第10話 いや、まじかー。

『では、本日の主役、勇次郎様の入場です』


 一瞬暗くなった食堂内に、麻乃のアナウンスが軽く響く。拍手で迎えられる勇次郎。どこから照らされたか、スポットライト。そこに映るは、先日三連覇のときに着ていた『病み系魔法少女』の衣装。もちろん、スカートの下にはスパッツの代わりに膝丈のインナーを履いている。


 鈴子が到着時に、何気に麻乃に渡していた紙袋にはこれが入っていたということ。麻乃が仕上げにと、薄化粧を施したのは言うまでもなかった。


「先生、まじかっ!」


 やられた、という表情の文庫。


「さすが勇ちゃん。『こんなに可愛い子が女の子なわけがない』を地で行ってるわ」


 裏で手引きをしていた鈴子は、驚きもしない。


「……勇くん、その、可愛らしいです」


 杏奈はもう、嬉しくて仕方ないという表情をしていた。


(どやっ)


 麻乃は最高の仕事をしたというどや顔。


(素晴らしいですね、勇次郎様)


 映像で見ていたから知ってはいたが、驚きながらも納得の景子。


「ひゅーひゅー、さすがわしの孫。映像よりリアルのが可愛らしいのぅ」


「「誰?」」


 勇次郎と文庫がハモる。


「儂? 儂か? 儂は杏奈と勇次郎の爺ちゃん。東比嘉龍馬りゅうまだが?」


 年のころ、六十過ぎ。ハイビスカス柄の朱色地のかりゆしウェア(アロハシャツのようなもの)に、ベージュの膝丈ハーフパンツ。足下は島ぞうり(ビーチサンダル)。


 細身で長身。おおよそ百八十センチ。日焼けをしていて、白髪で少々眺めの髪をオールバック気味にカチューシャで留めてる。それにレイバンのサングラスがよく似合う。その出で立ちは、マリンスポーツをする人にも似ているだろう。とにかく、キャラが立っていた。


「り、理事長先生?」


 似た人を写真で見たことがある文庫。


「お爺さん? あ、確かにそうかも」


 前に、杏奈からビームで写真を見せてもらった人だと思い出す勇次郎。始めて直に目にする自分の祖父になったはずの龍馬の姿は、あまりにもインパクトが強かった。


 龍馬は尻のポケットからスマホを取り出すと、画面を見てぎょっとする。


「あ、儂ちょっと用事ができたからこれにてご免ということで。勇次郎、杏奈、誕生日おめでとう。宗右衛門、悪いが車を出してくれるか? 諸君、ではの」


 『しゅたっ』と右手をあげ、台風のように去って行く龍馬。苦笑しつつ後を追う宗右衛門。


「何だったんだろうね?」

「お爺さまですもの。わたしにも予想できないんですよ」

「あらら」

「少なくともね、わたしと勇くんをお祝いするつもり、……というより、勇くんの顔を見に来たんだと思いますよ」

「あ、そっか。お姉ちゃんの誕生日は、ほんとならもうすぐだったもんね」

「そういうことですね」


 勇次郎と杏奈が並んで座っており、テーブルを挟んでその向かいに鈴子、文庫、末席に景子が座っている。


 麻乃が手に持つものは、ノンアルコールのシャンパン。『ポン』と小気味の良い音を立てて栓が宙に舞う。ワゴンにシャンパングラスを乗せてあり、ひとりずつ配膳する麻乃。


「はい、勇次郎様」

「ありがとう」

「杏奈お嬢様も」

「ありがとう」


 くるっと半周して。


「はい。鈴子ちゃん――龍馬様の晩酌お相手があるので、お父さん、しばらく帰ってこないから大丈夫ですよ」

「そうなの? 助かるわぁ……」

「猫被るのって、カロリー消費しますものね」

「そうなのよ、肩こっちゃうのよね。もう、学校だけで精一杯だわ」


 鈴子の猫被りの解除、実に見事な豹変だった。


「はい、文庫くん。いつも、鈴子ちゃんにはお世話になっています」

「あ、ありがとうございます。ね、姉ちゃんとは長いんですか?」

「えぇ、そうですよ。附属小のころからずっとですね。これからもよろしくお願いいたします」

「あ、よろしくお願いしますっ」


 景子にだけは、ビールが振る舞われる。


「はい、山城先輩。もうお仕事は終わりでしょうから。わたくしからのご褒美も兼ねております」

「ありがとう、麻乃ちゃん」

「いいえ、どういたしまして。あ、でも、大丈夫です?」

「何がです?」

「ケーキセットのケーキ、三つも食べたらしいですが」

「え? どうして知ってるの?」

「メイドの秘密にございます」


 更に半周して、勇次郎の後に戻ってくると、自分のグラスに残りを注ぐ。


「――こほん。わたしの大事な義弟、勇次郎のお誕生日」

「杏奈お嬢様、『勇くん』で大丈夫ですよ」

「あらそう? それなら――勇くんのお誕生日と、来週の今日わたしの誕生日が来るので、勇くんからの提案で、わたしも一緒に祝ってもらうことになりました。勇くん、お誕生日おめでとう。パパとお母さまが急に再婚することになって、色々大変だったと思います。ですが、これを良い縁だと考えて、仲良くしてくれると嬉しいです」

「あ、はい。こちらこそです」

「ありがとう。勇くんの幼なじみで親友の文庫くん。勇くんの幼なじみで小さなころから面倒をみてくれた、鈴子先輩。先日より、専属となっていただきました、景子さん。勇くんとわたしのお祝いに来てくれて、ありがとうございます」


 鈴子は猫を被る必要がなくなったからか、手を振って笑顔。文庫は直立不動で緊張気味。景子は目元だけで笑みを浮かべた。


「麻乃」

「はい」

「小さなころから一緒にいてくれてありがとう。先日から勇くんの専属になったのですから、しっかり支えてあげてくれると嬉しいです」

「はい。誠心誠意、お支えすることを誓います」

「ありがとう。では、乾杯」

「「「乾杯」」」

「お姉ちゃんもおめでとう」

「ありがとう、勇くん」


「――ぷはぁ、沁みるわっ、……あ、すみません」


 景子がつい地を出してしまって、場が一気に和らいだ。


「勇ちゃん、杏奈ちゃん、お誕生日おめでとう」


 勇次郎にも杏奈にも、プレゼントとして同じサイズの小さな箱が手渡される。


「これ、もしかして」

「勇ちゃん、あとで確認してね?」

「うん、ありがとう。鈴子お姉ちゃん」

「凛子先輩、もしかして」

「えぇ。杏奈ちゃんが欲しがっていた『あれ』よ」

「あ、ありがとうございます」

「ひとりでそっと、楽しんでね?」

「もちろんです」


「それじゃ、俺から。先生、おめでとう」

「ありがとう、文ちゃん」

「杏奈先輩、お誕生日おめでとうございます」

「ありがとう、文庫くん」

「うはぁ……」

「文ちゃん、相変わらずだねぇ」

「仕方ないだろう? あの、生徒会長さんだぞ?」

「まぁ、わかんないでもないけどさ」

「これ、俺からの、杏奈先輩、俺からのです」

「文ちゃんこれって?」

「先生には、セパレートタイプのキーボード。前に欲しがってたっしょ?」

「うんうん。ありがとう、あれ、予約終わってて買えなかったんだよ。よく手に入ったね?」

「あれね、実はコスとものひとりが、あの会社に勤めてて、融通してもらったんだ」

「すごいコネだね」

「でしょ? 結構、リスクあったけどね……、東京行ったら合わせしなきゃなんだ」

「あぁ、文ちゃん苦手だもんね。こう見えて人見知りだし」


 文庫が言う『合わせ』とは、本来ソロで活躍するコスプレイヤー同士が、同じ写真などに写ることなどのことである。文庫は見た目に反して、人見知りの傾向があるのだった。


「マジレスカコワルイ」

「あははは、大事に使わせてもらうよ」

「杏奈先輩には、姉ちゃんから聞いて、これもコス友経由なんですが、手作りの入浴剤です北海道直通で、これも結構入手困難らしくて」


 杏奈は容器を開けて匂いを嗅いだ。


「あらほんとうですね。ラベンダーの優しい香り。ありがとう、文庫くん」

「いえいえ。先生がこれからお世話になりますから」

「そうそう。文庫くん」

「何でしょう?」

「勇くんのことを何故『先生』と呼ぶのですか?」


 一瞬、気まずそうな表情になる文庫。ロボットのように『ギギギギ』ときしむような動きで勇次郎を見る。


「あ、先生、もしかして、言ってなかったの?」

「あぁ、そりゃ違和感だらけかー、うん。ま、いっか、いいよ。ネタバレしても」

「んじゃそういうことで。あのですね杏奈先輩」

「はい」

「先生は、文読村フミヨムラというサイトで、『ユウバルクイナ』ってペンネームで小説を書いてるんです。それなりに人気があって、俺も姉ちゃんも楽しみにしてるんですね。それで先生ってあだ名になったんです」

「……ほ、ほんとうですか?」

「下手の横好きというやつだから、検索して読んでもいいけど、笑ったりしない――」

「わたし、『ビイナ』です」

「へ?」

「勇くんがあの『ユウバルクイナ先生』だなんて夢みたいです」

「ビイナさんって、まじで?」

「はい、まじです」

「なんてこと……、いまさら読むななんて言えないけど、いや、まじかー」

「先生、いまさら照れてるし」

「そりゃそうだよ。女の子とお付き合いなんてしたことない僕が、恋愛小説なんて書いてるんだから」

「そう? 私はよくできてると思うけど?」


 いくら恋愛経験がないとはいえ、勇次郎は鈴子の漫画を目の前で読んでいた。だからどのような恋愛が女性に好まれるか、ある程度理解していたはずだ。それこそ勇次郎の先生のような存在であり、お手本になった鈴子が言うのだから、それなり以上の構成力などがあるのだろう。

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