【聖女と幼き少女】




「……これは」


 トワ達が訪れたのは、砂漠の中にある街だった。

 いや、街だった場所だ。


 火事があったのか建物は黒焦げ、人の形をしたものが至る所に倒れている。

 人の声はどこにもない。聞こえてくるのは風の音だけ。

 ここにもディゼルが来たのは間違いない。今まで通ってきた村や町と同じく花の香りと、悪魔の気配が残っている。

 リュウガは口元を抑えながら、周りを見渡した。


「酷いな……もしかして、彼女が燃やしたのか……?」

「……それは分からない。とにかく、誰か生き残っていないか捜そう」

「あ、ああ」


 クラウスとリュウガは手分けして街の中を探索した。

 トワも二人とは別の方向に歩き、周囲を見回す。木造の家は半壊しているが、石で造られた家は表面が焦げてしまっただけで形を残している。

 どの家も扉は木製で出来ていたようで、室内には容易に入ることが出来た。


 一つ一つ見ていくが、どこにも生きている人はいない。

 まだ全てを見た訳ではないが、どの家にも花らしきものが落ちていた。以前にも目にしたことのある、悪魔の花。

 ここにディゼルがいた証。トワがその花を拾おうとしゃがみ込むと、後ろから物音がした。


「……っ!?」

「お姉さん、誰?」


 驚いて後ろに振り向くと、そこには小さな女の子が沢山の木の枝を抱えて立っていた。

 その少女は無表情で、顔や手足が煤で汚れている。


「あ、あの……あなた、この街の子?」

「うん。お姉さんは、何をしに来たの? ここには何もないよ」

「え、えっと……この街は、なんでこんなことに?」

「…………神様を騙したから」

「え?」


 思いもよらぬ返答に、トワは目を丸くして驚いた。

 この街が火事になったことと神様にどんな関係があるというのか。考えたところで答えは出ない。


「……神様って、どういうこと?」

「……ここには神様がいたんだよ。でも、大人たちは神様を騙していたの。神婚の儀式に花嫁じゃなくてただの人間を差し出していの。花嫁は特別な人が選ばれるはずなのに、全然関係ない人を騙していたの。だから、罰が下ったんだよ」

「……罰?」


 正直、少女が何を言っているのかトワには分からなかった。

 神様が何なのか。罰とはどういうことか。神婚の儀式とは何か。他にも具体的な話を聞きたいが、この少女以外の人影はない。

 ここで何が起きたのか、こんな幼い少女に話させるのも気が引ける。出来れば大人と話したいが、それも叶わないのだろう。


「トワさん?」

「クラウス様……」


 言葉に詰まっていると、クラウスが駆け寄ってきた。

 まさか子供がいるとは思わなかったのか、彼も驚いた顔を浮かべている。


「その子は?」

「この街の子、みたいなんですけど……」

「そうか……」


 クラウスは少し考えた後、少女と目線を合わせるように跪いた。


「……君は、ディゼルという女性を知っているね?」

「知ってる。みこさま、ここにいたから」

「みこさま?」


 聞き馴染みのない言葉にトワは首を傾げる。

 少女はそんなこと気にせず、そのまま話を続けた。


「みこさま、砂漠でお花を咲かせるすごい人だったの。それで、みんなが奇跡の人だって……神様に愛されてる人だって」

「それで神子か。その人は?」

「神様を殺して、どこかに消えたよ。きっと、神様を騙してた罰を与えに来たの。だからみんな、死んじゃった」

「……じゃあ、君はなんで?」

「みこさまがね、いつかここに来る人に伝えてって。ここで何が起きて、私が何を思ったのか」

「……お姉様があなたに?」


 少女は小さく頷き、空を仰いだ。


「……私は、これで良かったと思う」

「ど、どうして……? 街が燃えてしまったのに……」

「だってみんな悪いことしてたんだよ。神様を騙してたんだよ。これは仕方ないことなんだよ。私、燃えてる街を見ても悲しくなかった。私、みんな好きじゃなかったんだと思う」


 淡々とそう語る少女に、トワとクラウスは顔を見合せた。

 この子は何を見てきたのだろう。これまで、何があったのだろう。


「……あのね。私、みこさまが本当に好きだったの。とても優しくて母様みたいで……今でも、大好き。私をいじめる人、みんな消してくれた」

「……そう、なの。でも、一人ぼっちで寂しくない?」

「みこさまがいないことが、一番寂しい」

「あなたは、お姉様のことが本当に好きなのね……」

「お姉さん、みこさまの妹なの?」

「……う、うん」

「いいなぁ。あんなに綺麗で優しいお姉さん、私もほしかったな……」


 少女はここに来て初めて表情を変えた。

 ディゼルと過ごした時を思い出しているのか、とても可愛らしい笑みを浮かべている。

 その表情に、トワは息が詰まりそうになった。

 実妹なのに少しも分からない、姉としてのディゼル。それを少女は知っている。

 もしかしたら、ちゃんと仲の良い家族として過ごしていたら、そんな姉の姿を見ていたかもしれないのに。


「……ところで、君はディゼル嬢に何かされたのか?」

「何か?」


 トワが少女から目を背けると、クラウスが先程から気になっていたことを口にした。


「そうだ。君は何故、一人だけ生き残った?」

「……みこさまが、何か飲ませたの。それで、かも」

「……そうか」


 クラウスはすぐに察した。悪魔の瘴気が濃い中で生き残っている理由はただ一つ。

 だが少女から感じる力は微弱だ。そこまで警戒するものではないはず。これならばと、クラウスはトワの肩に手を置いた。


「トワさん、彼女のために祈ってくれませんか。そうすれば彼女の中の悪魔の血も浄化されるはずです」

「え? この子に、悪魔が……?」

「まぁ、そのおかげで彼女は助かったわけですが……このままだとこの子の体に何が起きるか分かりませんから」


 トワは頷き、少女に向かって祈りを捧げた。

 その間、これからこの子をどうするかをクラウスは考える。

 ここに置いては行けない。どこかに預ける必要がある。

 孤児を預けるなら一番安心なのは教会だ。しかし教会のある教会はここから遠い。

 早くディゼルを追いたいが、こればかりは仕方ない。クラウスは小さく溜息を吐き、少女にこれからの話をすることにした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る