三十話 おにぎり魔族

「もうっ! 見えなくなるまで離れないでくださいよルイス様! 常識をどこに置いてきたんですか貴方は!」

「悪い悪い。急がなきゃ黒幕に逃げられるかもしれないって思ったからな」


 一時ルイスを見失うまで置いてきぼりを喰らったプリマリアだったが、何とか遺跡前までたどり着きルイスに叱りつけた。ルイスはへらへらと軽い調子で謝った。


 遺跡は説明通り、複雑な構造を持つ建造物群であった。周囲には石造りらしき構造の朽ち果てた建物が立ち並んでいる。

 一際目を引くのは、ぼろぼろになった巨大な城のような建造物だ。外から見るかぎりでも壁が至る所で崩れ落ちておりもはや人の住めない状態ではある。それでも堂々としたその外観はある種の威圧感を醸し出していた。


 ……なんとなく三角形の意匠があらゆる場所で目に付いたり、米の香りが辺りの建造物の壁から匂っている気がするが……プリマリアは気づかないふりをした。


 そんな中、ルイスは周囲を怪しむような様子で警戒している。


「……気を付けろ、プリマリア。この周囲は危険な香りが強くなっている。思わず握りたくなるような香りだ」

「だから貴方の持ってる米の香りだってさっき言ったじゃないですか」

「いや。俺の持っている米とは微妙に品種が違う香りだ。そしてこの遺跡の香りとも違う。これはやはり……」


 ルイスは自分の持っている米とは違う香りを感じたようで、それを理由に警戒を強めているようだ。何故米の香りで警戒する必要があるのか、プリマリアは理解できない。




 だがその時。突如シュバッと言う風を切り裂く音が聞こえてきた。


「ぐっ……!」

「ルイス様っ!?」


 ルイスは苦痛に顔を歪め、右膝を抱え込む。プリマリアがルイスの右膝を見てみると、何か小さな矢で貫かれたような痛々しい傷があった。


「油断した……。右膝におにぎりを受けてしまった。これでは動くことができない!」

「……右膝におにぎりを受けるって何? おにぎりでそんな傷できます?」


 ルイスが言うには右膝におにぎりを受けて動けなくなってしまったらしい。こんな痛そうな傷がついてもおにぎりネタに固執するのか? とプリマリアは思った。


「おににに。どうやら私のテリトリーが人間達にバレてしまったようですね。ま、それも一興でしょう」


 先ほど風を切り裂く音が聞こえた方向から、声が聞こえてきた。二人がその方向を見ると、一人の細身の男がこちらに近づいてきていた。一見するとただの優しそうな男性であるが、二人は彼が人間ではないとすぐさま気づく。


「貴様は……上級おにぎり魔族か」

「その通り。私はおにぎり魔族四天王の一人、米のマイダ。この周囲に灰色おにぎりをばらまき、おにぎりピードを引き起こした黒幕です!」

「いや、おにぎり魔族って何なの一体? それにこの魔族、あっさり自分を黒幕だと明かしちゃってるし……」


 男はマイダと言う自身の名前を明かし、そして自分こそが今回のおにぎりピードの黒幕だとばらした。プリマリアは「おにぎり魔族」と言うとってつけたようにおにぎりと付いている種族名と、理由なく急に正体を明かす相手の態度に困惑している。


「おににに。我々おにぎり魔族は、世界をおにぎりで満たすのが目的の魔族。カオッカをおにぎりまみれにするため、この計画を進めていたのですよ」

「もう嫌ってほどおにぎりまみれだと思うんですがあの都市」

「いいえ、まだ不完全です! 人間の作るおにぎりは衰退しきって、今や土くれのような物ばかり出来上がる! だから灰色に汚れたおにぎりをカオッカに普及させ、私の天下を作るのですっ! おににに!」

「気持ちは分からなくもないですが、普及させたいんなら汚れてないおにぎり作ってくださいよ」

「おにぎりピードが都市を襲い、魔物達が持っていた灰色のおにぎりが話題を呼び、その後私が灰色おにぎりを直接販売して普及させる……その計画を、貴方達なぞに邪魔させてたまるかっ! お~にっにっにっに!」

「作戦が回りくどい……! そしてさっきから笑い声のキャラ付けが雑!」


 今回のおにぎりピード事件は、マイダが都市カオッカに灰色おにぎりを普及させるために仕掛けた計画だったようだ。が、作戦が回りくどかったり普及させようとしているおにぎりの出来が酷かったり笑い声が適当だったりとツッコミどころは多い。


「さぁ、貴方達は今ここでお死になさい! 『凍える風よ、わが前に吹き荒れよ……』」


 そんなツッコミどころ野郎のマイダだったが、彼は歪んだ笑みを浮かべながら呪文を詠唱し始める。そして辺り一帯は急に暗い雲に覆われ、何かが起こりそうな気配が立ち込める。


「! ルイス様、危ないっ! <<ライトシールド>>っ!」


 危険な状況を察知したプリマリアは、魔法を使用して自分とルイスの周りに光の幕を覆う。防御に徹した魔法のようだ。


「『そしてその風でおにぎりを運べ! <<おにぎりウィンド>>!』」


 プリマリアがライトシールドを発動させたのとほぼ同じタイミングで、マイダはおにぎりみたいなポーズを取った。そのポーズは三角形と米の香りを意識した、米魔法おにぎりウィンドの発動に欠かせないポーズ。第二回オニギリミー賞最優秀賞を受賞するほどのとても美しいポーズであった。[要出典]

 そして瞬間、空から大量の灰色おにぎりが降り注ぎルイスとプリマリアを襲いかかる! 先ほどプリマリアが張ったライトシールドに数多の灰色おにぎりがぶつかり、ガチンガチンと音をたてた。プリマリアがライトシールド越しに周囲を見ると、灰色おにぎりが降った余波で建造物の一部がガラガラと崩壊していた。見た目はかなりシュールだが、直接おにぎりに当たったらただでは済まない危険な魔法だとプリマリアでも理解した。


「くっ……。いろいろツッコミたい内容だけど、地味に強いのがなんか嫌!」

「おっにっに~。ライスシールドで防ごうとしても無駄ですよ。あなたが無詠唱で発動させた魔法ごときで、私のおにぎりウィンドは防ぎきれまい! ライスシールドと共に砕け散りなさい!」

「ライトシールドだって言ったでしょうにっ! なんでどいつもこいつも『ライト』と『ライス』の聞き分けができないの!?」


 プリマリアはライトを聞き取れない者の多さに腹立たしく思うも、マイダの言う通り無詠唱で咄嗟に作ったライトシールドでは耐えきれないと気づいていた。このままではライトシールドは砕けちり、二人とも大きなダメージを負うだろう。




「……プリマリア、聞いてくれ」

「なんですかルイス様。今シールドで忙しいんですから与太話は後でお願いします!」

「……大事な話なんだ」


 そんな中、怪我をしていたルイスが隣にいるプリマリアへと小声で話しかけた。大事な話と言われたら、プリマリアも聞くしかない。


「とっさに張ったお前のシールドは、おにぎりウィンドに耐え切れずもうすぐ砕けるだろう。だからその砕けた瞬間、俺があいつの前に出て攻勢をかける。お前はシールドが砕けるタイミングに合図をした後、下がっているんだ」

「ですがシチュエーションが変とは言え右膝を負傷してましたよね? ルイス様は上手く動けないのでは?」

「一回だけなら<<おにぎり縮地>>で動けるだろう。だが、それを含めても危険な賭けだ」

「なんか縮地が無駄に便利ですね……まぁ、分かりました。砕けそうになったら合図します」


 ルイスはシールドが砕けた際の作戦を立てる。縮地の便利な使われ方が少し気になるものの、ルイスの勇者としての能力無しではこのピンチを切り抜けられない。プリマリアはその作戦に従う事にした。


「……プリマリア。もう一つ頼みがある」


 ルイスは言葉を続ける。プリマリアはもう少しシールド張りに集中したいので、ややぶっきらぼうに返事する。


「なんですか、頼みって」

「もし俺が死んだら、俺やあの時の約束を忘れて新しい生き方を探すんだ」

「えっ……」


 ルイスが言い放った言葉は、自分が死んだ後についてだった。ルイスを忘れて新しい生き方を探せと、突然そんな事を言われたプリマリアは戸惑った表情を浮かべてしまう。


「何言ってるんですか、貴方が死ぬだなんて……」

「お前は過去の俺に固執している。俺がアミュレットを砕いても、お前の食べたかった食材をおにぎりにしても、そばにい続けたくらい強い固執だ。だからおにぎり狂いになった俺でも、死ねばお前は生き方に迷うかもしれない」

「……」

「だが、そんな過去の事なんか気にしなくていい。俺の事をいちいち気にしていたら、身が持たなくなるぞ?」

「ルイス様……」


 切ない表情を浮かべるプリマリアに対し、ルイスは真剣な目つきで諭すように語り掛ける。シリアスな雰囲気になると毎回見せる、例の真剣な目つきだった。


「プリマリア。もっとおおらかに生きてくれ。俺が死んだら最初はつらいかもしれないが……そのうち、生きるのが楽しくなる『何か』が見つかるはずだ」


 そしてルイスはプリマリアに、千年前の別れ際に見せたようなあのほほ笑みを浮かべる。ルイスの台詞はなんとなくどっかで聞き覚えがある気もするが、それが逆にプリマリアの心へと深く刺さる事になる。


「……ルイス様」

「なんだいプリマリア」

「こんな馬鹿げた場面で死んだりしないでください。貴方にはまだ伝えたい思いが沢山あるのですから」


 プリマリアはこれまでのルイスの糞馬鹿ムーブを全て許してしまいそうなほど柔らかな表情で言葉を返す。どうやらルイスの言葉がとても胸に響いたらしい。


「そうだな。俺はプリマリアのために、まだ死ねない。さっきの話は忘れてくれ」

「もう。ルイス様ったら……」


 そしてルイスとプリマリアの間に、初めて会った時のような不思議な温かさが戻ってきた。どうやらシリアスな恋愛展開の流れに入ったため、今までの許されがたいトンチキが押し流されてしまったようだ。ちょっと怖いね。




 作戦が決まり、少し時間が経つ。

 プリマリアはライトシールドを展開させ続けている。その上でシールドが崩壊するタイミングがいつなのかを、目視で見計らっていた。その表情は少し緊張した面持ちである。

 そしてその隣のルイスは剣を持っていつでも動けるように準備をしている。剣以前見たおにぎり柄のダサい奴ではなく、シンプルかつ美しい、丁寧に手入れされたロングソード。どうやらルイスも今回は真面目に相手を倒すつもりのようだ。


 ……そして、その時がついにやってくる。灰色おにぎりの飛来に耐え続けてきたライトシールドに、ひびが入ったのだ。


「今です、ルイス様!」

「分かった! <<おにぎり縮地>>!」


 そしてプリマリアが叫ぶと同時に、ルイスはおにぎりを口にくわえて駆け出す。その瞬間、ライトシールドは砕け散った。


「うおおおおおおおっ!」


 ルイスはおにぎりを口にくわえているにも関わらず雄叫びを上げる。そして彼は剣を手にしながらマイダへと素早く近づいた!


「おっにっに! そんな小細工しても無駄ですよっ!」


 空から飛来する灰色おにぎりを華麗に避けながら、ルイスはマイダを切り付けた。だがマイダはルイスの渾身の攻撃をかわしてしまう。

 そしてマイダはルイスのすぐ近くへと素早く寄り、手刀を使ってルイスの懐を……貫いた!


「る、ルイス様ぁーっ!」


 ルイスの命令通りその場から離れたプリマリアが叫ぶが、もう遅い。ルイスは貫かれた状態でしばらくもがいたが、次第に手足から力が抜けていき……やがてピクリとも動かなくなってしまう。




 そしてルイスは……おにぎりになった。




「…………。いや、なんで!?」

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