模倣騎士ジュード 〜ようこそカザミド冒険団!〜

雨蕗空何(あまぶき・くうか)

模倣騎士はかく語る

「まずもって彼は強くてかっこよくて有名だからとっくに知ってるかもしれないけどねぇ、紺碧騎士ブラウって知ってるかなぁ? 知らない?

 それなら運がいい! キミは今から彼の勇姿についてたっぷり理解できるよ、何しろ僕が尊敬し敬愛する騎士であり僕がそれをみっちりと語り明かすんだからねぇ!」


 さびれた酒場の片隅。

 店の規模と空き具合に対して不必要なほど声を張って、模倣騎士ジュードは陰鬱な顔に快活そうな笑みを作った。


 都市と都市の間。華やかな人の営みにも魔物はびこるダンジョンにも平等に道の伸びるこの町の、冒険者ギルドからは少々離れたこの区画。

 不便な場所にあっても安い酒を求めてそこそこの人は入るし、この近くの安宿はジュードの所属する冒険団が半ば貸し切っている状態だが、その団員も今は大半が宿に戻った。

 さすがに遅すぎる時間なのである。


「紺碧騎士ブラウはねぇ、それはもう強くて、しかも困った人を見捨てない素晴らしい人物だよ!

 彼にあこがれて僕もこの通り大剣を持ってねぇ、ああもちろんブラウが使う剣はこんな安物じゃないよ、あの剣もブラウ本人に勝るとも劣らず威厳ある剣でねぇ!

 髪だってねぇ彼の色に近づけるようこの通り染めてねぇ! 当然彼は僕みたいな陰気な顔つきじゃないけどさぁ!」


 粗製の大剣と、安い毛染めで青黒くした髪の毛とを、ジュードはさも自慢げに見せつけた。


「騎士団にお布施ができるところを見つけたらさぁ必ずお布施してるよぉ! 紺碧騎士ブラウを推してますって必ず言い添えてさぁ!

 だってそうだろう僕は何よりブラウを崇拝してるんだから! 周りにいる人も巻き込んでブラウの素晴らしさを語り明かすのさ!

 ああもし僕に歌の才能があれば彼の素晴らしさを千の旋律と万の言の葉で歌うのに! 絵の才能があれば似顔絵をばらまいてもいい!

 いやばらまくのは駄目だなぁブラウはそんな安い男ではないねぇ! でもブラウを崇拝する人が一人でも増えるならそうするのも手だねぇ!」


 ひたすら陽気な声色で喋る。

 酒に酔って、あるいは話に酔って、口は歯止めが利かないほど回る。


「ブラウの一番の勇敢なエピソードはねぇ何よりもこれだねぇ!

 とある村の話さぁワイバーンの群れに襲われてねぇ! 単身ブラウが戦ってねぇ!

 小さな村に騎士なんてそうそう来ないはずなのに、そこにはブラウのファンだっていう少年がいてねぇ! 少年が困ったときは必ず助けに来るって約束しててさぁ!

 だから助けに来たんだって、そりゃあもううれしくて興奮するよねぇ!

 だからその戦いぶりをよく見ようと、避難せずに近くに行って……」


 ジュードの口が、顔は張りついた笑顔のまま、空回った。


「ワイバーンの一頭が、向きを変えて……ブラウは、少年をかばおうと……」


 ジュードの表情が、からっぽになって、両手は頭を押さえた。


「ブラウは……違う、ブラウは死んでなんか……

 今だって、お布施が集まっているし、英雄譚だって……ほら、いまだ広まってるだろ……キミは今こうして、ブラウと初めて出会ったんだろ……」


 両手で顔を覆って、くしゃりと握りしめた。


「本当はさぁ……分かってるんだ……分かってるんだけど……

 でもどうしようもないじゃないか……こうする以外できないんだ……

 彼を讃えて、彼を模倣して、そうしていないと、僕はもう、耐えられなくて……!」


 嗚咽。

 しばらく、そうして。

 やがてジュードは、顔をこちらに向けた。


「双子には、もう会ったかい? この冒険団にいる……そう。

 彼女たちがここに入るきっかけとなったとき、本当にたまたまだけど、僕が戦ったんだ。

 二人きりで森を逃げてて……魔物に襲われて……それで僕が……」


 ジュードはとつとつと、語り続ける。


「助けたんだ……ブラウを模倣しただけの紛い物の剣が……あの日ブラウが救った少年が……!

 ブラウが守ったものが、彼女たちを守ったんだ……!」


 涙ぐみながら、ジュードは言った。


「紺碧騎士ブラウの活躍は、今も続いてるんだ……!」


 号泣。

 さびれた酒場に、ジュードの泣き声だけが響いて。

 それから、たっぷり時間をかけて、声は止み。

 元ののっぺりとした陰気な顔が、こちらに向けられた。


「結局、僕は本物の騎士にはなれないし、かといって他の生き方を選べるような器用な人間じゃない。

 そんな中途半端な僕だけど、それでもここは、この冒険団は、受け入れてくれた。

 本当に、当たり前のようにね。

 キミもきっと、気に入ってくれると思う」


 ジュードの顔に、小さく、それでもきっと本心からの、笑みが浮かんだ。

 ジュードはこちらを見つめて、そっと、手を差し出した。


「ようこそ、カザミド冒険団へ。

 ここは半端な者たちが集まる、最高に充実した集団パーティだ」

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