第53話 血、垂れて

 倒れた杏奈に追撃を仕掛けようとする所を闇で防いだ。圧死させるように闇を押し付けるが、致命傷に至らないだろう。少ないながらも時間を稼ぎ杏奈の容態を確認する。

 呼吸は荒いが、内臓まで攻撃は達していない。すぐに小町ちゃんに治療してもらえば助かるだろう。

「杏奈、立てるか」

「はい……なんとか」

 これで済んだのは能力による身体強化の影響だろう。

「一人で小町ちゃんの所まで行けるか」

「……まだ戦えます」

「だめだ、回復を優先しろ。僕一人でやる」

「……でも!」

 槍を手に持ち僕の目を見る。死ぬ覚悟が決まっている、僕にはそう伝わった。

 ……馬鹿だ。

 命より優先するものなんてない。斬られた箇所から流れる血は、止まる様子など微塵もなく地面に滴る。

「いらないプライドは捨てろ。危険だとわかったら逃げろ、誰にも責められることじゃない」

 僕が言い終わると同時に、闇を切り裂き宮本米子が現れる。

 一直線に駆けてくる少女を貫くように闇が伸びるが簡単に切られる。動ける隙を見せないように四方八方から迎撃するが、切りながら近づいてくる。

 少女に対し迎撃体制をとった杏奈を担いで僕は元来た道を走った。

「ちょ、何するんですか」

 俵のように担がれる杏奈は困惑した声をあげる。

 後ろから地面を蹴る音がした。僕は押しつぶすように上から闇を落とす。

「お前を預けてから戦う」

 最も容易く闇は切られるため、何度も、何度も後ろを確認せずに闇を落とす。音はしない。

「それじゃあ小町さんたちが危険に晒されますよ」

「じゃあお前一人で帰…」


「後ろ!!」


 杏奈の悲鳴にも似た叫び。すぐに反応して後ろに針のような闇を生やす。後ろを見れないが、おぞましい殺気も感じた。

「このままじゃ危ないですよ! 黒宮さん身体能力強化してないですよね」

「日頃から鍛えてる。抱えたまま走ることぐらいできるさ」

「それじゃあ追いつかれますよ!!」

「じゃあどうする、怪我をしたままお前は戦闘するのか。最悪死ぬんだぞ。馬鹿じゃないのか、死ぬぐらいなら僕をこの場に任せて回復しろ」

「……それじゃあ、黒宮さんが死ぬんじゃないですか!!」

「少なくとも、お前が死ぬ確率より低いだろ! 自分の身を考えろ」

 後ろに迫る少女を何度も貫こうと闇を生やすが、近くで刀を振るう音が聞こえる。もう一度、押し潰す。

「……逃げるのはみっともないなんて考えるな、小さなプライドは捨てろ」

 こうしている間にも杏奈からは血は流れ続ける。

「深くない傷だが、ダンジョンの中では致命傷になりうるぞ」

 今度は横から押し潰すように闇を動かす。

「もう一度言う。回復しろ、僕が戦う」

 続け様に針のような闇を飛ばす。

「……分かりました」

 僕は振り向くと、少女に向かって下から闇を突き出した。短い時間稼ぎにしかならないが、そこで杏奈を下ろす。

「モンスターとの戦闘はなるべく避けろ」

「すぐに、戻りますから」

 そういうと、直ぐに駆けて行った。


 闇が幾度となく切られて、少女はまた姿を表す。

 空中を跳ねるように移動して、僕を斬りつけてくる。足元と、背後から闇を突き出すが、空中で軌道を変えて切り落とした。

 どうやって宙を蹴っているのか分からないが、それを思考する時間を与えまいと切り込んでくる。

 地面を滑るように飛び込んでくるがなんでも闇で迎撃する。

 このままではジリ貧だが、僕が殺された時のことも考えて、


 僕ごと叩きつけるように闇を落とした。宮本米子が上に刀を振った瞬間、僕たちの体は宙を落下する。


 僕の闇が床をくり抜いて、下の階層へ、下の階層へ、下の階層へと。一二三さんの構造図によると、最下層は5層目。記憶している構造図からここの真下には階段も分岐路も何もない。ダンジョンを揺らすような衝撃があった。床は闇で崩し、僕は闇に捕まり落下の衝撃を防ぐ。少女はすぐに宙を蹴り僕へ向かってくる。横から闇を押し付けるが切り伏せられる。

 ここまでくると、パーティーメンバーに迷惑をかけることはないだろう。

 周囲からはモンスターの気配がするが、少女の殺気が強いのか寄ってこない。

 千日手の状況を少女は理解をしているが、打つ手はないようだ。それは僕も同じことだが、時間を稼げたら有利になるのは僕の方だ。

 少女は踵を返し、逃走する。すかさず闇が追撃に入るが壁を走られ避けられる。

 僕も逃さまいと追いかけるが、身体能力に差がありすぎた。




 暗闇の道を進み、明かりに照らされたのは、モンスターをこれでもかと言うほど血を撒き散らして殺していた宮本米子の姿だった。

「第二ラウンドだ」

 たくさんの血に塗れた少女ははっきりとそう口にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る