第2話

 子供達が公園の噴水でびしょびしょに濡れながら遊んで、笑っている声が聞こえてくる。嗚呼、何て幸福な場所なのだろうか。まるでその命すら存在しないかのような。そこに存在してはいるが、誰も本当の意味で『命』を感じていないような。そんな場所。ここは世界の中でもごく限られた人間しか入ることの出来ない領域の中心地。この場所の存在すら知らない者がこの世界に一体どれだけいるのだろうか。毎日飢餓で朽ちていく命が溢れるこの時代に、この世界に肥満がいるだなんてここに住む誰が想像するだろうか。しかしこんな最低最悪な性格の領域があるのだ。私はその限られた人間なのである。

 半世紀も前のことである。あの核戦争が行われたのは。私はその時まだ十二歳だった。それでも戦争の為の知識が日常的に教育として学ばされた。あれから半世紀。未だに世界は飢餓状態である。それでも飢餓とは程遠い生活をしている人間も確かにいる。世界政府と結託して薄汚れた手で世界を色付けた者達である。貧困家庭出身の者などその中にはいない、と言われている。私は貧困家庭出身である。しかし貧困家庭出身でもこうして金持ちの能無しと特別領域で生活することができるのである。ある一定の条件をクリアできるのであれば。

 この統一された薄汚い世界を変えるために、このお話を今記している。この本が世に知れ渡った時には、もしかしたら私はもうこの世にはいないかも知れない。これは命の話である。折角戦争を生き抜いて、勉強して、特別層まで行ったのになぜかと思われるだろう。でもこのような世界になってしまっただなんて、死んだ者の命は報われないではないか。こんな世界になるなんて誰も想像しなかっただろう。この薄汚い汚れた世界を変えるためにはこの方法しかないのである。

 私は高知能で文才があったが、貧困家庭の育ちであった為特別領域に行くはずではなかった。しかし医療従事者を目指してひたすら勉強し、医師と医学物理師と臨床工学技士の資格を取得した。そんな多くの資格を取得する人間など多くはいなく、この資格の組み合わせもなかなかないとのことで私は世界政府中央に招待されたのである。

 招待された時、私は憤慨した。このような豪華で肥った領域があるのならば、この世界の飢餓など簡単に改善することができるからである。貧困地域の医療不足や技術不足、痩せた土地の改善なども余裕である。私は正直このような汚くて吐き気の催すような土地で仕事もしたくないし、生活などもってのほかだと思っていたのだが世界政府がそれを許さなかった。抵抗する私を無理矢理中央へ連れていき、研究をさせた。それでも抵抗の意を表し、研究室をボイコットすると処刑されそうになった。仕方がないので富に身を寄せて生きる覚悟をした。

 こんなこと嫌味に聞こえるだろうが、富などくそくらえだ。そんなもの存在しなければよいのである。皆同じように、同じような経済状況で生活するなど、世界の秩序を考えると絶対にやめた方が良い。しかしそのように思ってしまう程なのである。中央の中で生活していて気付いたことがある。それは中央で生活している民のほとんどがこの事実に気付いていないということである。世界の人口は核戦争によって大幅に削られ、そのお陰で皆裕福な生活をすることができていると勘違いしているのである。この事実を誰かに教えてやりたくて、肥ったその体に教え込ませたくて仕方がなかったがそんなことは流石にできない。

 ただ一つ、私がこの話を残そうと思ったのはそんなところである。この話のためならばこの命など惜しくない。

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