19.〈急募〉画期的なお薬!

「にゃあ、にゃあ、にゃあ!」

「にゃ……」

「……なにやってんだ、ルイ」


 おっはようございまする! 訓練後に美味しい果物でえねるぎーちゃーじしたルイちゃんだよ。これがなきゃ、今日ずっと寝込んでただろうね。食堂のお嬢さん、ありがとう!


 日課になっているランディの鬼特訓をなんとか終えて、現在ネコ様と戯れ中です。夜なべして作った黒灰縞柄猫パーカーを着てみたんだけど、出来はどうだろう。耳と尻尾には綿を詰めて、なかなか良い仕上がりだと思うんだが。

 ネコ様は『なんだこいつ』と言いたげに面倒臭そうに尻尾を持ち上げただけだし、本を持って傍に来ていたランディは『こいつ、また変なもの作ってやがる』って言いたげな顔だ。

 出来を褒めてくれてもいいだろぉ……。泣くぞ?


「ネコ様への愛を形にしてみた」

「愛が重い」

「ずっしり重量でお値段そのまま、お買い得ですよ!」

「安い愛だな」

「安くても高品質! 今を逃せば次のチャンスはないよ!」

「……なんのチャンス?」

「猫パーカー購入のチャンスだよ!」

「売るのかよ。ネコへの愛が詰まってんじゃないのかよ」

「これを売るとはいってないだろぉお?」


 このパーカーは唯一無二。ランディが買うなら、違う色で作ってあげよう。ピンクとかどう?


「……おかしな格好をしてますね」

「マトリックス、おはようにゃん」

「……おはようございます」

 微妙に不審者見る目、やめて?


「貴女のおかしさは、今は放っておいて」

「誰がおかしいって? にゃんっ」

「重要なお話がありますので、来ていただけますか」

「俺の抗議も放っておくつもりかぁあ!? にゃんにゃんっ」

「ルイ、猫パンチしながら訴えても、マジ意味ない」

 悟った顔のランディに手首を掴まれた。猫手袋の肉球の魅力をマトリックスに味わわせてやっていたというのに、何が不満なのだ。ランディも欲しいのか?


「やめろ」

 肉球を頬に押しつけたら、ランディが半眼になった。ヤバイ! 両手でしてるから、ランディの口がタコになってる! これは笑うしかない。


「に」

 肩に乗ってきたネコ様が本物の肉球を俺の頬に当ててきた。これが幸福感というものか……!

 顔を蕩けさせていたら、青筋をたてたマトリックスに微笑まれた。目力が強い。


「私、これでも忙しいので、遊びはそれくらいにしてもらえます?」

「いたいいたいいたいっ! 体罰反対!」

 マトリックスに片手で掴まれて、頭がキリキリ言ってるよぉ。これはあれか? マトリックス、クールな見かけに反して握力ゴリラなのか? リンゴも片手でパーンッできちゃうヤツなの? こっわ、もう怒らせないでおこう!

 なお、俺の決意が三秒で覆るのは、皆さまお察しの通りです。



 ***



「なぜ~、またここなの~、俺は~なにもやってない~」

「なぜ歌う」

 お茶を淹れてくれたランディが疲れたように言う。

 ありがとう。歌うと喉渇くからお茶は最高だね。ランディは気が利く男だ。


「告解室しか空いてなかったからです」

「なんなの。聖教会、訪問者多すぎでは? 応接室増やすべき!」

「この地域一帯の信仰の要の場所なので。応接室増設は申請しておきましょう」

 まさか俺の発言を真に受けられるとは。

 ズズッとお茶を飲みながらマトリックスを見つめる。なんだか疲れた顔をしている気がする。日々参拝者が増え続けてるからなぁ。辺境においては一番大きい街で魔物と穢れの被害が出て、みんな不安なのね。神に祈らねば精神の安定が保てないのね。近隣の村でも穢れ被害が増えてるって、この前言ってたしね。


「さて、本日の本題です」

「よしきた。ルイちゃん休暇をもらってやる気に満ち溢れてるから、浄化の依頼もじゃんじゃん引き受けちゃうよ!」

「……それは有り難いですが、今回は違います」

「なんだって……!?」

 大袈裟に驚いて身を仰け反らせたら、ため息をつかれてしまったでござる。


「疲れるので、妙な反応やめてもらえます?」

「それはすまなんだ。前向きに検討しまする」

「それ、断り文句では?」

 呆れ顔のマトリックス。だけど眉間のシワがちょっととれたみたい。よきよき。俺の能天気な態度で少しは気を緩めたまえ。ずっと緊張していては疲れて視野狭窄に陥るだけだぞ。


「穢れ憑き魔物の襲撃事件を計画し実行した犯人が分かりました」

 マトリックスが重々しく言う。

 ランディが顔を顰めて拳に力を込めた。俺は意味が分からなすぎて、口を開けども言うべき言葉が見つからなかった。


 実行犯とマトリックスは言ったが、穢れも魔物も人間ごときが操作できるものではないはずだ。マトリックスの言い様では、あの襲撃事件は某かが引き起こしたと判断しているみたいだ。あの惨劇を同じ人間が生み出したとは、信じられないし信じたくない。


 今回死者が出なかったのは奇跡なのだ。まず、穢れに憑かれたのが人間に敵意のないグランノアタイガーであったこと。それが穢れに憑かれても抗う力を持つ魔物であったこと。浄化師が居たこと。浄化銃という画期的な物があったこと。冒険者たちが死を恐れず脅威に立ち向かったこと。全てが合わさった結果が、この奇跡だったのだ。

 一つでも要素が欠けていたら、到底あり得ない結果だった。


「実行犯は既に捕らえ、尋問中です」

 俺とランディの険しい眼差しに、マトリックスも厳しい表情で口を開いた。


「……そいつは何を思ってあんな事件を引き起こしたんですか」

 ランディが今にも殴り込みに行きそうな顔で言う。

「いや、それよりも、人間が本当にあの事件を引き起こせるんですか? 一体どうやって……」

「今分かっている限りのご説明をします」

 マトリックスがテーブルの上で手を組んだ。俺は何とはなしにその手を見続けていた。今はふざける気力がない。


「その実行犯は、自身を『穢れ祓いを浄化師無しで成し遂げることを目的とする、人類の救世主たる至高のラ・ルチェ・サクラーレ教団』の幹部だと名乗りました」

「名前長くねっ!?」

 ふざけないというのは嘘だ。いや、このツッコミはふざけてないから嘘じゃない。だって、あまりにもツッコんでくれって言いたげな名前だからさ! 何故名前に教団の説明まで入れてるの? マトリックスも微妙に言いにくそうな顔するなら、言わなくていいんだよ?


「以後KBケイビー教団と呼びます」

「バッサリ切った略し方、潔いね!」

 穢れのKと祓いのBだけしか拾ってないね。それで十分だけどさ。KB教団とか、怪しさしか感じない名前だ。教団的にはサクラーレ教団とかの方が嬉いんじゃない? 何故か教団側の思いを考えちゃってるけどさ。


「……それで、KB教団とは一体どういう団体なんですか?」

 ランディも何とも言いがたい表情。あんな惨事を引き起こした原因がヘンテコな名前って、ちょっと怒りが持続しないよね。


「名前の通りの教義を掲げ、穢れの研究をしている団体のようです。穢れの収集・濃縮技術を生み出し、現在各地で実験をしているのだと言っていました」

「実験……?」

 そいつは穢れを扱うことを実験だと言ったのか。それは、なんて傲慢な言い様だろう。苦しむ人の命が見えていないのか?


「開発した技術のことをすんなり話したのは不思議ですね。それは教団にとって秘すべき事柄ではなかったのですか」

 ランディが理解し難いと言いたげに顔を歪めている。もしかしたら、実行犯はもっと重大なことを隠しているのではと疑っているのかもしれない。


「尋問官を甘く見ていませんか?」

 マトリックスの笑顔はゾッとするほど冷たかった。

 笑顔って冷却機能があったんだねー。夏にはもってこいだけど、今は遠慮したいかなー。鳥肌ひどいよー。


「――というのは事実ですが、今回は実行犯の自己顕示欲が理由ですね」

「自己顕示欲?」

 それは、あれか。俺ってこんなに凄いんだぞーって主張したい系人間だったってことか。


「彼はKB教団の素晴らしさを心の底から信じているようです。数が少ない浄化師を頼ることなく、穢れに怯え苦しむ者たちを、自分たちの手で苦しみから解放する。その技術を生み出すことは素晴らしく、研究過程で生まれる犠牲は不可抗力である。むしろ素晴らしい技術の開発に貢献できたことを誇りに思うべきだ、と」

「……新興宗教の信者にありがちな思考ですかね。穢れの被害を減らしたいという志は良いのに、その過程で生まれる穢れ被害を肯定するとは、俺には理解しがたいです」

「同感なり」

 あ、お腹鳴っちゃった。恥ずかちぃ。なんで俺のお腹は空気を読まないのか!

『グゥー』

 ……意識すればするほど大きく鳴るのなんでだろうね。学校の授業中、静かな教室に響き渡った腹鳴を思い出して、恥ずかしさで居たたまれなくなるわ。


「……お茶菓子持ってきます」

「……俺がとってきます。ついでにお茶のお代わりも」

「なんか、すまぬ……」

 申し訳なさマックス! 俺のお腹が空気を読めないばっかりに。お腹鳴らなくする薬とかない?

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