第4話
カタカタ。
カタカタカタカタ。
小説の進み具合は順調。実に不思議なものである。暗い気持ちの時の方が、小説というものは順調に進んで行く。少しくらいネガティヴな時の方が小説の執筆ははかどる。ふと窓の外の景色を見ると、綺麗な色鮮やかな新品のドレスを着た人たちが楽しそうに歩いている。その内の一人はとても端正な顔立ちをしている。
「綺麗な人。」
そう呟くと少しだけ虚しくなった。そう言えば、特別領域には特別な裏条件なるものがある。それは端正な顔立ちをしている綺麗な人で、貴族に気に入られたものである。貴族は世界政府に五億円を献上すると、一定以上の顔面偏差値を誇る者の中から一人だけ選んで連れていくことができる。それは女性にしか適応されることはなく、男性には一切適応されない。だからこれを狙って自分をひたすら磨き続ける女性もいるが、その顔面偏差値なるものは数値で測るものであるので、いくら磨いたとしても運命はあまり変わらない。
蘭華の友人にもそんな人がいた。端正な顔立ちをしているので顔面偏差値レベルで特別枠に入れられ、それを見染めた貴族に選ばれた。彼女は家族との幸せが大切で、家族の者とを離れたくなかった。『家族と離れるのであれば死を選ぶ』そう言っていたくらいである。貴族は一度選んだ女性を変更させることはできないので、結局彼女は無理やり連れていかれた。
蘭華は自覚していた。自分がそれに値しない者であると。だから自分の顔面を磨くのではなく、自分の頭のレベルと磨くことに専念した。それは正解だった。正規のルートで特別領域に出発できるのであれば、家族を連れていくことができると聞いていた。しかし実際は違く、その『家族を連れていくことができる』というのは全くの嘘であった。家族は別の特別領域外の地域に連れていかれ、知らぬ土地で知らぬ者との生活を強いられる。それが良いことなのか、悪いことなのか、一体何の意味があるのかはよく分からないが、嫌がらせなのだろう。
カタカタと一日を小説の執筆作業にあてていると、その一日はあっという間に終わってしまう。朝早くに起きて嘉威の弁当を作り、嘉威が家を出るとすぐに洗濯と部屋の片付けをし、身支度を終えたらいつもの窓際に移動する。そこから一時間ほど窓の外を眺めた後に執筆作業に取り組み、昼食をその場で済ませそのまま作業をし、夕方になったら予め買ってある1週間分の食料の中から適当なものを選出して夕食を作って、お風呂の掃除をして風呂の湯を沸かす。嘉威の帰りを待ちながらまた作業に戻る。そんなこんなで一日は終わってしまう。最近は以前よりも増して一日が短くなっている。朝起きたらもう、夜なんてことはよくあることである。そんな光速のごとく過ぎていく時間に恐怖を覚えつつも蘭華は今日もこの窓際の特等席で小説の執筆をする。
そんな生活では買い物の際にしか外には出ない。だから近所の者達は彼女を見るな否や『寂しい人』だの『暗い人』だの言うが、彼女としてはそれが一番快適なのである。彼女が関わっていたい人間はすごく少ない。自分が傷付かないため、他人を傷付けないためにごく少数の人間としか関わらないという選択をしているのである。一種の自己保護である。だがしかし、彼女は正直寂しい時が沢山ある。彼女が頼ることができる人間と言うのは本当に少なく。嘉威を合わせても五人といない。編集業者の担当社員はいるが、彼にはとてもではないが頼ることなどできない。それもそのはず、その担当編集者である阿加井慎太は彼女の元恋人なのだから。どうやらその阿加井とやらは諦めていないようであるが蘭華からするとストーカーも良い所である。
しかし彼女には本当に頼ることのできる人間が少ない。そんなものだから蘭華が『寂しい人』だの『暗い人』だの言われるのも納得いく話なのである。
胡蝶蘭のような君と恋をする。 玉井冨治 @mo-rusu
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