ついつい縁の反応が面白かったからさ」

 調子に乗ったまま極めて誠実な説明をした。感情の自由を優先した故。しかしこれで済む程度だったら停滞してしまうのだろう。停滞を望むか望まないか。姉妹として今後もこれまでと変わらない関係であり続けるのか。

 そんなことは知らない。私が知っているのは縁のことと縁が好きだということ。信じるのは起こることではなく思うこと。

「……うん」

 休符を空けて紅く頷く縁。縁の愛らしさもそれ以外も知っているし、知りたい。今晩は色々妄想していたけど。姉妹の階段上りたい。仄暗い街灯の下、火照るベッドの上で。


〈妹〉

 カッターを包丁に持ち替えた時、わたしは台所に立っていた。

 包丁を持って初めて簡単に料理が出来る。カッターナイフではじゃがいもを切るのに適さない。食材同様、人の心に触れて良いのは適正なものだけだ。わたしが想うことこそお姉ちゃんを想うことであり、わたし以外が何をどう思ったところでお姉ちゃんには届かない。それが理解出来ない存在があるならば、そいつはちっぽけなコップの水と塩だけで満足していてください。そしてそのまま海水に沈んでくれたら嬉しくなくは無いかな。例えば誰なんて具体化はしない。それはわたしから言うことではない。ただわたしはいざという時を想像しているだけだ。これは楽しい妄想ではないけど大事な予想だ。

 だけどずっと張り詰めていては仕方がないから切り替えて、らーれれーと鼻歌を奏でながら調理に取り掛かった。外に持ち出すのは世間的に慎まれる包丁をここぞとばかりにトントンと。お味噌汁もおたまでぐるぐると。わたしの気持ちを調味料、寧ろ主体として加えて美味しくなぁれ。

 こうして小一時間掛けてディナーを完成させ、お姉ちゃんを招いて一緒に食卓を囲んだ。囲まれた食卓が無機物であることに安心しながらお姉ちゃんと良質な時間を過ごした。誰かとじゃなくて、お姉ちゃんと食べるご飯は美味しいねと常識を確認する。初めて作った肉じゃがは割と上手くいったし、良かった良かった。これでいつでもお姉ちゃんのお嫁さんになれるね。既になっていると信じるのは傲慢なのかな。

 けどお姉ちゃんの扱いに対して自信を持つのは素晴らしいことで当然のこと。妹たるもの常に姉想いの限界を壊していかないと。今までは夕ご飯に専念してスキルアップを図っていたけど、これからは朝ご飯とお弁当もわたしが作ろうかな。出来ればやりたい。

「「ごちそうさまです」」と栄養源が全て胃の中に移った合図を発布して、お姉ちゃんと二人で洗い物を洗いざらい洗い、お待ちかねのお風呂へと向かう。

 当たり前だけどお待ちかねしているのはわたしだよ。他の誰かが神のようにわたし達のこと傍観している訳ではないだろうし、そうだとしてお姉ちゃんのあれこれを欠片さえ脳に浮かべた人が居るなら、正直に手を挙げさせ端直に手を切り飛ばさせてあげよう。神は死ぬしかない。お姉ちゃんの肌色を見て良いのはわたしだけだ。

 洗面所の扉を開け、お姉ちゃんと一緒に次々と脱衣をする。脱がせ合いの形態は昔からの習慣だ。子供の頃は衣服を脱ぐのも一苦労で、お姉ちゃんに手伝ってもらっていた。その名残で今でもそうしているが非常に楽しい。何がどうとかは言わないけど心が沸騰してくる。一糸纏わぬお姉ちゃんを直接眺めることが出来る喜びと言ったら、それはもう有難き幸せ。これが日課だから妹は止められない。病める時も止めるつもりはない。止める時は人生を辞める時だ。天国でもお姉ちゃんと一緒だと更に良い。

 家のお風呂はそう広くもないから、お姉ちゃんと密着出来る。至近距離のお姉ちゃんの背中をシャワーで流して、ボディーソープを付けたタオルで擦ってまた流す。背中だけでなく前も右も左も下の方も。頭は最後に洗うのがルーティン。お姉ちゃんの頭を隅から隅まで揉みしだけるのはこよなき名誉だけど、後半は流石に疲れてくる。でもお姉ちゃんの為に身を粉にする勢いで頑張る。お姉ちゃん好きお姉ちゃん好きと心中唱えながら手櫛を続ける。

 お姉ちゃんが終わったら次はわたしの番。お姉ちゃんに身体を入念に洗ってもらう。いつものことだから特段意識はしなくとも、偶に擽ったいなという時はあ……ひ……今正に擽っったさがやってきた。またさっきのことを思い出してしまうよ。一日に何度も過敏さを自覚させられると、わたしとしてもお姉ちゃんに仕返ししたくなる。せめて二回は。

 自分が行う側だと大変だけど、お姉ちゃんに頭皮を洗ってもらうのは格別だ。純粋な爽快感が頭から浸透していくのが分かる。一日中こうしていても良いんじゃないかと思う程体の力が抜けていく。お姉ちゃんに身も心も全て任せる。妹を駄目にするお姉ちゃん。仮にわたしは駄目だとしても、わたしのお姉ちゃんへの気持ちとお姉ちゃん自体はこの上無く素敵だからそこは注意してください。

 二人で湯船にゆっくり浸かった後、もう一度シャワーを少し浴びて浴室から出る。バスタオルで自分の身体とお姉ちゃんの手に届きにくい所を拭いてあげる。同じくお姉ちゃんにもやってもらう。水分を拭えたら今度は服の着せ合いをしてパジャマに着替える。お姉ちゃんは大人の女性が着そうな薄黄色のパジャマで、わたしは何とも言えない地味な灰色のパジャマだ。二着とも柄は無地に近い。わたしの方にお腹の真ん中に不自然に描かれたニッコリマークがプリントされているだけだ。数年間着ているけど未だに慣れない笑顔。こんなのよりお姉ちゃんの笑顔が見たい。

 髪をドライヤーで乾かし終えたら、自分の部屋に制服を置きに行く。そして直ぐにお姉ちゃんの部屋に向かう。基本的に夜はお姉ちゃんの部屋で寝るのだ。いつだってお姉ちゃんの側に居たいから。お姉ちゃんの温かい体温を味わいたいから。

 お姉ちゃんが好きだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る