終章 附属高校への内部進学

第1話 入学式。

 東比嘉大学附属高校。杏奈や勇次郎、文庫もそうだが、九割九分は内部進学の生徒。だが一部の成績特待生と運動特待生が入学してくることもあり、始業式ではなく入学式という体裁をとっている。


 四月六日、附属高校の入学式を迎える朝。杏奈は理事長代理ということもあり、朝食が終わると早々に登校ならぬ出勤となったわけだ。


「勇くんごめんなさい。一緒に行けないなんて、運命のいたずらとしか思えな――」

「杏奈お嬢様、そろそろ出発しないと会議に間に合わなくなりますが……」


 杏奈は一度降りて、勇次郎をぎゅっと胸に抱く。髪に顔を埋めて、すんすんと匂いを堪能。

「――ふぁ。お姉ちゃん、休もうかしら」

「杏奈お嬢様、どうかご勘弁を」

「わかってるわよ。ごめんなさいね、勇くん」

「大丈夫だから。いってらっしゃい、お姉ちゃん」


 泣く泣く出勤していく杏奈。彼女を生暖かく見送る、勇次郎と麻乃。


「……日に日に、酷くなってない?」

「元々あのような方でございますよ。ある意味杏奈お嬢様も『猫』ならぬ『狼』を被っておいでですので」

「狼?」


 麻乃の『狼被り』という意味は、後に理解することとなるのだった。


 ▼


「勇ちゃん。ご準備はよろしいでしょうか?」

「制服はもう着たけど」

「では失礼いたしま――な、なんということでしょう……」

「どうかしたの?」


 麻乃は両手で口元を覆うようにして眉をハの字にし、少々悲しそうな表情をしていた。


「勇ちゃん、もう片方の制服は、着ていただけないのですね?」

「いや、普通に無理だから。あれ、女子用でしょうに」

「きっと勇ちゃんならお似合いになるかと、ご用意させていただきましたのに……」

「あのねぇ、……って、あ」

「どうかされましたか?」

「麻乃お姉さんって、本当に附属高校ふぞくの生徒だったんだなーって」


 麻乃は、つい先ほどまで着用していたいつものメイド服ではなかった。落ち着いた赤煉瓦色、膝頭が隠れる長さのスカート。桜色地に赤煉瓦色のワンポイントの入ったブレザー。白いブラウスに、襟元にある緑色のリボン。


 勇次郎の上下も、同じ色合いだが、ネクタイは青い。麻乃の話では、一年は青、二年は緑、三年は朱色。附属中学も同じだったのでわかりやすい。


「そんな……、私が嘘を言うわけ、ないではありませんか」


 確かに、普段つけているヘッドドレスではなく、ヘアピンで押さえているのがよく見える。


「昨日まで見たことがなかったから、あ、でも、付属のときになんで気づかなかったんだろう?」

「それはおそらくですが、杏奈お嬢様と鈴子様だけしか見ていなかったからかと」

「いやそんなことは、……ないと思うけど」

『シスコン……』


 麻乃はぼそっと呟いた。


「え? 麻乃お姉さん、何か言った?」

「いえ、気のせいかと思われますが、ほら、急がないと間に合わなくなってしまいます。髪を私が担当いたしますので、そこへ座ってくださいまし」

「……誤魔化されたような気がするんだけど」


 ▼


「僕さ、附属中学では歩いて通ってたんだけど。駄目なの?」

「先日のエンダーで起きた珍事をお忘れですか?」


 勇次郎は忘れない。確かにあのときは焦った。生まれて初めて色紙にサインをすることになるとは、思っていなかったからだ。


「テラチューブでの動画が、現在、五百万再生を超えているのをお忘れですか?」


 あれも困った。誕生日の段階でそこまでとは思わなかったが、気がついたら炎上と違った意味で、萌えあがっていたからだ。


「……ごめんなさい。軽く考えてしまいました」

「ご理解いただけたのならいいのです。……そうですね、中学のころはおそらくですが、鈴子ちゃんが何らかの策を講じていたのだと思われます。ですが今は、ご一緒に登校できませんから」

「まじですか」

「はい。まじでございます。鈴子ちゃんの力を軽んじてはいけません」

「わかるような気がする……」

「きっとその恐ろしさを、入学式に実感できると思いますよ」

「……何があるんだろう?」


 職員専用入り口から大学敷地内に入るとき、IDカードのチェックがある。そこから大学校舎裏手に行く際、警備の人から止められてIDカードをチェックを求められる。景子はお屋敷へ来る前には、東比嘉警備保障の警備部にいた。だが、全員が顔を知っているわけではないことから、顔パスにはならないようだ。


 大学関係者では、顔を知らない人はいないと思われる宗右衛門ですら、形式上、IDカードのチェックを行っている。ここまでしっかりとチェックしても、徒歩で侵入されたらわからないことがある。だからこうして、警備員が巡回しているのだろう。


「帰りは連絡させていただきますね、山城先輩」

「そろそろ名前で呼んでくれてもいいではありませんか?」

「そうですか? 私には昔から先輩なので、景子さんと呼ぶのに慣れるのは、どれくらいかかることやら……」

「麻乃さんにお任せします」

「いってきます、景子さん」

「はい。いってらっしゃいませ、勇次郎様」

『僕もその「様」っていうの、なんとかしてほしいんだけどね』


 勇次郎はぼそっと呟くのだった。


 大学校内に入ると、突き当たりで麻乃が立ち止まる。


「勇、次郎様」

「はい?」

「私は寄るところがございますので、ここでお別れとなります。何かご用の際は、直接連絡いただければ、なんとかいたしますので」

「いや、そんなこと、……ないと思うけど。うん、帰りは連絡するからね」

「はい、いってらっしゃいませ――あ、このスカートは少々短いもので、勇ちゃんの好きな『あれ』は無理でございますので」

「わかってるってば。それじゃね」

『うふふ。可愛らしいです』


 この校舎には大学、付属中学、付属高校の職員室などがあり、生徒がここにいてもおかしくはない。おかげで、勇次郎がここから出ても、怪しまれないと説明されている。


 付属高校からは、学校内だけで利用できる携帯端末を支給されるようになる。ただそれは、カリキュラムの確認や、緊急連絡などに利用できるだけ。学校敷地外に出ると通信ができない仕様になっている。基本的なOSはスマホと変わらないが、ビームや他のSNSなどをインストールできるわけではない。


 スマホの持ち込みは可能だが、授業中は基本、マナーモード。授業中に使用がバレると一時的に没収。一度目、二度目は反省文提出。三度目からは反省文提出に加え、トイレ掃除というコンボが待っている、らしい。


『ぽん』


 思った以上に可愛らしい通知音が鳴る。鞄から学校用端末を取り出すと、メインメニューからメール受信画面へ。そこには大学の総務部からメールが届いていた。


(えっと、『クラス分けについて』? あぁそっか。教室も附属中学あっちとは違うもんね。なになに? 『お世話になります、東比嘉大学総務部です。浜比嘉はまひが勇次郎様、ご入学おめでとうございます。あなたの教室は一年三組です。お間違えのないようにお願いします』だって。あ、もしかしたら、五十音順? 浜比嘉になってるからそうかもしれないね)


 メインメニューからマップを選択。附属高校一年三組を検索すると、ナビが起動する。


(便利だねー。これ、附属中学あっちにもあればよかったけど、年齢に応じてなんだろうね)


 勇次郎は内心そう思いながら、ナビの通りに進んでいくと、思ったよりもあっさり附属高校校舎へ到着。駐車場から徒歩十分ほどだった。そこで改めて、この敷地の広さに驚く勇次郎。


「先生」


 背後から声を掛けられる、覚えのある声。勇次郎は回れ右をしてその声に応える。


「あ、おはよう文ちゃん。何組だった?」

「うん、俺は三組」

「僕も三組」

「おぉ、十年目だね。こうなるともう、運命的な腐れ縁だよな」

「確かに、……あーでも、やっぱりね。多分あっちと同じで、五十音順かもなって思ってたんだ」


 勇次郎と文庫は、附属小学校の一年から同じクラスだった。附属小学校の一年と附属中学校の一年は基本、五十音順でクラスを決定しているようだ。あとは、偶然だったのかもしれないが。


「なるほどね。運命じゃなく仕様ってやつかー、……そういや、一年って何階だろう?」

「えっとね」


 附属高校の情報を検索すると、建物案内も出てくる。


「なになに? えっと、あ、まじか」

「どうした?」

「四階だって、ここ、四階建てじゃない?」

「あー、ってことは」

「うん。多分、エレベーターがない……」


 沖縄あるあるな話で、四階建てまでの場合、エレベーターがないところが多い。病院や、ショッピングセンターなどは別だが、誰もが知っていることだったりするのだ。


 文庫も同じ端末を操作する。附属高校の建物案内のどこを探しても、エレベーターがない。一年から三年の九クラス。一階が教科専門の教室で、二階が三年。三階が二年で、四階が一年。この程度の部屋数だと、余計なエレベーターなどは設計に入れなかったのかもしれない。

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