1.生まれ育った村

「ルイお姉様、こんにちは! これ、私たちが作ったクッキーよ。食べてくれるかしら?」

「もちろん、ありがたくいただくよ!」


 満面の笑みで黄色い歓声をあげて去っていく少女たちを見送る。彼女たちは俺より二つ年上の織姫グループだ。

 なぜ織姫かって? 綿花栽培とその加工品の販売が主な産業になっているこの村で、紡いだ綿糸で綿布を織り、衣服や小物類を作る仕事に従事しているお嬢さんたちだからだ。この村で最も重要な収入源を担う女性には敬意を持って接しなければ。


 織姫グループに渡されたクッキーは、紙に包まれた後に端切れらしき綿布で可愛らしく包装されていた。そこに白い百合の刺繍があしらわれているのは何故なのか。俺にプレゼントを渡してくれる女性は皆この刺繍を刺して渡してくる。

 異世界との文化交流の末に情報の取り違えが起こっている気がする。「ごきげんよう」とか言った方がいいのか?

 俺は白い百合も好きだが、ダリアの方がいい。一輪で様になる色鮮やかな花は、王者のような風格が感じられてカッコいいと思う。


「ルイ、お前なんで、年上からお姉様と呼ばれることに疑問を持たないんだ……?」

 織姫グループに存在をスルーされたせいか、微妙な表情をしているのは、幼馴染みのランディだ。

 モテぬ男のひがみは見苦しいのぉ。


「村の女性の多くが俺をお姉様と呼ぶ。ならば、俺はきっと職業:お姉様なのだ。そこに年齢は関係ないだろう?」

「職業:お姉様……? いつからそんなヘンテコな職業になったんだ。お前は浄化師だろ」

「お姉様兼浄化師だ!」

「それじゃ本業がお姉様になっちまうだろうが。もっと浄化師の仕事に誇りを持て!」

「なんでランディが怒るんだ……?」


 分からん。浄化師になるのは拒否権もなかったし、安定した職業だから不満もなかったが、笑顔一つで菓子を貰えるお姉様の方が俺の中では好ましい職だ。


「はぁ、やってられねぇ。なんでこいつはこんなヤツなんだ……」

 失礼なやつだ。だが、俺は優しい人間なので、こいつの心の内の望みをちゃんと叶えてやるぞ。


「クッキーを貰えなかったのが悔しいんだな。俺が貰ったものだが、このクッキーを一緒に食べようじゃないか」

「ちげーよっ。俺の言葉、変な受け取り方するんじゃねえ!」

「元気なランディだなぁ」

「庭を駆け回ってる飼い犬眺める目、やめろ!」

 いちいち要求の多い男である。仕方ないから、クッキーは四分の一を分けてやろう。


「さぁ、いざ帰らん、聖教会!」

「急にスキップしだすのやめろ! 周りの目が恥ずいだろうが!」


 村一番の大通りは微笑ましげな眼差しであふれていた。穏やかな気候に長閑のどかな鳥のさえずり。美味しいお菓子も手に入れた。

 今日もかな、善き善き哉。



***



 聖教会内の俺の部屋。

 包みを丁寧に解いて、クッキーを分ける。俺に六枚、ランディに一枚。入っていたのが七枚だったのだから仕方ない。


「……お前もそろそろ十六歳だろ」

 いかにもその通り。分かっているから、紅茶を注ぎながらジト目をするのやめい。あと、俺の分の紅茶、少なくない? スプーン一杯分かな?


「この先どうするか決めてんの? お前さ、見た目スタイルのいい美少女なんだから、黙ってれば良い嫁ぎ先見つかるだろ」

「そう、俺は美しい。この銀の髪、碧の瞳。まるでアニメの世界から飛び出してきたかのような存在!」

「……黙ってても動きが変人だからダメだな」

 失礼な。折角舞台女優っぽく振る舞ってみたのに。


 上げていた腕を下ろしてクッキーを摘まむ。口に放り込めば、サックリホロリと崩れるほのかな甘さの愛の塊。愛の重さが喉を通り腹におさまる。俺はこの愛があれば生きていける。


「そういうランディはどうするつもりなんだ。俺はこの先も浄化師として生きていけるが、お前は冒険者だろ? この辺じゃ、敵のレベルも得られる収入も物足りないんじゃないか?」

「……分かってるよ。だから聞いてんだろうが」

 ふーん? なるほどなるほど。はい、分からん。なんで俺の将来がランディの将来に関係あるんだ。

 ランディは、俺のお目付け役というか護衛役をしている。だが、それは俺の浄化師見習い期間中だけのものだ。聖教会からの依頼を受けて護衛をしているだけなのだ。


「あー、くそっ。この先お前が浄化の旅路に出るなら、俺が付き合ってやろうかって言ってんの!」

「いや、確実にそんなこと言ってなかったと思うが」

「しっかり言葉の裏を読め!」

「言葉に表も裏もない。あるのは良いか悪いかだけだ」

「それはそう……か?」


 ランディは首を傾げて真剣に考えていた。俺、ノリで言っただけなんだが。

 暇なのでランディの顔をじっくりと眺める。

 焦げ茶の髪と目。顔の造作は悪くない。冒険者としての腕も一級品……とまではいかないが、それなりに良い方だろう。堅実な性格は世の女性に対してなかなかウケの良いアピールポイントじゃなかろうか。依頼の多い街に定住して冒険者として活躍し、そう遠くない未来で温かな家庭を築いている姿が簡単に想像できる。


 対して俺は、先にも述べた通り銀髪碧眼。日本人的要素なんてこれっぽっちもない。

 ランディと俺は日本からの転生者という共通点はあるが、俺を見ても郷愁の念を慰めることはできなかろう。何故にランディは俺と共に浄化の旅路に赴こうと言うのか。


 ちなみに、浄化の旅路とは一種の布教の旅だ。神の教えを伝えると共に、各地を巡って土地の浄化を行う。

 この世界では、生まれながらに浄化の能力を持った者は聖教会によって管理され、余程特別な事情がなければ浄化師になるのだと決められている。

 十六歳程度までは生まれ育った場所で見習いとして働くのだが、それを過ぎて正式に浄化師となるには浄化の旅路を行う必要がある。

 浄化の旅路には明確な期間は決められておらず、一週間で終える者もいれば、生涯続ける者もいるらしい。旅路に出る日に浄化師証を受け取るから、旅路に出る決意さえ固まればほぼ既に浄化師だ。


「俺は浄化の旅路に出るが、護衛役は聖教会が雇うものだと思っていた」

「そりゃ、雇い主は聖教会だが、浄化師には護衛推薦権ってのがあってな?」

 ふむ。俺がランディを推薦すれば、このまま護衛を継続してもらえるのか。初対面の奴に四六時中一緒にいられるのは躊躇いがあるのは確かだ。


「まあ、ルイが他の奴がいいって言うんなら――」

「いいぞ」

「……え?」

「旅立ち予定日の報告と共に、ランディを護衛に推薦しておこう」

「って、そっちかよ! 他の奴がいいって言ってんのかと思ったわっ!」

 何故顔を赤くして怒るのだ。怒っているくせに嬉しそうなのはなんなのだ。


「旅立ちの日は一週間後の予定だが、準備大丈夫か?」

「大丈夫じゃねーよ! なんなの、お前。なんでそんなに予定日近いの? さては、旅立つこと俺に言わずに去るつもりだったな!?」

 うるさい奴だ。

 最後のクッキーを口に放り込んで立ち上がる。さて、俺はそろそろ祈りの時間だ。給料分は働かなくては。


「親父たちに報告して、旅の物資集めてくるぞ! 親父たちは、俺がルイについて行くと元々思ってたはずだから、今さらかとか言われそうだけどな。なんか買い足しとくもんあるか?」

「ふむ。……綺麗な紙を買ってきてくれ」

「はあ? 何に使うんだよ」

「お嬢さんたちにお別れとお礼の言葉を贈ろうと思ってな」

「……お前、女性に対する十分の一でも、俺を気遣おうとか思わないか?」

「思わない!」

 おい、そこでため息をつくな。女性は守らなければならない存在だろう? そしてランディは、俺が守るほど弱くないだろう? 俺の考えおかしいか?


 俺から銀貨を受け取り、疲れたように丸まった背を向けて立ち去るランディを見送って、俺は暫く首を傾げて考えた。


 答えは出なかった。



***



「聖なる神の身許みもとに――」


 朗々と詠われる聖句を聞き流しながら、来週に迫った旅路に思いを馳せる。


 浄化師が浄化の旅路を行うのは、街道の安全確保のためだ。魔物が溢れるこの世界。危険なのは魔物だけでない。数多の殺傷の結果生まれるけがれも人々の生活を脅かしている。


 血が流れる地には穢れが生まれる。この世界の常識である。弱肉強食で成り立つ世の中で、血の流れない地なんてほとんどない。至るところで発生しては、生き物の命を奪っていく穢れを消し去ることができるのは、浄化の力を持つ者だけだった。


 ほとんどの街には浄化結界が敷かれている。それゆえに街中で穢れが生まれることは滅多にない。だが、多くの村や街道は浄化結界の範囲外で、毎年多くの人が穢れに襲われて命を落としていた。

 そのような被害者を少しでも減らすために、体力がある若い浄化師を旅に送り出し、村や街道周辺を浄化させる制度が、浄化の旅路だった。


「さて、一体どういう旅になるのかな? 聖教会勤めなんて退屈な仕事したくないし、旅が楽しくなるといいなぁ。……どこかに銃がないかなぁ」


 この世界の主たる武器は剣と槍、弓矢や投石。ファンタジーの定番である魔法っぽい物もあるらしいが、俺は見たことがない。それぐらい希少なものだった。銃は、と言えば――。


「そもそも火薬って概念ないからな。爆弾がないのは良いことだけど、銃……」

「ルイ? 真剣に祈っていますか?」

「もちろんです。神の慈悲への感謝は常々」

「よろしい。旅路まで一週間です。貴女がどれだけの期間旅路を続けるのか分かりませんが、祈りを忘れてはなりませんよ」

「はい、神父さま」


 真面目な風に取り繕ったまま、思考は未来へと羽ばたいていた。


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