4.予定外の使い道

「うんとこしょ、どっこいしょ。……ふぅ、これがサンタクロースの気分ってヤツですね。いつか貴方に出会ったら、その苦労を分かち合いたいと思う、今日この頃」

「……一人で喋って何を運んでるんだ?」

「お、ランディ、おっはようござりんす」

「ござりんす? また変な語尾つけてるな」

 夜中の内職で出来上がった物を布で包んで運んでいたら、快適睡眠で気分爽快リフレッシュされたランディと出会った。ベストタイミング!


「これから街に行くよ! 下僕しもべよ、これを運びたまえ!」

「街に行く際の俺は護衛なので、万が一の場合に備えて両手を塞ぐ行為は禁止されております。またのご利用をお待ちしております」

「ムキーッ! 丁寧なお断り文言は逆に腹立つヤツ!」

「それはそうと、顔色悪いぞ。何だよ、その目の下の隈。枕変わったら眠れないほどの繊細さがお前にあったのか?」

 そんなに言うほどひどいのか?


 担いでいた荷物を一旦下ろして、頬っぺたをペタペタ。お肌ツルッツルや! これが若さ!


 何故かランディがため息をつき、手鏡を差し出してきたので、遠慮なく奪い取る。

 手鏡持ち歩くとか、美容男子か? それとも、いつでも自分の顔を眺めていたいナルシストか? 自分自身に惚れても満たされないぞ。

 ナルシストの語源であるナルキッソスは自分に惚れた末に水仙になったらしい。……なんで水仙なの? 花縛りで来世を語るなら、俺はダリアになりたい!


「うっひょおぉ! これがゾンビ! 見た人みんなが恐怖で顔を歪めること間違いなし! ちょっと待ってて。みらくるめーくあっぷしてくる!」

「ミラクルメーキャップな。発音悪すぎて意味が分かりにくい。英語使うの諦めろ」

「ばっと、あい、りじぇくと!」

 バビュンと部屋に戻って大改造してくるぞ。


***


「化粧って、怖……」

「ふはは、これぞめーくあっぷの力。女の子はこれで大変身できちゃうんだぞ。ぬいぐるみが魔法の力で大怪獣に変貌しても、まじかるキックで一撃さ!」

「何の話??」

「ぬいぐるみって怖いよねって話」

「確実に違うよな??」


 俺の変わりように大混乱のランディ。

 化粧は偉大だけど、そのせいで女は早起きが宿命付けられている。頑張ってる女の子を褒め称えろ! 素っぴん見て別人とか嘆くのは最大の禁忌! 素っぴん美女はそのメンテナンスに化粧以上の時間と金がつぎ込まれているんだぜ! これはたぶん偏見。


「やって来ました、大都会!」

「ここ、辺境の街だし、昨日から滞在してるけどな」

「辺境の村からしたら大都会じゃないか! 大都会という概念は常に更新されていくものだぞ?」

「大都会は概念だったのか……?」


 ランディを連れて街中を歩いているのだが、何故そんなに距離をとっているのか。あれか? 思春期にありがちな、「つ、付き合ってるわけじゃないんだからね! 方向が一緒なだけなんだからっ!」っていう、ストーカー寄りツンデレ思想か?


「もっとこっちに寄りたまえ。広がって歩いたら他の歩行者の迷惑になるだろう?」

「その正論は、幅をとる荷物担いでる人間が言うことじゃねぇな」

「マジこれ邪魔。早く手放したい」

「そもそも、それ何?」

「ふはは、それを今聞いて後悔しないか!?」

「既にお前と一緒にいることを後悔してるから、たぶん変わらん」

 もっとウキウキうぉーきんぐしよう? とりあえず、中身はまだ内緒にする。


「どこに向かってるんだ? こっちには菓子屋無さそうだぞ?」

「俺が菓子屋にしか行かないと思ったら大間違いだぞ。質屋にこれを入れて金を得なければ、菓子を買う金がない!」

「お前、どんだけ散財したの?」

「貯金はあるんだ……。手持ちの金が無いだけなんだ……。マトリックスが通せんぼして、金をおろすの邪魔するからぁ……」

「グッジョブ、マトリックスさん」

 そんなわけで、俺はマトリックスに聞いた質屋に向かっているのだ。いくらになるかな、かなっかな~。


「お、貧乏人じゃん、お前まともな服着れねぇの?」

「ヤベー、何これ、破けたところに違う布つけてんじゃん。貧乏人のお洒落かな? 俺には理解できないセンスだわ~」

「なぁ、お前んち、借金取りが日参するんだろ? 金を借りたら返しましょうって知らねぇの?」

「……ぅ……」

「なに泣いてんだよ、きったねぇ!」

 下品な笑い声と微かな泣き声。幼い声だからこそ、感じる不快感はさらに増す。


「やっべぇ、こんな街の片隅で繰り広げられる経済格差。ヤンキーの風上にも置けぬ下品な振る舞いをあの歳頃でマスターするとは、少年たち侮れぬ」

「どういう感想だよ。俺、ちょっと止めてくるから、お前はここで待ってろ」

「まあまあ待ちたまえ。子どものやり取りに正義漢ぶって割り込んでも『ウッセェ、ジジイ、すっこんでろ!』って言われるだけだぞ」

「他の奴らみたいに見て見ぬふりしろって言うのかよ!?」

 これくらいで怒るとか、ランディはカルシウムが足りてないんじゃない? あおり耐性低いと、子どもと同等の言い合いをすることになるぞ。


 そして、ランディの言葉を聞いて足早に立ち去る大人たち。情けなくて惨めにならんの? 大人なら子どもを守ろうぜ。まあ、命を懸けて、とは言わんがな。


「俺に良い案がある。まずは黙ってこの布で俺を隠せ。変身シーンで裸が隠されるのはアニメとマンガだけ。そして、俺は露出狂になるつもりはない!」

「は? お前、ついに変態になるのか?」

 ドン引きしているランディの手に布を押し付ける。その布に包まれていたものを颯爽と服の上から被った。サービスシーンなんて存在しないよ? しっかりフードも被って、俺の渾身こんしん作で顔を隠す。


「……は?」

「うぅ、やっぱりモサモサするしチクチクする。これは改善の余地あり。まあ、この後質屋に売っぱらう予定だが」

「嘘だろ……、なんだよそれ……」

 ランディが絶望の表情を見せている。ムンクの叫びまであと一歩だね。


「よし、行ってくる」

「なんで……、なんでその格好で、そんなに平常心を保てるんだ……? 今ほどお前の精神構造を理解したくない気持ちになったことはない」

「理解したくないんかいっ!? もっと俺に関心持てよ!」

「理解したら同類認識されそうで、心の底から嫌だ」

 急激に痩せて見えるランディ。過激なダイエットは体を壊すぞ。

 そして、俺の周りで呆然と口を開ける人間ども。なんと平和ボケしていることか……! 叫べ、声の限りに叫んで逃げ出すのだ!


「さて、このくらいの距離から行くか」

「……少年たち、もうこっち見てるけどな」

 あら、本当。綺麗に決めた格好で、餌を貰う雛鳥のように口を開ける姿は滑稽こっけいで可愛らしい。


「大きく口を開けまして――」

「口見えないけどな」

「ドス低い大声で叫びます。さあ、皆さんご唱和ください」

「俺は絶対言わないぞ?」

 何でやねん。言えよ。


「悪いごはいねぇがぁあー!!」

「っ、ヒィ!! 化け物だー! 化け物が出たぞー! 警邏隊けいらたいを呼べー!!」

「ギャアッ、食われる! ぼく、食べられちゃう……!」

「ま、ママー!! 助けてー!」

 愉快愉快。散り散りに逃げていく少年たちを追いかけようとしたら、肩を掴まれて強制停止。チッ、ランディ、ここは俺に任せて、先に行けー!


「変態とストーカー、どっちで捕まりたい?」

「何でやねん。なんで究極の二択を突きつけられとるん?」

 振り向いた先の真顔のランディが最初に示したのは、驚きすぎて涙が止まっている少女。次に示したのは周りにいる街の民。手に持っているのは警邏隊を呼ぶための笛かな?


「いやぁ、ちょっと脅かして謝らせようと思っただけなんですけどね~。もう! ルイったらやり過ぎちゃった!」

 被っていたものを全部取って、ぶりっ子笑顔を振り撒くと、如実にょじつに態度が変わる民たちよ。タダで美少女の笑顔を拝めたことを感謝せよ!


「お姉ちゃん、化け物から脱皮したの……?」

「脱皮じゃねぇよ!?」

「ヒッ」

「あ、しまった。めんごめんご。お姉様はあの少年たちを追い払うためにこれを被っていただけだよ~。怖くないよ~」

 ついいつものノリで言ったら怯えさせてしまった。少女のひきつった顔はご褒、げふっ。……ランディよ、絶妙な叩き具合が癖になりそうだわ。俺の思考を読むの日に日に上手くなるね。同類認識される日も近そうで、俺は嬉しいぞ。


「自分のこと、お姉様って呼ばせるのそろそろやめねぇ?」

「お姉さま……、私を助けてくれたの……?」

「君も、抵抗なくお姉様呼びを受け入れちゃうの? 変だと思うのは俺だけ?」

「お姉様、君を助けるために頑張っちゃった」

「え、スルー? 俺、空気?」

「お姉さま……! ありがとう!」

 少女の笑顔はプライスレス。その笑顔を貰えただけで、お姉様嬉しいわ。

 ランディは何故か壁際でキノコを育て始めている。俺、その趣味は応援できないわ。収穫量に対して湿度の不快感が見合わなそうなんだもの。


「必殺、扇風機型乾燥機!」

「やめて? 腕振り回すの危ないからな?」

 う、腕が……、腕が取れそうだぜ……。


 俺たちのやり取りを見ていた少女が花のような笑みを浮かべた。子どもの笑顔は本当に癒されるね。国の宝だよ。


 いやー、夜中の人形作りで、思った以上に藁が余ったから作ってみたんだけど、この鬼っぽい仮装が活躍する時がくるとは、人生分からないもんだなぁ。

 人を呪わば穴二つって言うけど、この善行で相殺されたってことでいいよね!

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