終章 世界を照らす、光明へ

 ウォルナットの本棚の隙間を縫って歩けば、そこには誰からも忘れられたかのような机がぽつんと所在無さげに佇んでいた。時間の概念がないこの空間では埃など積もらない。しかしその机は、持ち主を喪ったかのような寂しさを厚く降り積もらせていた。

 終焉の使徒たるエンドの指が、天板を這う。机の纏う寂しさが、記憶が、絡みついてくるような錯覚を覚えた。

 置かれたままの、上等な皮の表紙の本を開く。書き加えられた救済の使徒と、祈りの使徒の物語。やっと終わった、2人の物語。

「・・・どうして、寂しいなんて思うの。」

 救済の使徒セイヴは、ウェルシオンは、ようやく罪を精算した。当代の勇者と、道標の少女によって救われた。喜ぶべきことなのだ。祝福すべきことなのだ。それなのに。

「どうして・・・。」

 踵を返す。後に残ったのは、開かれたままの本と、誰からも忘れられたかのような机。

 迷路のような本棚をすり抜け、大きなテーブルの置かれた広間に出る。そこにはいつものように、裁定の使徒たるジャッジメントが座っていた。

 金縁片眼鏡モノクルの奥の、焦点の合わない真紅の瞳がエンドを見る。

「どうしたの、エンド。」

「何でもありません、ジャッジメントお姉様。」

 世界を見つめる真紅が、虚空の翡翠を見つめて。何もかもを見通すように、目が細められた。

「・・・寂しいと思うことは、罪ではないわ。」

「ですが。」

「確かにあたしたちの役割は、世界を正しく維持すること。でもだからって、情を抱いてはいけないなんてことはないでしょう?」

 振り向けば、陽気な微笑み。だがその群青の瞳は、この上なく冷め果てている。矛盾が成り立つ矛盾を持った、エンドの姉。

「オーディアルお姉様。」

 伸ばされた手は、姉妹揃いの底無しの黒髪を撫でていく。

「悩んでいいし、想っていいの。」

「えぇ。考えて、考えて───その先に、あなたの正解こたえがあるのだから。」

「・・・・・はい。」

 ものを知らない無垢な小鳥のように、エンドは頷く。2人の姉は、それぞれ異なる色合いの瞳を同じように優しく細めてエンドを見つめた。

 姉たちの前を辞したエンドは、無限に続くかに思える狭い螺旋階段を上ってある部屋の扉を開ける。そこには、暖かな陽光満ちる花畑が広がっていた。

 エンドの頬を、微風が撫でていく。

「どうしてなのだと思う?」

「さあ。俺にはわからない。」

 答えるものの、聞くもののいないはずの問い。それに答えた青年は、陽光溶け込む白亜の壁にもたれかかっていた。

「だが、その理由を共に探したいとは思う。」

 月光そのもののような、銀色の髪。優しく微笑む蒼穹の青の瞳はエンドの姿を映して。

 青年は壁から離れ、滑らかに膝をつく。祈るように、爆発しそうな歓喜を抑え込むように。

「・・・いいの?」

「ああ。あの力は、俺よりもっと、持つべき者がいる。・・・この世界の狭間の暗闇より、この先の世界を照らす光明たちを眺めているのも悪くない。」

 かつてここにあった少女の祈りと、自身の願いを宿して。青年は、もう一度「はじめまして」を告げる。

「はじめまして、終焉の使徒エンド。我が名は再生の使徒、リバース。終焉のその先。再生を司る使徒だ。」

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世界を照らす、光明へ 夢現 @shokyo-shoujo

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