第44話 望まぬ結末
屋敷を訪れたトワは、今までと表情が違った。以前のように瞳に迷いがない。覚悟を決めた眼だ。
「う、うわぁ、ぁぁあ!」
何が起きたのか分からないが、ディゼルの興味が自分から離れた。男は震える足で扉の隙間を潜り抜け、外に逃げていった。
トワの後ろにいたクラウスがクイっと目線を送ると、軽く息を吐いてリュウガが彼の後を追いかけていった。
「……これは、お姉様が?」
屋敷中を染め上げる血と、床に倒れる死体。
トワはほんの少し表情を曇らせたが、慌てふためく様子はない。今更ながら気付いたが、格好も今までのようなドレスではなかった。無駄に着飾ったドレスとは打って変わり、クラウスたち聖職者が着るような衣装を身に纏っている。
何も知らず、ただ親にちやほやされていた頃の彼女はもういない、ということなのだろうか。
ディゼルはスッと軽く息を吐いて気持ちを正した。
「もう追いついたのね。想像より早かったわね」
「……お姉様に会いたくて、必死に探しました」
「そう。それで、また私を止めたいとか言うつもりかしら?」
「はい。私の気持ちは変わりません。いえ……少し、止めたい理由は変わったかもしれません」
「へぇ?」
真っ直ぐ目を見つめて話すトワに、ディゼルは少しだけ居心地の悪さを感じていた。
あんな風に目を見て話すような子じゃなかった。ずっと怯えた目をしていたのに、今は一切目を逸らすことなく見てくる。強い眼差しに、苛立ちすら覚える。
「……私、お姉様を追いかけながら色んな場所に行きました。そして、色んな人に出逢いました」
「……そう」
「最初、私は自分が聖女だと言われて浮かれていました。自分たちがお姉様を傷付けてきたのに、全てを悪魔のせいにして自分が助けてあげようだなんて……そんな勝手なことを思っていました」
「ええ、そうね。貴女には一生理解できないでしょうね、私の苦しみも痛みも」
「はい。私にはお姉様が関係ない人たちを苦しめる理由なんて理解できません。でも、終わらせることは出来ると、思っています」
トワは黙って話を聞いていたクラウスの方を向き、小さく頷いた。
クラウスは少しだけ躊躇う様子を見せたが、返事をするように彼も頷いて腰に下げていた剣を彼女に差し出す。トワが剣を手に取ると、彼女の力に応えるように刀身が白く輝きだした。
これが、聖女の力。紛れもない神に愛された者の証。ディゼルはその輝きに少し目を細めた。
「……終わらせるって、私を殺すつもり?」
「私、ずっと迷っていました。自分に何が出来るのか、お姉様のために何が出来るのか。たとえ、私の行いがただの自己満足であったとしても、きっとこれが今の私が導き出せる最良の答えなのです」
「トワ……貴女……」
悪魔の力に染まり切ったディゼルの体は、聖なる力に弱い。
ゆっくりと剣を持って近付いてくるトワから逃げ出すことも出来ない。いや、そもそも逃げるなんてしたくない。ここで殺されたとしても、その魂を悪魔が食べてくれればいい。ディゼルは剣を手放し、全てを受け入れるように目を閉じた。
「……っ、が……」
いつまで経っても痛みが与えられることはなく、代わりに聞こえてきた唸るような声に、ディゼルはそっと目を開けた。
目の前には、愛すべき漆黒が広がっている。そして、彼の胸には、白銀に輝く剣が赤く染まっていた。
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