2.旅へ出発!

「このみ~ち~、どこま~で~い~く~の~」

 ぽかぽか陽気はテンション上がるね。つい大声で歌っちゃうよ。


「……楽しそうだけど、ちゃんと浄化してんのか? 突然穢れに襲われるなんてこと、ないよな?」

「もーまんたい! のーぷろぐらむ!」

「それを言うなら、ノープロブレムな。無計画じゃダメだろ」

 うっせぇ、こまけぇな!


「……このさ~き~、すすむ~よ~」

「歌って誤魔化すなよ……」


 ポクポク、ポクポク。ゴトン、ゴトン。


 俺とランディを乗せた馬車は長閑な音とともに順調に進んでいた。生まれ育った村から一番近い街がとりあえずの目的地だ。

 そこに着けば聖教会が用意した旅道具を手に入れられる。「村まで持ってこいよ!」と要求できないのが、辺境の村の小さな聖教会育ちの俺の小心さ加減を示している。巨大組織の末端、雇われ者はつらたん。


「歌うことにも意味がある」

「急にキリッとした顔して、どうした?」

「歌うことにも意味がある」

「何故二回言った⁉」

 暇だからだ。ランディは揶揄やゆしがいがあって楽しい。


「俺も手綱握ってみたい」

「え? 歌うことの意味は? あと、手綱は絶対渡さないぞ。ルイ、絶対変なことするだろ」

「何故分かった」

「分からいでか」

「何語?」

「……俺語? 分からないはずがないだろって意味。え、これ、標準語じゃないの。まさか伝わらない?」

 知らん。が、あまり興味もない。


「あお~いそ~らのことりさん~、いっしょにとべたらいいのにな~」

「何故また歌った? しかも地獄の低音ボイス! 今って俺との会話中じゃないの?」

「歌うことにも意味がある」

「それ三回目! だから、その意味を教えろって!」

 ランディってば、欲しがりさんなんだから。


「スッゲェ気色悪い波動を感知したんだけど⁉」

「歌うことにも意味がある」

「四回目! なんなの、お前、RPGの村人なの? 定型文しか返せない的な?」

「始まりの村を後にした勇者たち。彼らに待ち受ける艱難辛苦かんなんしんくとは――⁉」

「急にプロローグ始めないで⁉ しかも不吉! 俺らの村、始まりの村なんて陳腐な名前じゃないから。ウエストニアシーオブキングヘヴン村だから」

「俺は前々から思っていた。あの村、名前が長い上に仰々し過ぎない? なんであんな辺境の村にキングとかヘヴンとか入っちゃってんの?」

「それを言っちゃあ、おしまいよ……」

「何が終わったのか分かんないけど、俺はこれからあの村を始まりの村と呼ぶことにした」

「……いいけどさ」


 ポクポク、ポクポク。ゴトン、ゴトン。


「たいよ~は~、まぶし~い~よ~」

「幌付けるか?」

「ついにツッコまなくなったな」

「いや、マジで暑そうだから」

 ランディが苦笑して馬車を止め、外していた幌を付けてくれた。日陰って偉大。


「るいは『ほろ』をつかった! HPとMPがわずかにかいふくした!」

「正確に言えば使ったの俺な。いや、お前が使ったって言うのも間違いではないか……?」

 首を傾げるランディが馬車に乗り込み手綱を握るのを見ながら足を揺らす。馬車が動き出してさらに揺れる。


「ゆ~れ~る~、ゆ~らゆ~ら~、ゆ~れ~る~」

「また歌うの、結局なんでだよ……」

「歌うことにも意味がある」

「何回目?」

「……五回目?」

「ファイナルアンサー?」

「ふぁ、ふぁいなるあんさー」

「………………」

 え、間違ってた?


「…………正解!」

「やったぁ! ……って、何でやねんっ! いつからクイズやってんねんっ!」

「あははっ」

「むっすー、ルイ拗ねちゃったんだから」

「気色悪っ」

 俺様キレちゃったぜ。だから暴露しちゃうぜ。


「歌うことにも意味がある」

「いや、だから何回言うんだっつうの……」

「俺は浄化の力を声に込められる」

「……は?」

「つまり、歌うことで俺たちは穢れから守られていたのだ。これが、おーとばりあ!」

「……とりあえず、歌って?」

「ランディ君がぁ、歌う度にツッコんでくるからぁ、るい、やる気なくしちゃったぁ」

「よっ、歌姫! 俺、歌姫の歌声聴きたいな~」

「だが、ことわるっ」

「なんで? お仕事しよう?」


 確かに街道の浄化も仕事の内。まだ今月分のお給料いただいていないけど。

 お給料貰ったらお菓子買うんだ~。街には村よりもたくさん美味しいものあるはずだし、楽しみだなぁ。


「――っ、黙ってしまっていた! 穢れが寄ってくる!」

「……声に浄化の力を込められるってことは、歌じゃなくて会話でも良くないか?」

「そやで?」

「おめぇ、歌姫なんかじゃねぇや。売れない芸人だ」

「なんでそないなこと言うん? うちがなにしたって言うねん」

「下手な関西弁は敵を作るぞ?」

「人はもっと寛容に生きるべきだと思う!」

「そのキリッとした顔やめて? 無性にイラッとするから」

「ランディはもっと寛容に生きるべきだと思う!」

「人が殺意を抱く瞬間ってこういうことなのかぁ」

 こわっ。俺が死ぬときはダイイング・メッセージを残そうと思う。『たぬきだよ、はたたんたにんはらたんたでぃ』って。これじゃあ、暗号か?


 ポクポク、ポクポク。ゴトン、ゴトン。ガタッ。


「ランディ、なんか落ちた」

「なんで俺に報告するんだ? ルイの両手はなんなのかな?」

「両手だよ?」

「知ってるよ?」

 俺の両手は暇するので忙しいのだ。だが、ランディの両手も忙しそうなので、仕方なく後ろの荷物置き場を振り返ってみる。

 何が落ちたのかなぁ。できれば手を使いたくないなぁ。


「……あ、俺の本か。あれ神父に押しつけられただけだし、転がしてていいや」

「それ、聖書という名の本では?」

「そうだよ?」

「不信心だな?」

「俺は日本にいたときから無宗教という名の多神教主義者だよ?」

「日本人、そういうとこあるよな~」

「あるよね~。お寺行って神社も行って、何ならトイレにも神様居たりするよね~」

「するよな~。……その理論で言うと、聖書拾うべきでは?」

「そう言えなくもないね」


 森に挟まれた一本道の街道は、ずっと景色が変わらなくてつまらない。遠くの方に見える街の壁が全然近くならないのは何故だろう。


「ねぇ、ランディ、これって歩いた方が速くない?」

「この子、馬じゃなくてロバですしおすし」

「……寿司食いてぇなぁ」

「ロバも頑張っているんだ。普段野菜しか運んでないのに、急に人間を二人と荷物を乗せた荷馬車を引っ張って、頑張っているんだ」

「むしろ、どっちか降りて歩くべきでは? ロバ可哀想すぎない?」

「それは俺も思ってた」

「……じゃーんけーん、ポン」

「ポン!」

「今の完全に後だしじゃない?」

「勝った」

 負けた。

 さあ、歩きますか。村から街まで歩いて一時間の距離だって神父が言ってた。日本の山奥暮らしの脚力ナメんなよ。生まれ変わって体力引き継いでないけど。


「やってやるぜ~」

「……やっぱ交代。女の子歩かせて、ロバが引く荷馬車に乗ってる俺、極悪人じゃん」

「ふはは、奴隷商人に間違われてひったてられるといい!」

「マジであり得るからやめよ?」

「マジ論言うと、ロバと荷馬車の奴隷商人とか、貧乏すぎてあり得なくない?」

「……確かに。まあ、俺も歩く」


 二人で歩きだしたら、ロバがとても嬉しそうに笑った気がした。今まで滅茶苦茶重くてごめんね?



***



「こ~んに~ち~はぁあ~」

 いいビブラートでた気がする!


「こ、こんにちは……?」

「ルイ、門衛さん困らすのはやめよ? ミュージカル調とか絶対伝わってないから」

「こんにちは! 始まりの村から来たルイです!」

「は、始まりの村……?」

「設定上の名前言うのもやめよ? 公式の場だからな、ここ」

 正直すまんかった。これが出来心。ようやく街に着いた安心感から、ついね。

 動揺しつつも身分証を求めてくる門衛さんの仕事人感、推せる。だから、これ以上困らせないように振る舞うぞ。


「浄化師っす。浄化の旅路のために立ち寄ったっす。連絡は入ってると思うっす」

「は、はぁ……、確かに、聖教会よりご連絡いただいております。そちらは護衛のランディですね?」

「どうも、護衛のランディです。これ、冒険者の身分証」

「お預かりします」

 門衛とランディがやり取りをしている。暇よのぉ。


 見上げた門の上。猫がじろりと見下ろしてきていた。何やねん、ガンつけとんのか、われ。


「かわいいネコ様ですにゃん。にゃんにゃにゃにゃん?」

「気色悪いことやめて差し上げろ。ほら、許可でたから入るぞ」

「門衛さん、あざっす」

「ど、どうぞ……」

 終始戸惑い気味の門衛さんである。こんな変人なかなかいなかろう? いい経験できたね。


「さあ、いざ行かん、街の中!!」

「恥ずかしいから大声やめて!」

 このくらいで不審者見る目するとか、街の人冷たすぎん? 心が凍ってるんか? 村人の温かさ見習おうぜ。もっと人は寛容に生きるべきだ!


「今、俺、お前と他人を貫きたい」

「ランディはもっと寛容に生きるべきだと思う!」

「俺十分寛容だと思うよ?」

「そうだね?」

「分かってるなら自重しろ」

「それができるなら苦労しないよ」

「お前って、口から生まれたの」

「マジレスすると、足からだよ」

「逆子じゃん」

「マジ母ちゃん頑張った。たぶん俺、腹ん中でも落ち着いてなかったと思う」

「だろうな」

「……だろうなって、ランディは俺の何を知ってるんだ?」

「生まれてから今までのお前だよ」

「ヤベー、めっちゃ知ってるじゃん。さすが同じ産婆の家に集められた妊婦から、同じ日に生まれた兄弟よ!」

「マジレスすると、兄弟ではないよ? そもそもお前女」

「お姉様と呼びたまえ!」

「だが、断る!」

 なんでや。お姉様、いくない? 俺お姉様ほしいよ? 兄貴はのーさんきゅー。


 なお、この会話の最中、俺もランディも真顔である。淡々と言葉を交わす俺たちって、端から見るとどんな関係だと思われるんだろう。気になるけど、これはきっとパンドラの箱。開けたところで、詰まっているのは不安と絶望とひとつまみの希望だけ。


「お! そこのお兄さん、飴ちゃん一つくんなまし!」

「くんなまし……? お前、そろそろ話し方統一した方がいいよ?」

 ランディは何故かため息をついているけれど、半銅貨一枚で飴ちゃんたくさん貰えたから気分はハッピー。美少女はお得ですなぁ。だからと言ってニヤニヤ見るのは許しまへんぞ、屋台のお兄さん。

 そそくさと屋台から退避。飴ちゃんを口に入れて気分転換なり。


「これ、マジ砂糖」

「それ、美味しいって感情入ってる?」

「外に置かれるゴミ用ポリバケツ一杯分くらい入ってる」

「……それ、本当に美味しいって感情入ってる? マジ臭そう」

「あれだな。子どもの頃の理科の実験思い出すね」

「……鼈甲飴べっこうあめか。それなら普通に食えそう」

「どこからどう見ても普通に食ってるだろ?」

「お前の無表情は信用できないから」

 横から手を出したランディに飴ちゃんを分け与える。手のひらに山積みされて慌てるがいい! 俺はもう食わんからな!


「っ、おい! お前、絶対口に合わなかったんだろ!?」

「ルイってば、ほんと慈悲深くて困っちゃうなぁ」

「ぶりっ子すんな!」

 文句言いながらもバリボリ食ってくれるランディはマジ優しさプライスレス。

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