18.針千本の~ます!

 喫茶店ってワクワクするよね。


「ふおぉ、美しい……」

 テーブルに置かれたイチゴのショートケーキ。王道な物だからこそ、その出来の素晴らしさがより伝わる。艶々としたイチゴの赤とクリームの白の対比が見事な美しさだ。

 フォークでそっとすくいとり、舌にのせた瞬間に口内に広がるクリームのミルク感強めな甘味。スポンジはふんわりしているが、しっとりとした口溶け。スポンジの間にはクリームとカットされたイチゴが挟まり、イチゴのほのかな酸味が良いアクセントになっている。


「美味い……」

「マジで幸せそうな顔だな」

 呆れた様子のランディの手元では、ティラミスが輝いていた。そっちも美味そうだ。一口くれないかな。


「お姉さま、このミルクレープも美味しいよ」

「プリンアラモードは昔ながらのしっかり目のプリンね。卵の旨味がほろ苦いカラメルと合わさって、凄く美味しいわよ」

「おお! 一口くれるの? 遠慮なくいただきます」

 二人が差し出してきた物をちょっとずつ味わう。ここに天国はあった!

 ショートケーキも分け合いっこしていたら、仲間外れになっていたランディが躊躇いがちに皿を差し出してきた。遠慮なくガッツリ抉り取る。


「おいっ、取りすぎだろ!」

「美味い! 滑らかでチーズの旨味とコーヒーの苦味がベストマッチしてるね!」

 ランディがため息をついている。これでも食べて元気だしな?

 フォークですくいとったショートケーキを向けると、半眼のまま食いついてきた。鯉にエサをやっている気分。魚って、大きく口開けてカプッと食べるんだよね。


「あら……二人はもしかして恋人同士なの?」

「鯉人? それは鯉なの、人なの?」

「急に謎な種族出すな」

 そっぽを向いたランディが呟く。

 謎な種族を言い出したのはマッマでしょ? ……まあ、マッマが言いたいことはちゃんと分かってるけどさ。


「俺たちは幼馴染みなんだ~」

「あらぁ、そうなの」

 ニヨニヨとした笑みを向けられるのは居心地が悪い。とりあえずケーキを食べて気分転換。ケーキうまぁ。


「ルクラさんの家はどんな感じなんですか?」

 ランディが残り少ないティラミスをちびちびと食べながら聞く。アリみたいな食べ方だな。フォークを向けたら皿ごと逃げられた。残念無念また一分後!


「うち? うちは……見事に倒壊したわ!」

 輝くような笑顔のマッマである。自分の家が壊れたのに、なぜそんなに晴れ晴れとした表情なのか。


「あのね、街のお金で西側の地域は『さいかいはつ』っていうのをするらしいよ!」

 ミリアも満面の笑顔で不思議だ。


「再開発?」

 魔物と穢れの被害で街の財政も大変なことになっているだろうに、今そんな計画が出ているのはちょっと違和感がある。


「元々、西側地域は昔から建っている物が多くて、構造上の不安から建て直しが計画されていたのよ。予算も積立てで確保してあったみたいで、古い建物が倒壊したのを機に、土地を買い上げて整備するんですって」

「つまり……?」

「うちの土地、良い値段で売れたわ! 解体費も要らないし、お得ね」

 輝かしい笑顔である理由がよく分かった。家族は無事だったし、ボロ家があったところは高くで売れるし良いことだらけ。


「どこに住むつもりなんですか? 避難者用の宿泊施設はあまり長期では利用できないはずですが」

 俺が疑問に思っていたことをランディが聞いてくれた。


「再開発地域に大きな集合住宅ができることになっていて、避難者でそこに入居予定の場合は、それができるまで宿泊施設を格安で使えるのよ」

「おお、良かったね!」

 それは善き善き。衣食住は人の生きる基本だからね。住む場所に困らないのは最も重要なことだ。


「ミリアのお家、新しくて安全になるんだよ!」

 にこにこ笑うミリアは可愛いね! だが、安心快適な空間であるべき住居が、これまで安全性を放棄されていたとか、泣けてくるね。どれ、お姉様がもう一つケーキをおごってあげようか。

 嬉しそうにメニューを眺めるミリアを余所に、大人組――俺も含んでるよ!――は、被害状況や今後の展望についてのやり取りに余念がない。

 ランディは俺が寝込んでいる間に、被害地域の瓦礫除去作業に協力していたらしい。街の男たち総出で作業したため、ほとんどの瓦礫等は除去し終わっており、建築用資材が届き次第開発工事が始まるだろうと話していた。


「瓦礫とかって、重機なくてそんなに早く片付けられるもんなの?」

 いくら人海戦術って言っても、限度ない? 俺が協力しても、数分でヘバって役立たず認定されるだろうな! この世界体力化け物ばっかりか!?


「重機、あるぞ?」

 ランディが不思議そうに目を瞬く。

「へ?」

 俺は口を半開きにして固まった。待って、驚きすぎて思考止まってるんだけど。


「あるわよね~」

 マッマも当然と言いたげに頷いている。ミリアは理解できていない様子なのが救いだ。俺だけ知らないとか恥ずかちぃから……。


「嘘やん、電力あるん? ていうか、事務用品系の機械ないのに、なぜ、それより高度っぽい機械があるの?」

 ここが中世ヨーロッパ風異世界だと思っていた俺、時代に取り残されてる?


「電力じゃなくて、魔物の核を燃料にした機械だな。仕組み的にはゴーレムって感じじゃないか?」

「ゴーレム! マジか、一気にファンタジーがやってきた!」

 AI搭載ロボットみたいな感じかな。命令したら『マスター、リョウカイシマシタ』とか言って動いてくれるのかな。やってみたい……!


「お前の能力、既に十分ファンタジーだろ」

「そう言えば、そうだな。……いぇい! ランディ、これからは俺を賢者と呼んでもいいぞ!」

「なぜ賢者。お前は浄化師だろ?」

「ファンタジーと言えば、賢者か勇者じゃないの? 俺、剣は振り回せないから、賢者が良い!」

「いや、だから、お前浄化師」

 なんでランディ冷めてるの。賢者になって無双するのが異世界の流行りなんだよ!


「あ、そういや忘れてた」

 コーヒーを飲んだランディが俺を見てニヤリと笑った。嫌な予感。


「勇者になれるよう協力してやるよ」

「……何を言っておるのじゃ」

「その口調なに?」

 微妙な表情やめて。俺もこの話し方はスベったって自覚してるから。

 賢者らしい喋り方を検索中……検索中……ぐはっ、バグ発生中だと!? くそぉ、俺の命運も、もはやこれまでか……!


「約束したから、明日から体力増強訓練な」

 脳内検索エンジンと遊んでいたら、予想もしなかった言葉がランディから放たれた。


 ポクポクポク。

 頭の中で木鐸ぼくたくを叩くヒヨコがピヨピヨ通りすぎていった。達観した表情のヒヨコにより検索エンジンのロゴが駆逐されていく。


「……嫌なんですけど!! 超絶嫌なんですけど!!」

 なんでその約束覚えてるの!? あれは、危機的状況下のノリで交わしただけだろぉお!


「日本では約束破ったら針千本飲ますって言うけど、こっちだとなんて言うのかな?」

 にこりと笑うランディ。俺は悲壮感いっぱいで天を仰いだ。

 村で子どもの頃から言われてるんだから、その答えは聞かずとも分かっているだろうに、ランディは底意地が悪いっ!


「ミリア知ってるよ~。嘘ついたり約束破ったりしたら、みんなの前でお尻叩きされるんだよ」

 まさかのミリアからの攻撃がやって来た。


「お、お尻叩き……」

「さあ、どっちがいい?」

 笑顔で迫るランディ。俺は涙目。

 マッマは微笑ましげで、ミリアは何故か期待に満ちた眼差しだった。一体何を期待しているのか。大人が辱しめられる姿がそんなに面白いのか……!?


「……わーい、くんれん、たのしみダナー」

 そう言うしかないじゃない。この歳でお尻叩きとか屈辱過ぎるし、変態湧いてきそうだものっ!


「ま、病み上がりだし、ほどほどにするから」

 体力化け物のほどほどとか、全く信用できないんですけど! 死んでる未来しか見えない……。


「うにょー……」

「にゃー」

 呻きつつテーブルに倒れていたら、可愛い声が聞こえた。

 振り向くと、窓にピタリとネコ様が張り付いている。お座りしつつお手手と顔が窓ガラスにペタリ。

 ピンクの肉球がめちゃ可愛かわだね!


 ネコ様の視線の先にはミリアが追加で頼んだミートパイ。ケーキを頼むのかと思いきや、ガッツリ肉メニューをチョイスするとは、ミリアは意外性の塊だ。


「にゃうにゃう……」

 ネコ様の口の端から零れる透明な雫。それが窓をつたってキラキラと滴り落ちていく。


「……そろそろ帰るか」

「……そうだね」


 マスター、猫が食べれるメニューありますかぁ? あ、持ち帰りでお願いしまぁす。

 俺が喫茶店のマスターと話している間も、入店拒否されたネコ様は、ミートパイを食べるミリアを恨めしげに見つめていたそうだ。ランディ談である。


「っ、いってぇっ! ……俺たちだけ食べて悪かったって! ほら、ちゃんと用意してもらったから!」


 俺とランディが店を出た途端に襲いかかってきたネコ様は、蒸し鶏のサンドウィッチで懐柔されてくれました。ネコ様の爪は凶器です。ランディの尊い犠牲に黙祷。俺の金での好感稼ぎ、今回に限っては許してやるよ!

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