第45話 どうか愛する者と共に





 何故。

 何が起きているのだろうか。

 理解が出来ない。したくない。

 いつものような笑みを浮かべた悪魔がディゼルの足元に倒れると、その背後にいたトワが驚いた顔を浮かべていた。


「い、や……いや、いやぁぁああああああ!」


 サラサラと体が消えかけていく悪魔にディゼルは抱き付いた。

 何で自分を庇ったりするのか。なんで、どうして。信じられない状況にディゼルは泣き喚いた。


「ああ、悪魔様……早く私の魂を食らってください! 早く、私を……!」

「……クッ、クックッ……もう、無理だ……聖女の剣に貫かれたのだからな……」

「なんで、なんで私を庇ったのですか!?」

「庇う? そんなことをしたつもりは、ない……俺は、お前の魂が一番甘く熟す方法を、思いついただけだ……」

「え?」


 悪魔は砂のように崩れていく腕をゆっくりと持ち上げ、ディゼルの胸に触れた。


「……ああ、やっぱり、なぁ……俺が死んだとき、お前が今までで一番、絶望する……その魂が見たかった……食えないのが、悔しい、がな……」

「そんな……そんな……悪魔様、私を置いて消えないでください! 私はあなたのために生きてきたのに……あなたに食べられるために、私は……」

「ふっ……すごい、な……こんな、にも、美味そうな魂、目の前にして食えないなんて、な……」

「いや……いやぁ……あ、あああ、あ……ああああああああああああああああああああああ!!」


 腕に抱いた悪魔が消え去り、ディゼルは喉が裂けるほど叫んだ。

 こんなにも取り乱すディゼルを見たのは初めてだった。両親からどんなに酷い体罰を受けても、必死に耐えてきた彼女が、ここまで感情を露にするなんて。それほど、悪魔を愛していたというのか。トワは悪魔の血で濡れた剣を握り直し、泣き崩れるディゼルの前に膝を付いた。


「……お姉様」

「…………な、で……」

「え?」

「なんで! なんで貴女は私から何もかもを奪うの! 私が貴女に何をしたの!? 何もしてないじゃない! それなのに貴女ばかりが愛されて、顔に痣があるという理由だけで私は虐げられてきた! やっと私は愛するお方に出逢えたのに、なんで奪うの! 唯一、唯一大切なものを、なんで……!」


 まるで子供のように泣く姉の姿に、トワは自分まで泣きそうになったが堪えた。

 自分にはここで泣く資格はない。覚悟を決めてここまで来たのだから。


「……ごめんなさい、お姉様。こんなことになるまで、自分の罪に気付けなかった私の責任です。もっと早く、私が……」


 そこまで言いかけて、トワは口を噤んだ。

 今、たらればの話をしても意味がない。自分の反省なんて、ディゼルの心に響くことはない。


「この罪は、私が背負います。お姉様がそれを望まなくとも……私は、一生祈り続けます……」


 トワはディゼルを抱きしめるように、彼女の胸に剣を突き刺した。


 最初から最後まで、最低な子。ディゼルは体の中から消えていく悪魔の力に涙を零した。

 愛おしい悪魔の血が憎き妹のせいで浄化されてしまう。こんな結末、望んでいなかった。最後は悪魔に魂を食べてもらいたかった。自分の魂が悪魔の望むものになるまで時間がかかりすぎたのが悪かったのだろうか。

 このまま死んだら、悪魔がいる地獄に行けるのだろうか。あの世でまた会えるのだろうか。


「お姉様。私、砂漠の国で小さな女の子に会いました」

「……っ」

「その子は……お姉様のこと、大好きだと言っていました。実の妹である私なんかより、あの子の方がずっとお姉様のこと分かっているのかもしれませんね……」


 ディゼルはふと少女のことを思い出す。

 もしかしたら、自分のようになっていたかもしれない女の子。今まで出会ってきた人々の中で唯一、生きてほしいと願った子。

 そうか。あの子は無事だったのか。ディゼルは少しだけ安堵した。


 体から力が抜けていく。

 もう痛みすら感じない。

 悪魔と出逢ったあの日、本当は死んでいた自分の体。悪魔の力が浄化されれば、ディゼルはもう生きられない。


「……一生、あなたを、憎むわ……」

「……はい。どうか、私を許さないでください……」


 トワに体を委ねるように、ディゼルはゆっくりと目を閉じて眠るように息を引き取った。

 その体をギュッと抱きしめ、トワは必死に涙を堪えながら肩を震わせた。


「私への憎しみも、何もかも忘れてください……どうか、どうか……生まれ変わったら、愛する人と幸せになってください。悲しみも恨みも何もかも忘れて……」


 浄化された悪魔の魂がどこに行きつくのかなんて分からない。

 それでも、聖女として許されない行為だとしても、願い続ける。


 二人の魂が、もう一度巡り合うことを。





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