第3話 メルキオールさんの事情


 向かい合って座ったメルキオールさんが、今度こそ何を言うのか。


 端正なお顔だから、いくらでも黙って見つめていられるけど、離婚の話じゃないのなら、なんなのかな?


「今まで、君をここに放置してすまなかった」


「ふぇ」


 まさか、謝罪されるとは思わずに変な声が出てしまった。


 そもそも、謝罪されるようなことは何もない。


「旦那様が謝る事は、何もありません。私はここで穏やかに過ごせています」


「旦那様ではなく、メルキオールと名前で呼んでもらえるかな」


「はい、では遠慮なく」


「僕が、君のことを面倒だと思って放置していたのは確かなんだ」


 いやいや、メルキオールさんは正直過ぎでしょう。


「本当の放置とはどんなものか知っているので、メルキオールさんのこれは放置とは言いませんよ」


 それを伝えると、メルキオールさんはますます表情を曇らせていた。


 慌てて言葉を付け足す。


「なので、私はまったく気にしていません!ところで、メルキオールさんは何かご用件があったのではないですか?」


 すこしだけ表情を和らげたメルキオールさんは、話し始めた。


「僕が今日ここを訪れたのは、君に頼み事があってなんだ」


 うーん、離婚の話ではない頼み事とは。


 はて?と首を傾げると、


「実は、君に、タウンハウスへ来てもらいたいんだ」


「タウンハウスへ、ですか」


 タウンハウスとは、つまり、王都の屋敷へと言うことだ。


「私が何かお力になれることがあるとは思いませんが?」


 学校に通ってなくて、教養もあまりない私が、女主人としての役目を果たせるわけでもなく、王都に出向いたところで何ができるかな?


「君は、ただタウンハウスにいてくれるだけでいい。ここと同じように過ごしてもらって一向に構わない。欲を言えば、一度だけ一緒に夜会に参加してもらえたらと思うけど」


 メルキオールさんは、人が多く集まる場所が嫌いだと聞いた。


 滅多に夜会やお茶会には参加しないと。


 そんな方が、私と夜会に?


「メルキオールさんの期待に添えるかはわかりませんが、お望みとあらば、どこへでも行きます」


 今まで楽して過ごさせてもらったお礼に、何か一つくらいは恩返しをしたいとは思っていた。



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