第11話 エピローグ。

「勇次郎様、杏奈様。お誕生日おめでとうございます。美味しいものが食べられると、急遽麻乃さんにねじ込んでいただきまして。麻乃さんありがとう」

「ありがとう、景子さん」

「ありがとうございます、景子さん」

「それで移動も今日のことも急遽だったので、その、色々手続きとかがあってプレゼントが用意できていなくて、後日ということですみませんです、はい」

「景子さん、これからもよろしくね」

「勇ちゃんを、よろしくお願いしますね」

「はい。誠心誠意、警護させていただきます」

「あ、やっぱりそうだったんだ」

「あれ? 言ってはいけなかったんでしょうか?」

「…………」


 杏奈は苦笑し、麻乃は頭を抱えるように、わざとしてみせていた。


「本日は夜勤のため、ご出席ができませんでした、静馬様、縁子様から、勇次郎様、杏奈お嬢様に贈り物を預かっております」

「あ、そうだっけ」

「そうなのね」

「山城先輩、手伝ってもらえますか?」

「はい、いいですよ」


 麻乃と景子は一度離席、すぐに戻ってきたのだが。


「くま?」

「くまね」

「くまだね」

「パパったら……」


 麻乃が抱えているのだろう、高さ一メートル以上はあるテディベアのぬいぐるみ。後からは花束を抱えた景子の姿。


「と、とりあえずこちらへ置いておきます。このテディベアは静馬様から、この花束は縁子様からです」

「お母さまから、なのですね……」

「はい。『出席できなくてごめんなさいね』と伝言をたまわっております」

「あと、こちら」


 麻乃は相変わらずどこから出したかわからないが、勇次郎の目の前に、小さな封筒が置かれる。縁子の筆跡で書かれた『勇次郎へ』。もう一通は、同じように『裕次郎君へ』と違う筆跡。


 縁子と思われる封筒から出てきたのは、コンビニでもよく見る、クマゾンの樹脂製ギフトカード。文庫と鈴子にも見せると、予想通りと皆苦笑する。


「縁子様から『どうせ電子書籍に消えるのでしょう?』とのことです」

「あははは。よく知ってるね」

「それともう一通は、静馬様からの贈り物です。封筒には、保証書が入っております」

「こ、これって、S社のダイレクトドライブ?」

「あら。パパったら結構、空気読んだみたいですね」


 勇次郎のいう『ダイレクトドライブ』とは、実物の自転車の後輪を外して、室内トレーニングが行える『ダイレクトドライブ』式のスマートトレーナーのこと。


「すっごく嬉しい。前から欲しかったんだよね。でも結構高くて……、ね」

「勇次郎様のお部屋へ置いてあります。設置はあとでお手伝いさせていただきますね。あと、静馬様から『杏奈から、勇次郎くんも自転車が趣味だと聞いたので、これにしました。喜んでくれると嬉しいです』とのことです」

「うん、今度お礼言っとく」


「お姉ちゃんからは、先日プレゼントをもらいました。一生忘れない思い出になりました」

「喜んでもらえたら、その、嬉しいです……」

「お姉ちゃんに、僕から贈り物があります。ちょっと準備してきますね。麻乃、手伝ってくれる?」

「かしこまりました」


 麻乃は自分の部屋から綺麗にラッピングされた、先日勇次郎が買いまくったプレゼント予備軍の集合体を杏奈の部屋に置いてくる。そのあと、勇次郎のガレージに遅れてやってきた。


「勇次郎様、先日の細かなプレゼント、ラッピングして杏奈お嬢様のお部屋に置いておきました」

「うん、ありがとう」


 勇次郎は、冷蔵庫に入っていたソーキの煮込みを、麻乃が持ってきたワゴンに乗せて厨房へ。そこで、プロパンガスの火力を使い、温め直しをする。


「IHだとさ、沸騰が遅いんだよね。煮込みには便利だけど、火力が弱くて」

「なるほど」

「チャーハンなんかもさ、プロパンガスがいいんだよ。ほら、中華屋さんなんかはどこも外にプロパンガスのボンベがあるでしょう?」

「あぁ、それでなんですね」

「うん。都市ガスでは火力不足らしくて、都市部でもプロパンガスを使うんだってさ、……よっし、これでいいよ。麻乃お姉さん、盛り付けお願いできるかな? そういうのって、『よく知らない』からうまくないんだ」

「では、私がさせていただきますね」


 麻乃はナイフとフォーク、スプーンを用意する。浅めの皿に、綺麗に盛り付けてくれた。


「パーティですから、この形式にさせていただきました。いかがでしょうか?」

「うん。綺麗だと思うよ。僕が作った野暮ったい料理には見えないかな?」

「そんなことはありません。料理は込めた想いと、味付けです」

「味付けは必須なんだ?」

「そうですよ。気持ちだけでは食べ切れません。ひとつ間違えたら拷問になりますので」

「あははは」


 洋食に使うような、クローシュとよばれるドーム型の蓋を被せて準備完了。


「なんかそれっぽいね」

「何事も、サプライズには演出が重要でございますゆえ」


 食堂に戻ってきた勇次郎と麻乃。勇次郎は杏奈の隣に座る。同時に、麻乃が杏奈の前に配膳を始めた。


「勇くん?」

「これがね、僕の考えたプレゼント」

「そうきたか、あれ美味しいんだよな」

「えぇ、多分あれね。ご飯何杯もいける絶品だもの」


 開ける前から鈴子と文庫は大絶賛。


「では、ご賞味くださいまし」


 麻乃がクローシュを持ち上げる。そこには、洋食と見まごうばかりの、『ソーキの煮込み、大根とにんじん添え』があった。


「これ、勇くんが?」

「うん。僕が作ったんだよ。文ちゃんも鈴子お姉ちゃんも言ってるでしょ?」


 杏奈はスプーンを持って一口。


「――ふぁ。とても優しいお味……」


 食欲が刺激されたか、ナイフとフォークに持ち替えて、まずはソーキ肉を小さく切って、口元へ運ぶ。


「何これ? お肉ほろほろ、……ねとっとした食感、これって何かしら?」

「杏奈お嬢様、それがソーキの煮込みでございます。ねとっとした透明のものは軟骨で、コラーゲンたっぷりでお肌にも良いのですよ」

「これがソーキなの? 初めて食べたわ。ソーキって、骨がついているあれだと思っていました。まさか、こんなに美味しいものだとは……。お大根もやわらかで、味が沁みていて、にんじんも、甘くて美味しいです」

「よかった。じゃ、麻乃。みんなにもお願いしていいかな?」

「かしこまりました。それでは、夕食の配膳を始めさせていただきます」


 前菜から始まって、コース料理のように。メインディッシュは牛ヒレ肉。ソーキの煮込みももちろん出てくる。杏奈はしっかりとお代わりしたという。


 ▼


 お屋敷の外、景子の運転するシマノブルーのレヴォーグに乗り込んだ鈴子と文庫。杏奈は珍しく食べ過ぎたようで、部屋で一休み中とのこと。勇次郎の作ったものをまさか二度もお代わりしてしまったのだから、仕方ないだろう。


「ふぅ。相変わらずのおいしさだったわねー」

「うん。何年も前から食べさせてもらってるけど、飽きないよね」

「ありがとう、文ちゃん、鈴子お姉ちゃん」

「美味しかったです。勇次郎様」

「ありがとう、景子さん。それじゃ、二人をお願いね」

「かしこまりました」

「文ちゃん、それじゃ次は学校で」

「おう」

「鈴子お姉ちゃんも、またね」

「またね、勇ちゃん」


 ゆっくりと進んでいくレヴォーグを見送る勇次郎。


「麻乃お姉さん、食べた?」

「えぇ。先ほどいただきました。あつあつのご飯の上に乗せて、生卵をひとつ」

「あぁそれ、絶対に美味しいやつ」

「はい、とても美味しゅうございました。お代わりしてしまったほどでございます」

「あ、母さんと静馬さんの分は?」

「しっかり残してございます」


 勇次郎と麻乃は歩きながら話をする。


「それにしてもさ、お姉ちゃん、食べたねー」

「お肉は大好物ですもの、……明日は大変でしょうけどね」

「明日?」

「えぇ。女の子はですね、大変なんです。いつもより早起きをして、いつもよりも長く、トレーニングの時間を取られることでしょうね」

「あぁ、そういう意味。僕はほら、いくら食べても太らない体質だから――」

「勇次郎様」

「ん?」

「それは、女の子の前では禁句ですよ?」

「あ、そうなんだ」

「あ、でも。僕もね、気を抜くとお腹がぽっこりするときがあるから、自転車で運動してるんだけどね」

「それなら、設置してしまいますか?」

「あ、そうそう。お願いできるかな?」

「はい、かしこまりました」


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