不穏で穏やかで、静かで激しい、混沌とした恋の話。

 いきなり衝撃的なシーンから始まるので、この先読み進められるのかなと身構えてしまったのですが、異常な事態に見舞われながらも、透子さんの語り口がとても穏やかで心地よく、少し怖いようなシーンも読者も淡々と受け入れてしまう不思議な雰囲気です。

 透子さんは暮野さんに好意を抱いているようですが、そのせいで絵を描くことができなくなることに不安を覚え、それがいつしか負の感情に変わっていく——あるいはそう思い込もうとしているように見えました。

 大きなものを失って、けれどそれを糧に絵を描くことに打ち込む、人によっては狂気と捉えられかねないぎりぎりの透子さんの真摯さと、それを受け入れる暮野さんの寛容さ(あるいは愛)のバランスがとても危うく、結末が気になって先を読まずにいられないとても不思議な引力のある物語でした。

 絵を描く人だとまた違う地平が見えるのかなと感じたりもしたので、他の方の感想も聞いてみたい一作です。

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