3.羞恥心を捨てたら終わり

「浄化師ルイ、只今参上ただいまさんじょう!」

 挨拶は大きな声で元気よく、簡潔に。


「……お前には羞恥しゅうちって概念が存在しないのか?」

夜露死苦よろしくな!!」

「……言葉の治安が悪い」

 漸く街の聖教会に着いて受付の人に名乗ったのだが、ランディはやけに疲れた様子。なんでそんなに草臥くたびれてるの?


「……随分と街を楽しまれたようですね?」

 受付の人も、なんでそんなにひきつった顔してるの?


「あ、荷物どこ置いたらいいですか?」

「……ちなみに、その紙袋の中身は何ですか?」

「えぇっと、これがクッキーで、こっちがマフィン……。あ、このグミっぽい何か、マジ美味しかったんで、オススメです!」

 どれも寄り道の戦利品である。

 グミっぽい何かは非常にカラフルで、心惹かれて迷わず買った。これがえってやつですな。写真上げたらバズること間違いなし! 原材料が全く分からんけど。赤黒いこれは何?


「……分かりました。いつか見かけたら、食べることもないことはなくもないでしょう」

「……ないのかよっ!」

「はい」

 良い笑顔である。暫くの間、断り文句を言われてるって気づかなかったわ!

 そしてこの人、この断りようだと、グミっぽい何かの原材料を知ってる可能性がある。マジ気になるけど聞くの恐怖。原材料を知ったら食えなくならない? 飴より遥かに美味いから、俺は聞かずに食うぞ!


「お荷物は此方で預かります。私は聖教会事務員のマトリックスです。ルイ様の滞在中の案内人を務めさせていただきます」

「夜露死苦!」

「……そちらは護衛のランディですね。とてもお疲れのようですが、何か街で不都合がございましたか?」

「羊を追いたてる牧羊犬の気分を存分に味わっただけです」

「自由奔放な性格の羊を放し飼いするのはおすすめしません。胴体に縄をかけて制御なさいませ」

「ランディはいつわんわんになったの?」


 俺が首を傾げているのに、ランディとマトリックスは何故か生き別れの双子が再会したかのような熱い握手を交わしている。

 何でやねん。俺は知っているぞ。ランディに双子の兄弟はいない。いるのはちゃらんぽらんな兄貴だけだ。あれはあれで良い奴だけど。


「泊まるのは聖教会の宿舎で宜しいですか? 街中の宿に宿泊の場合は自費でお支払いいただくことになっていますが」

「宿舎でお願いします。俺、財布の中身落としちゃったかもしれない。ほら、こんなに軽くなっちゃって」

「さようですか。では、宿舎にご案内します」


 差し出した財布は触れることさえ拒否された。バイ菌はついてないよ? ただ寄り道の途中で中身が減り続けただけで。何でだろうね。

 マトリックスの後をついて歩きながら腕を組んで考える。ランディに頭を叩かれた。その拍子に重要なことを思い出す。俺の頭は古き良き家電だったのかもしれない。叩いて不具合解消とか、昭和の魔法かな?


「ちなみに、今月分のお給料のお支払いはどうなっています……?」

「規定通り、明日、聖教会内のご自身の口座に記録され、引き出せるようになるはずですよ」

「やったぁ、明日は街中のケーキ屋さんに――」

「貯金をおすすめします。定期預金の利率、今大変お得ですよ?」

「マトリックスさん、マジ頑張って!」

 ランディがマトリックスに声援を送るのは何故。俺の金をどう使うかは俺の自由だろぉ?


「ちなみにおいくらの利益に……?」

「毎月銀貨一枚を定期預金に入れる契約ですと、一年後に大銅貨一枚が上乗せされます」

「大銅貨一枚って……どのくらいだ?」


 この国には鉄貨、銅貨、銀貨、金貨の貨幣がある。鉄貨以外にはそれぞれ半貨と大貨もあり、なかなか複雑だ。庶民が一般的に使う貨幣を日本円に照らし合わせて並べると、鉄貨が十円、半銅貨五十円、銅貨百円、大銅貨千円、半銀貨五千円、銀貨一万円、大銀貨十万円となる。


「えぇっと、一年は十二ヶ月だから、一年で銀貨十二枚。これが十二万円くらいね。それで、大銅貨一枚が千円くらいだから……利率的にどうなんだ?」

 日本でもまだ通帳を自分で管理していなかったのだ。親が死んでからは慣れないことばかりで、ほぼ親戚を頼っていた。利率や利子という言葉は知っていても、どれくらいだと得なのかはまるで分からない。


「大銅貨一枚で、そのグミっぽい何かが、二十袋買えます」

「よし、定期預金するよ。利子って素晴らしいね!」

 利率のパーセント的なのは分からんが、一年で二十袋タダで貰えるってことだよな。……違う?


「ありがとうございます」

 俺もマトリックスも良い笑顔である。これが相互利益ってやつですね。

 ランディが尊敬に満ちた眼差しをマトリックスに向けているのだが、それは何に対しての感情なのだろう。


 聖教会の裏手の建物までマトリックスについていく。中に入って示されたのは、見習い時代に見慣れたデザインの部屋だ。ベッドとテーブルとイスだけの殺風景さ。


「此方が宿舎の部屋です。護衛は隣の部屋をお使いください。朝課は六時からですので、寝坊なさいませんよう」

「……はーい」

 チッ、ここでも朝課があるのか。朝っぱらから聖句聞いてると眠くなるんだよなぁ。やっぱり旅の間は宿を使うことを検討しよう。俺の貯金、今いくらだっけ?


「この後、浄化結界のお仕事をお願いします」

「えー、ルイ、もう疲れちゃったぁ」

「村からここまで僅か一時間の距離ですよね? お疲れになったのは、街中ではしゃいだからでは?」

「ま、まさか、あなたは伝説の千里眼の持ち主……!?」

「経験からの推測です」

「え、マトリックスも仕事したくなくて街中ではしゃいだことがあるの?」

「そちらの経験ではありません。辺境の村からやってくる浄化師に対応してきた経験です」

「やっぱり浄化師みんな仕事したくないよねー。超分かる」

「あなたは過去一の怠け具合です。思考と行動が遥か斜め下に向かっていますね」

「斜め下過ぎてもう地中に埋まってるのかもしれない……。うっ、起き上がれない……」

 ベッドに倒れこんでみた。マトリックスの反応がない。そろりと視線を向けると、鉄壁の微笑み。視線がぶつかり合って沈黙の時が流れる。


「……ルイ、そろそろ諦めなって。給料分の仕事はしろよ」

「ランディ、人には時に諦めてはならない瞬間があるんだ」

「少なくともそれは今じゃねぇな」

「ブルータス、お前もか!?」

「ブルータス、イズ、誰?」

 なんとランディはブルータスを知らないらしい。これは有名な文言だぞ。ちなみに、「ブルータス、お前もか!?」を意訳すると、「裏切り者!」である。一つ勉強になったな。


「さて、仕事に励むとするか」

「急なやる気。よく分からんが、頑張れ」

「では、此方へ」

 また移動しないといけないなら、何で一度宿舎に連れてきたの? マトリックスが重い荷物を置きたかっただけなんじゃない?

 不満を呟きながら歩いていたが、後ろの気配が動かないことに気づいた。


「ランディ、何してるんだ? 早く行くぞ」

「聖教会内での護衛って俺の仕事じゃないんだよな~」

「……は?」

「んじゃ、次は夕飯の時な! お休み!」

 憎たらしいくらい良い笑顔のランディ。俺は涙目。


「嘘だろ! 何で俺だけが仕事なんだ!?」

「職務が違うんだからそんなもんだろ」

「さあ、ルイ様、お早く」

「う、そ、だ、ろぉおぉー!!」

 これがドップラー効果。せいぜい耳を痛めるがいい。ランディよりも先に、俺の手を引っ張ってるマトリックスの方が耳をやられそうだけど。

 俺? 俺は自分の声に慣れてるから。


「うるさいです」

「いってえっ! なんで叩いた? ねぇなんで!?」

 マトリックスの突然の暴挙に断固として抗議する!


「ああ、目覚まし時計かと」

「明らかに違うよね? これ体罰よ? 訴えたら勝つる」

「では、私はあなたの職務怠慢を涙ながらに訴えますね」

「泣くのはズルいぃ。見かけによらず演技派か……! お、俺にも、玉ねぎさえあれば……!」

 そのクールな顔で泣くのか。ちょっと見てみたい。


「はーい、此方ですよ~。いっちに、いっちに、はいはい、良い子ですね~」

「……ねぇ、俺のこといくつだと思ってる?」

「見た目マイナス十五歳ですかね」

「……赤ちゃんじゃん! それじゃ、まだ立てるかどうかの赤ちゃんだよ!」

「はいはい、バブバブ言ってないで行きますよ。ハイハイして行きますか?」

「斬新な赤ちゃんプレイやだぁあ! 俺にだって、羞恥ってもんがあるんだぁあ!」



 拝啓 ランディ殿


 ご報告のためふみをしたためました。あなたは俺に羞恥の概念がないと言いましたが、俺にもあったようです。羞恥って人が無くしてはならないものだったのですね。ルイは一つ賢くなりました。


 あなたは今頃のびのびとお休みのことと思います。あなたのことを思って、俺は深夜二時に聖教会の裏手の大木に行くつもりです。そのために麦藁むぎわらを束ねて可愛らしい人形を作っています。この人形を大木に釘で打ち付けることで、俺の望みが叶うはずなのです。どうか今しばらくのご休息をお楽しみくださいませ。


 浄化結界の仕事がめんどくさくて、不貞腐れ度マックスのルイより心を込めて――


 敬具


「覚えてろよ、こんにゃろー! 俺より先に休息とりやがって!!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る