第46話 生まれ変わっても。





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「お姉ちゃーん_! 早くしないと遅刻するよー!」

「分かってるって! もうちょっとだけー」


 洗面台で自分の髪の毛と格闘している姉に声を掛け、妹はやれやれと言いながら溜息を吐いた。

 毎朝身支度に時間がかかるのを分かっているんだからもっと早く起きればいいのにと毎日言っているのに、結局今日も時間ギリギリ。


「永遠(とわ)、お姉ちゃんはまだやってるの?」

「お母さん。うん、まぁいつも通りだね」

「全く仕方ないわね……」


 呆れた様子で姉のところへ向かう母の背を見送り、妹、永遠はリビングで朝食のパンを頬張った。

 少し離れた洗面所から聞こえてくる母と姉の声を聞きながら、朝のニュース番組を眺める。今は丁度天気予報の時間。今日は一日晴れだとお天気のお姉さんが笑顔で告げていた。


「ありがとう、お母さん!」

「明日はもう少し早く起きなさいよ」

「はーい」

「おはよう、お姉ちゃん。今日も髪型決まってるね」

「当り前でしょ。あ、お母さん、今日は少し遅くなるね」

「はいはい。また例の彼氏?」

「もうやだ! まだ彼氏じゃないもんっ」


 姉は頬を緩ませて、嬉しそうに笑った。

 これが我が家の日常。どこにでもある、ありふれた風景だ。


「そうだ。お母さん、お父さんは?」

「もう仕事に行ったわよ。あんたが洗面所独占している間にね」

「えー。買ってほしい本があったんだけどなぁ」

「帰って来てから頼めばいいでしょ」


 母と姉が仲良く話す光景を見つめながら、永遠はそっと微笑んだ。


「お姉ちゃん、そろそろ出ないと」

「あ、そうだった! じゃあお母さん、行ってきます!」

「行ってきまーす」

「行ってらっしゃい。永遠、芹那」


 母に見送られ、二人はカバンを持って家を出た。

 外に出ると日差しが強く、姉の芹那は暑そうに手で顔を仰いでみせた。春も終わり、もうじき夏が来る。そろそろ衣替えが始まる頃だ。


「なんか、暑くなるの早くない? もう夏服でもいいんじゃないかなぁ」

「そうだね。でも梅雨が来たら寒くなるかもよ」

「それよねー。あーあ、せっかくセットしたのに前髪崩れちゃうー」


 芹那はハンカチで額を拭きながら学校へと足を向けた。


 どこにでもいる女子高生。

 どこにでもいる仲の良い姉妹。


「……お姉ちゃん」

「何?」

「今、幸せ?」

「はぁ? 何、急に」

「ううん。ごめん、やっぱり何でもない」


 突然変なことを聞いてきた妹に、芹那は首を傾げた。

 いきなり何を言い出すのだろう。だが人をからかうような子でもない。芹那は口元に手を当てて「うーん」と小さな声で呟いた。


「幸せ、だけど?」

「え……」

「当り前でしょ。うち、わりと家族仲も良い方だし、特に不満もないし……それに」

「それに?」

「大好きな人と一緒にいられるし」


 そう言ってニコっと笑った姉に、永遠は思わず泣きそうになった。

 いや、泣くつもりはなかった。だけど瞳からポロポロと涙が零れだし、唐突に泣き出した妹に芹那は慌てた。


「ちょ、何なのよ急に!?」

「ご、ごめ……なんでもない……」

「何でもないって……な、なに、何か悩みでもあるの?」

「ううん、そうじゃないよ。大丈夫、ありがとう、お姉ちゃん。それより、早くしないと遅れるよ」

「そ、そう?」


 永遠は制服の裾で涙を拭い、笑ってみせた。

 まだ心配そうにする姉の先を歩き、早く早くと言いながら学校へと早足で向かった。


「…………ありがとう、お姉様」


 芹那に聞こえないように、永遠は小さな声で呟いた。


 これは、誰にも言えない話。

 遠い遠い、ここではない世界のお話。

 きっと誰も信じない、前世のお話。


 かつてトワが願ったこと。姉が悲しい記憶を忘れ、愛する人と共に過ごせますようにと。

 ディゼルを殺した後、トワはクラウスと共に教会で働くようになった。聖女としての役目をこなし、毎日毎日姉のために願い、祈り続けた。

 一生、この罪を忘れないように。信じていない神に祈った。


 この記憶を、一生消さないでください。

 姉が幸せな家庭に生まれますように。

 姉が愛する人と出逢えますように。


 ただそれだけを祈り続けた。


 そして、今その願いは聞き届けられた。

 この世に生まれた時、姉を見て涙した。両親と共に笑っている姉に、嬉しくてただただ泣いた。

 まさか、また姉妹として生まれてこれるなんて思いもしなかった。これを喜んでいいのか、悪いのか。

 神様もなんてことをしてくれたんだろう。

 こんなこと、姉が、ディゼルが喜ぶはずがない。


 そう思うのに、嬉しくて仕方ない自分がいる。

 どうか。どうか、願わくば、彼女の幸せが永遠に続きますように。姉に、芹那に、そう心の中でずっと願った。

 自分の存在がディゼルを思い出すキッカケになりませんようにと。ただただ、それだけを願い続けた。

 それが、自分自身に課した贖罪なのだから。


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