23.一歩進めば二歩下がる

 涙なくして語れない別れを終えた俺たちは、街を離れて草原に延びる街道をのんびり進んでいた。始まりの村とは真逆の方角である。


「みゃ」

「ネコ様、気持ちよさそうだねぇ」

 馬車の屋根の上でそよ風を浴びながら、ネコ様が楽し気に鳴いていた。さっきまで寝ていたのに、街を出た途端起きてきたところを見るに、魔物を警戒してくれているのかもしれない。俺やランディよりも魔物を察知する能力が優れているのは間違いないしな。


「ここからは村周辺より格段に魔物の出現が増えるはずだからな。ルイはすぐに馬車の中に入れるように備えておいてくれよ」

「はーい」

 良い子の返事をしたのに、ランディは何とも言い難い表情。俺の言葉が信用できないのだろうか。


「もし魔物が襲ってきたら、ランディはどれくらいの数を一人で対応できるんだ?」

 ふと気になって聞いてみる。村にいる頃から、他の冒険者からランディの剣の腕前は聞いていたが、その実力の程を実際に見たことはあまりない。トラ様との戦闘はあまり参考にならないだろうし。


「……草原狼くらいだったら、二三匹が来ても大丈夫。でも、足が遅い魔物なら、戦闘馬を急がせて逃げた方が良いだろうな」

「なるほど。逃げるが勝ちってことだな」

 俺が頷くと、ランディが安堵した様子で顔を緩めた。護衛としての力不足を責めるとでも思われていたら、大変心外なのだが。

 横顔を咎めるように見つめたら、伸びてきた手が俺の頬を掴み、強制的に前へと向かせられた。


「首がグギッて言ったんだが⁉ 出発早々負傷して街に舞い戻ってしまったら、マトリックスに盛大なため息をつかれるぞ!」

「うるさい」

 端的に怒られた。俺は悪くないのに。


「ランディが~わがまま言うのだが~どうしたらいいのだろ~」

「歌うな」

「浄化のお仕事してるの!」

 歌うことに正当な意味があるのだと、前に教えただろうと訴えたら、凄く嫌そうな顔をされた。


「会話で良いって言ってただろ」

「それはそうだけど~」

 歌ってないと暇やん。

 言葉にしなかった言い訳を察したようにため息をつかれた。


「にゃっ……ガウッ!」

 長閑な空気を破るように、張り詰めた声で鳴いたネコ様が、トラ様になって馬車の横に降り立った。そのまま馬車に並走しながら、周囲を威嚇するように鳴く。


「もっふもふじゃー」

「お前は緊張感を持て!」

 魅惑の毛並みにうっとりしていたら、ランディに怒鳴られた。その手は片手で手綱を掴みつつ、剣をいつでも抜けるように構えていた。

 俺もさすがに気を引き締める。一応、魔物と一緒に穢れが襲ってくる危険性を考えて懐から浄化銃を取り出しておいた。生憎とライフルは後ろの馬車の中に置いたままだ。


「今思い出したんだけどさ!」

「なんだよ!」

「俺、忘れ物してたわ!」

「……は⁉ この状況で言うか⁉」

「今急に思い出したんだもん!」

 緊迫感を無視してしまったみたいですまんな。

 耳を疑うと言いたげに振り向いてきたので、俺渾身の可愛い笑顔を浮かべてみた。これで許してほしいな。

「きもっ」

「失礼だな! それは普通に悪口!」


 顔を引き攣らせたランディに怒っていたら、草原から狼が次々に飛び出してきた。草原狼だろう。

 緑色の体毛で実にファンタジーらしい見た目なのだが、元々の色なのだろうか。それとも、ホッキョクグマみたいに、元は白というか透明だけど藻が生えたせいで緑色に見えているとかのパターンだろうか。


「くそっ、群れか! ネコ、いけるか⁉」

「ガウッ」

 ランディの声を合図にして、トラ様が群れの先頭へと襲いかかっていった。群れの統率が乱れるも、トラ様を避けた草原狼たちが俺たちを目指して駆けてくる。


「馬車の魔物除け効果とは……?」

「今考えるな! 早く馬車の中に入れ!」

 頭を過った疑問を思わず口に出すと、手綱を手放したランディが剣を振り抜き御者席から跳び下りた。


「ふおっ! 走ってる車から跳び下りるとか、どんなスタントマン⁉」

「自動車ほどの速度はねぇよ!」

 そういう問題じゃない気がするんだが。

 俺が首を傾げている間にも、ランディが一匹の草原狼を切り捨て、戦闘馬たちがそれぞれ一匹ずつ踏み殺していた。……戦闘馬、強い。


「う~ん、あんまり危機感ないなぁ」

 前方は戦闘馬が守り、右側ではランディが剣を振るう。左側に回り込んでくる草原狼はすぐさまトラ様にやられる。なんだか過剰戦力な気がしなくもない。


「あ、試してみたいことがあったんだった」

 思い出したことを実行に移すために、俺は浄化銃を構えた。揺れる馬車の上では狙いを定めにくいが、あまり問題はない。俺だって、魔物襲撃事件からの日々を漫然と過ごしてきたわけじゃないのだ。訓練を繰り返し、銃を扱う技術はあの頃より格段に向上している自信がある。


「いっけぇ~」

 俺以外の皆に殲滅されつつある草原狼。残りの一匹に照準を合わせ引き金を引いた。

 光の塊が一直線に突き進み草原狼に直撃する。


「はあ⁉ 魔物に浄化の力を向けてどうすんだよ!」

「銃の練習だよ!」

「……まあ、それならいいか」

 ランディが納得してくれたところで、浄化の力が当たった狼に視線を向ける。ランディがそれを仕留めようと踏み込んだところで急停止した。


「……え?」

「……は?」

「がう?」

 街道の端にぽつりと佇む草原狼。

 ゆっくりと足を止めた戦闘馬のおかげで、その姿をつぶさに観察できた。


「なんで、襲ってこないの?」

「意味わからねぇ」

 草原狼が俺に視線を向け、口を歪めた。そして前足を上げる。

 首を傾げる俺を見届けた後、身を翻して草原の中へと消えていった。


「なんか、『ヨッ、世話になったな。いつか恩返しするぜ。またな!』って言われた気がする。俺は倒してないけど、群れのみんなが倒されたのは気にしないのかな?」

「今の一瞬で、お前は何を感じ取ったんだ? っていうか、浄化銃は、魔物も撃退できるのか⁉ なんだよそのチート能力! 俺の存在意義がなくなるだろ!」

 絶望したように嘆くランディが御者席に戻ってきたので、その肩を優しく叩いた。


「俺も浄化の力の新たな可能性にはびっくりした。だが、大丈夫。ランディにはまだ、御者という仕事がある」

「慈愛に満ちた顔やめろ! その言葉に優しさなんてないからな!」

「……御者君、先に進む前に思い出してもらいたい」


 手綱を握って戦闘馬に合図を出そうとするランディに重々しく言う。不審そうな顔で振り向かれたので、精一杯の笑みを浮かべた。


「俺、忘れ物したって、さっき言ったよね?」

「……マジで、取りに戻るつもりなのか⁉ あの別れを終えた後で? シレッと街に戻るのか⁇ 門衛さんびっくりだし、それ確実にマトリックスまで伝わって、盛大に呆れられるぞ⁉」

「フッ、人間、生きていればそういう恥をかくこともある」

「カッコよく言っているつもりかもしれねぇけど、すげえダサいからな?」


 ぶつくさ文句を言うランディだが、ちゃんと馬車を方向転換させてくれた。


「隠しておけないから今のうちに白状する」

「……なんだよ?」

「忘れ物をしたのは、街ではなく村だ」

「……は?」

 呆然として俺の顔を眺めるランディ。しょうがないから、いくらでも鑑賞するといいよ!


「うそだろ……。旅に出て二週間ちょっと、村から一時間の距離しか進んでないのもどうかと思うのに、その上に出発点まで戻るっていうのか……?」

「この馬車で帰れば、来た時よりもっと早く着くよ!」

「イイ笑顔で言うんじゃねえ!」

 ランディは心が狭い。忘れ物くらい、誰にだってあることなのだから、ここは笑って許してくれよ。


「マトリックスたちだけじゃなくて、村人たちにも呆れられるのか。……泣けてくるな」

「行ったり来たりが人生というものさ! 明るくいこうぜ!」

「お前はちょっとは反省しろ‼」


 ランディの叫びが空虚に木霊した。

 俺の旅路は前途多難であるな。それもまた人生。楽しく生きたいものである。フッ。


「カッコつけて笑ってんじゃねえよ、あほ!」

「あほっていう方があほなんだぞ!」

「お前は子どもか!」


 俺たちのやり取りにトラ様がため息をついた。ネコ様に変わると俺の膝に跳び乗ってくる。


「ネコ様可愛いにゃーん」

「反省は!?」

「みゃっ」

 ネコ様にも「めっ!」という感じで怒られたので、今後は気をつけたいと思います。誠に申し訳ありませんでした。

 だけど俺はこんな感じで生きるのが性にあっていると思うのだ。旅を急ぐのもつまらない。日々勤めを果たしつつ楽しく生きていたら、きっと良い未来にたどり着けるよ。


「俺のモットーはごーいんぐ・まい・うぇい! 自分を貫き、楽しく生きるのさ!」


 楽しげな笑い声とそれを叱る声が、風のように草原を吹き抜けていった。

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ごーいんぐ・まい・うぇい! ~自由奔放な浄化師は銃を撃つ~ ゆるり @yururi-_-

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