14.気持ちは一緒

 事態を静観していても何も変わらない。とりあえず拳銃を構えてグランノアタイガーへと向けた。


「ライフルじゃないのか?」

 ランディが不思議そうに言う。


「ライフルは大きい分、威力を生み出すには浄化の力がたくさん必要だ。でも、さっきもらったばかりだから、まだ力を溜めきってない。拳銃にはずっと力を籠めていたから、威力は既に十分だよ。とりあえず最初の一発いってみよう!」

「……この状況で楽しそうに言えるの、正直尊敬するわ」

 そう言いつつ、呆れてる感じなのは何故?

 初めて銃を扱うのは、できればこんな切迫感のある場面じゃない方が良かったけど、それは表に出さない。今、負の感情を出してしまったら、自分の心が折れてしまうと分かっていたから。


「ルイ、いっきまーす」

 両手で握って、浄化の力を籠めながら引き金を引いた。


 ――パァーッ。

 光が短い帯になって戦場に突き進む。動き続けるグランノアタイガーを貫くことはできなかったが、周囲に満ちていた穢れを部分的にでも一掃できたのは十分な成果だと思う。


「……待って? 予想してたのと、全然違うんだけど!?」

 身を乗り出して閃光の先を見つめ、驚愕の表情で固まるランディ。


「凄い威力ですね! 本当に、凄い! これなら、魔物に憑いている穢れを祓えるかも……!」

 マトリックスの興奮に震える声は珍しい。銃の素晴らしさが伝わったようでなによりです。


「ランディはどういうのを想像してたのかな?」

 一瞬動きが止まったグランノアタイガーに向けて再度引き金を引くが、避けられる。狙いから微妙にずれたところに閃光が降り注いだ。周囲に満ちていた穢れが減っていくのはいいのだが、大本に傷一つついていないので、状況は一進一退というところか。


「光の弾丸的なのが飛び出していくのかと思ってた! なんだよそれ、大砲以上にぶっとい光の帯とか聞いてないぞ!?」

「弾丸で捉えられるのはマジの一点だぞ? 少なくとも人サイズの穢れを一瞬で覆えなきゃ意味ないだろ。穢れに核なんてないんだから、マジの一点攻撃じゃダメじゃん」

 グランノアタイガーが進む先を予想して引き金を引く。……チッ、また避けられた。


「言われてみればそうだけどさ!」

「それより、問題がある。アイツが速すぎて、全然捉えられん」

 バンバンと撃ち込んでみるが、機敏に動くグランノアタイガーに当てられる気がしない。

 だが、浄化された範囲が広がって、冒険者たちが戦線を前へと進められたのは良いことなのだろう。そちらにも聖教会の人間が駆けつけて、簡易の穢れ祓いのお守りを渡しているようだから、ちょっとは接近戦ができるようになるのかな。


「あのお守り、どのくらい効くの?」

 俺も度々浄化の力籠めをしているから存在は知っていたが、お守りの効果はよく分かっていなかった。


「普通の穢れでしたら一分くらいは防げます。ですが、あのレベルの穢れでは、接近した場合、三十秒防げれば良い方ですね」

「それ、役に立ってんの?」

 効果が微妙すぎるんだが。


「こういう時の冒険者は、捨て身で挑むもんさ。ここに浄化師がいることは伝わっている。いざとなれば、すぐさま自分の命を絶って、後を託すだけ。魔物の命さえ絶てれば、この街に希望が生まれる」

 ランディ、そんな悲しいことを真面目に言わないでくれ。そんな覚悟、お前にされたら嫌だぞ。


「――さて、俺もサボってるわけにはいかねぇな」

 ランディが俺から離れていった。戦場から目を離せないから、俺はランディの顔を見ることもできない。何度も引き金を引きながら、遠ざかる気配を感じて背筋が凍った。

 お前の仕事は俺の護衛だろ!? どこに行くつもりだよっ……。


「……分かってるけどさっ、お前をむざむざ死地に送り出せるほど、俺、大人じゃないから!」

 一瞬だけ、戦場から目を離す俺を、どうか許してくれ。神は、命は全て平等だなんて言うけれど、俺にとっては身近な人間の命の方が重いんだ。


「ランディ! これ持ってけ!」

 手に持っていた拳銃を投げる。まだ十分浄化の力が籠められている。お守りよりもよほど穢れを防げるだろう。


「おい、どうするつもりだ!?」

 慌てて受け止めたランディが怒鳴ってくるので、ライフルを手に笑みを作った。


「こっちにも溜まった。だから、それはもう使わん!」

「……そうかよ」

 納得しがたいと言いたげな表情だったが、ランディが拳銃を懐に仕舞った。すぐに階段へと駆け出す背中に向けて叫ぶ。


「下にいる連中に伝えろ! 穢れに憑かれた人間も、すぐに片っ端から浄化してやるから、勝手に命捨てんじゃねぇって!」

「りょーかい。俺があのデカネコの動き止めてやっから、しっかり狙い撃てよ」

「……一瞬で仕止めてやるよ!」

 まるで散歩に出かけるみたいな気軽さで、片手を振ったランディの背中が見えなくなった。俺は戦場に視線を戻し、ライフルを構える。その指先が震えているのは見なかったことにした。引き金さえ引ければ、砲身がぶれなければ、問題ない!


「……命を削る真似をしているのは、どっちでしょうね」

 マトリックスが静かに言う。


「うるさい。今、集中してるから、黙って」

 言われなくても分かってるさ。でも、人には絶対に引いちゃいけない瞬間があるんだよ。


「私は浄化師の管理も仕事なので、本来は止めなければならない立場なんですけど……。同時にこの街を愛するただの人間でもあります」

 苦悩に満ちた声だった。

 それを聞きながら、ライフルで浄化の力を撃ちこむ。グランノアタイガーには当たらなかったが、穢れに憑かれかけていた冒険者は浄化できた。自分の体から、静かに何かが失われていく気がした。


 冒険者たちの攻撃の勢いが増した。穢れに憑かれることを恐れず、我武者羅に突き進んでいく。その中にランディの姿が見えた。

 ……引き金を引く。浄化はできるが、一度憑かれた者がすぐに戦線に復帰できるわけではない。冒険者の勢いに圧されて次第に後退していくグランノアタイガーが過ぎた後には、穢れに生命力を幾ばくか食われ、怪我を負っている数多の人間が転がっていた。

 一人でも多く、生きていてほしい。


「限界は私が見極めます。私が必ず貴女を安全な場所に連れだします。その結果、街が崩壊しても、それは私の責任です。貴女がこの街に殉ずることは、あってはならない」

 ……どいつもこいつも、覚悟を決めるのが早すぎる! もっと足掻けよ! もっと自分の命を守れよ!


「ああ、もう! ウッザイなあ! こういうシリアスな展開、嫌いなんだけど!」

 ライフルのスコープを覗く。グランノアタイガーを上手く捉えられない……! 少しは止まりやがれ! こっちは射撃初心者だぞ!


「チッ!」

 脱落する冒険者の数が増えてきた。グランノアタイガーは止まらない。

 スコープ越しにグランノアタイガーと一瞬だけ目が合った。……目が合った?


「どういうこと……?」

 見覚えがある。あの目は、何度も見てきたものだ。そう、あの時だって――。


「もう保たない!」

 マトリックスが悲痛な叫び声を上げる。それを聞きながら、俺はライフルを握る力を強めた。意識しないと、どんどん力が抜けていってしまうのだ。


「ランディがいる!」

 魔物に対峙たいじしているのは、ランディ一人になっていた。大きく剣を振りかぶり、グランノアタイガーの爪を弾き、動きを止めようと奮闘している。

 グランノアタイガーは激しく動きながらも、静かな目で俺を見ていた。体が、命が穢れにむしばまれても、その目にはまだ意思が残っていた。何度もスコープ越しにその目と合う。


「ねぇ、やっぱりおかしいよね」

「急に何ですか!?」

 そんなに責めないでよ。俺だって、混乱してるんだ。思考を整理させて。絶えず引き金を引き続けながら、思考するのって、結構難しいんだから。


「災害級の魔物が、この程度の数の人間に押し返される? いくら人間が死に物狂いの勢いで向かっていると言っても、グランノアタイガーとの力の差は絶望的なはず」

 ランディの剣が再びグランノアタイガーの爪を弾いた。力が拮抗しているように見える。だが、そんなことが本当にあり得るだろうか。


「確かに、そうですが……、だからと言って今の状況はくつがえせない! 退避します!」

「待って! ……救いを求めているのは、人間だけじゃないと思うんだ」

「何を言っているんですか!?」


 グランノアタイガーの目がランディを見た。振るわれる剣に対して爪を振り下ろし、止まった。

 傍目には、剣と爪に籠められた力が拮抗しているように見える。ランディが渾身の力を籠めているということだけが理由ではないだろう。

 そこに、グランノアタイガーの、穢れに操られていることに対する精一杯の抵抗の意思が窺えた。


「待ってたよ! 今楽にしてあげるからね――ネコ様」

 俺は最後の力を振り絞って、全てを懸けて、引き金を引いた。

 光の筋が一直線に進んだ。

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