22.別れの時

 晴れ渡る空。鳥たちが長閑に囀り、街角で猫が日向ぼっこをしている。


「長いようで、あっという間の日々であったな」

「なにキャラ?」

「キャラとかない。ただ感慨に耽っていただけだ」

「落ち着いているルイとか、俺の方が落ち着かなくなるな」

「俺にだって、慣れた場所を離れるのは寂しいと感じる心はあるんだぞ!」

 失礼なランディに抗議すると呆れた顔をされた。ついでに膨らんだ頬をつつかれる。プスッと間抜けな音がしちゃうからやめてほしい。


「慣れたっつっても、たった二週間くらいしかここに滞在してないけどな」

「……そう考えると、めちゃくちゃ濃い日々だったな」

 KB教団による魔物襲撃事件からまだ一週間ほどしか経っていないとは驚きである。

 襲撃の余波で損害を受けた地域では、現在再開発のためにゴーレムたちが動き回っていた。ゴーレムは、俺が想像したようなAI搭載ロボットではなく、自動操縦型重機というべき物だった。なんだか残念。ロボット戦闘ごっことかしたかったのに。


 馬車の御者席にランディと並んで座りながら、ゴーレムから視線を逸らし空を見上げる。果てしなく広がる青い空を自由の翼が横切った。あれは渡り鳥だ。故郷を遠く離れ、未知なる先へと進むのは、どれほどの思いがあってのことなのだろうか。


「忘れ物はないよな?」

「たぶん、ない!」

「そこは確信を持って答えてくれよ」

 手綱を握ったままランディが項垂れる。

 そう言われても、不意に思い出してしまうのが忘れ物だと思うのだが。頭の中で仕舞った荷物を思い返していたら、もう街の門まで辿り着いていた。


「ようやく来ましたね」

 待ち受けていたマトリックスが肩を竦める。出発前に俺がバタバタしていたせいで、予定時刻を超過してしまっていたのだ。最後までマトリックスには苦労をかけるな。


 馬車を門の脇に止め、ヒョイと下りた。マトリックスの正面に立ち、真っ直ぐ見据える。最後の別れくらいはちゃんとしないとね。

「世話になったな、マトリックス」

「本当に大変でした」

「……そこは嘘でも『そんなことないよ!』って言うべきところでは?」

「私は正直者なので」

 一片の陰りもない笑顔であった。この状況でその笑顔を向けられると、とても微妙な気分になる。


「……何が正直者だ。マトリックスは出会った時から嘘をついていたじゃないか」

「嘘ですか?」

「あ、それは俺も気になってました」

 首を傾げるマトリックスの笑顔は揺らがない。ランディの共感も得られたので、俺は自信を持って嘘を追求するぞ。


「マトリックスは自分を事務員だと名乗っていたな」

「そうですね」

「だが、それはおかしい。事務員が他の聖職者に指示を出すだろうか。監視塔からの報告を一番に受け取るだろうか。……街が被害を受けた場合に、責任を取れる立場だろうか」

 ここで過ごす日々の中で生まれた数々の疑問。羅列すると、マトリックスが事務員という聖教会の下っ端の立場にどうにもそぐわないことが明確になる。


 マトリックスの笑顔が変わった。穏やかさよりも、茶目っ気に溢れたものへと。

「気づいていたのですね」

「気づかないわけがないだろう。田舎者と言えど、常識はあるつもりだ!」

「貴女が語る常識は信頼できないのですが」

 視線で抗議したら楽しそうに笑われた。


「でも、私は嘘はついていませんよ。私の普段の仕事の大部分は事務仕事ですから。特に聖教会本部とのやり取りが多いですね」

「それを言ったら、大抵の聖職者が事務員になるんだが⁉」

 分類が大雑把すぎる! 確実に誤魔化していただけだろう!


「それはそうですね。まあ、もうお別れですし、最後はきちんと名乗っておきましょう。――私は最西の街ウェストルの聖教会を管理する司教マトリックスです」

「……この街、ウェストルって名前だったのか!」

「気に留めるのはそこですか……?」

 これまで知らなかったこの街の名前を知って驚いていたら、マトリックスが力なく項垂れていた。どうやら違う反応を期待していたらしい。期待に沿えなくてすまんやで。わざとだよ。


「なるほど、司教でしたか。なぜ俺たちに誤解を与えたのですか?」

 ランディは真面目に受け答えしている。それを聞いて、マトリックスが顔を緩めたので、どうやらこれが正解の反応だったらしい。


「浄化師の本質を見抜くためです。私は浄化師の管理と共に、その適性を見極める役目を持っているので」

「俺はいつの間にか試験を受けていたのか……?」

 合格点に達している自信がまるでないのだが。もしかして、何か罰とかあるのだろうか。学校の赤点補講地獄が脳裏をよぎり戦々恐々としていたら、ランディに呆れた顔をされた。

 赤点補講の辛さを、お前は知らないのか⁉ 皆が嬉々とした様子で長期休みを謳歌する中、教師と対面授業だぞ⁉ 思い出しただけで悲しくなる……。


「最初から司教を名乗っていると、皆さん普段の態度と違ってしまうんですよね。貴女にはあまり意味のないことだったのかもしれませんが」

「いや、俺だって、司教だと名乗られていたら……」

 マトリックスに言われて改めて考えてみるが、たとえ司教だと名乗られても俺はあまり気にしなかった気がする。浄化師としての適性を見極めると言われたところで、『じゃあ、本来の俺で接しなければ』と思うだけだっただろうな。そうした場で取り繕って良い評価を得たところで、どこかで無理が生じるだけだと思うし。


 思い当たった事実に言葉を切ると、マトリックスが愉快そうに笑った。

「貴女は仕事をさぼりたがるし、変な事ばかりするし、本当におかしな人でした。でも――人としての優しさ、危機的状況下での使命感、精神力、他様々な点において浄化師として及第点だと判断しました」

「及第点なんかいっ! そこは、満点って言う流れじゃなかった⁉」

「私、正直者なので」

 しれっとした顔で言うマトリックスである。確かに、俺自身も浄化師として優等生だとは全く思わないけどさ! ここはお世辞でも褒めるべき場面でしょ! ランディが滅茶苦茶納得してる感じなのもムカつく!


「くっそー、精々及第点浄化師として頑張ってきてやるぞ!」

 もっとしんみりとした別れになるのだと思っていたのだが、そんな雰囲気微塵もなかった。

 なんだか笑い出したくなる気分を堪えて馬車に向かう。短い間しか接していないが、マトリックスとはここで別れてもずっと交流が続く気がした。


「あ、お姉さまー!」

「殴り込み浄化師ー!」

「誰が殴り込んだって⁉」

 とんでもない言われように、思わず足を止めて振り返る。

 確かに殴り込み的な突撃はしたことがあるけど、殴ってないぞ⁉ なのに大声でそんな呼称を放つとか、名誉棄損で訴えたら俺が勝てるはず!

 駆け寄ってきたコマンティ君を睥睨したが、その少年の手がミリアと繋がれているのを見て驚く。


「君たち、いつの間に仲良くなったん?」

 もしかして、ミリアは洗脳済み……? 恐ろしい真実に戦く俺の頭をランディが叩いた。俺の頭は昭和の家電じゃないから叩いても正常化しないんだが、なぜ叩くのか!


「コマンティ君がミリアのことからかってたの、謝ってくれたから。そしたら学校の皆とも仲良くできるようになったんだよ!」

 晴れやかな笑顔で言うミリアだが、お姉様ちょっと悲しくなるわ。コマンティ君が態度を改めるまで学校に馴染めなかったって事実は消せないのよ。


「俺が悪かったんだから、謝るのは当然だ。俺は優しい男だからな!」

 自信満々に宣うコマンティ君にはもう少し教育が必要な気がする。果たしてあの親がそれを実行できるのか。この街を離れる前に、もう一度お話しに行った方が良かったかな。『反抗期編ストーリー第二章』は準備してたんだけど。街長は復興作業で忙しいだろうと柄にもなく遠慮した結果、将来の遺恨を残してしまった気がしなくもない。


「……大丈夫だろ」

 俺の考えを丸っと読み取ったように、ランディが笑って肩を竦めた。

「何がだ」

「この子たちだよ。お前の影響って、結構根強いんだぞ?」

 言っている意味が分からない。だけど……ランディがそう言うなら、信じようじゃないか。


「ミリア、困ったことがあったら、お姉さまに言うんだぞ。そこのおじちゃんに伝えたら、俺まで伝言してくれるからな?」

「分かった~。お姉さまにお手紙書くね!」

「誰がおじちゃんですか?」

 輝くような笑顔を浮かべるミリアとは対照的に、青筋を立てるマトリックスはなかなか心が狭い。幼い少女から見たら、おじちゃん以外の何者でもなかろうに。自覚がないとは悲しい奴だな。

 俺の視線に気づいたマトリックスが、張り付いた笑みを浮かべた。


「貴女が所持することになった浄化の拳銃ですが――」

「お? 経費で落としてくれるって決まった?」

 実は魔物襲撃事件の後に、浄化銃の価値を聖教会本部に伝えていたのだ。その結果が出たのかとワクワクする俺に対し、マトリックスが一枚の紙を差し出した。

 首を傾げつつ目を通す。

 浄化師ルイの経費申請について、協議の結果――不可と決定されました……?


「なんだこりゃっ⁉」

「見ての通り、経費申請不可と判断されました。浄化鉄は浄化結界に使用する物であり、その他で使用する余剰は今のところありません。全ての浄化師に支給できない以上、一人を特別扱いすることはできませんから」

「うっそーん。そこはちょっと融通利かせてよ!」

 俺の貯金が! 消えていく!

 悲痛の叫びを上げる俺に対して、マトリックスは大変良い笑顔である。悲しみを通り越して苛立ちを覚えるわ!


「そんなお前にこれをやる!」

 項垂れる俺に、コマンティ君から紙が差し出された。さっきから俺、紙を渡されてばっかりだな。むしゃむしゃ食ってやろうか⁉ 俺はヤギじゃないんだよ?


「父上が街を救ってくれた功労者への報酬として、その銃の代金を肩代わりするらしい」

「ここに神はいた! コマンティ君のお父様は本当に素晴らしい人だよね!」

「手のひら返しが早すぎる」

 ランディの冷たいツッコミなんて耳に入らない。俺は渡された証文を大事に抱きしめた。これで、俺の金は守られるのだ!


「お父さんが、ライフルは約束通り無料であげるって言ってたよ」

「パッパカリにもよろしく伝えてね!」

 ミリアの言葉で俺の機嫌は絶好調である。ここは天国。俺は幸せ者だ。


「さて、そろそろ行くか」

「……うん!」

 ランディに頷いて、俺は名残惜しいながらも馬車へと向かった。

 ああ、寂しい。ここで出会った皆とも、もうお別れか……。

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