三十一話 おにぎり

「全てうまくいったようだな」


 遺跡前でルイスがおにぎりになると言う謎の事態が発生して間もなく、遺跡の中でもひときわ目立つ城のような建造物の内部から自信に満ちた声が聞こえてきた。


「おににっ!? 誰だっ!」

「俺だよ、おにぎり魔族四天王のマイダとやら」


 マイダが驚いて城の入口と思しき方向を見ると、さきほどおにぎりになったはずのルイスが中から現れたのだ。


「え……ルイス様? 今胸を貫かれておにぎりに変わるとか言う謎現象に巻き込まれたはずじゃ?」


 プリマリアはぽかんとした表情でルイスの顔を見る。するとルイスはなぜ自分が生きているのかを説明する。


「あぁ。さっきまでお前が一緒にいたルイスは、俺が作り出したおにぎりだったんだ。お前と一瞬はぐれていた隙に、俺はおにぎりと入れ替わっていたわけだ」

「なんでおにぎりをさも当然に影武者みたいにしてるんですか。私の中のおにぎりの定義がまた狂うんですけど」

「まぁ、おにぎりだから影武者にしても複雑な思考はできない。だからそこのおにぎり魔族は騙せてもプリマリアにはバレるかなと思ったんだが……どうやらプリマリアも騙されていたようだな」

「むしろおにぎり影武者の方がいつものルイス様よりシリアスパートこなしてた気がするんですけど。私、おにぎりと恋愛要素繰り広げてたんですか……?」


 どうやら先ほどまでプリマリアと一緒にいたルイスは、おにぎりで作られた影武者だったようだ。ルイスが遺跡へのおにぎり縮地を使って移動した時にプリマリアが見失うほど離れていたが、その隙に影武者になっていたとの事だ。プリマリアは、実は自身がおにぎりといい雰囲気になっていたのだと知って恥ずかしそうに赤面している。


「おにに。私の様子をずっと隠れて見ていたという訳ですか。ですが貴方も飛んで火にいる焼きおにぎり。そこの女と一緒に、灰色おにぎりを食らいなさい!」


 遺跡から出てきたルイスに驚いていたマイダだったが、すぐに気を取り直して呪文を詠唱する。どうやら先ほどと同じようにおにぎりを降り注がせる気らしい。


「『凍える風よ、わが前に吹き荒れよ……そしてその風でおにぎりを運べ! <<おにぎりウィンド>>!』」」


 マイダは先ほどと同様に、おにぎりみたいなポーズを取った。そのポーズはおにぎりのほかほかの温かさと握った触感を意識した、米魔法おにぎりウィンドの発動に欠かせないポーズ。オニギリ文学賞を受賞するほどのとても知的なポーズであった。[この行には独自研究が含まれている可能性があります]


 ……しかしいくら待っても、灰色のおにぎりは降ってこない。それどころか、先ほどまで雲に覆われていた空も今ではすっかり晴れている。


「な、何故……何故私のおにぎりが降ってこない?」

「甘いな、マイダ。インチキなんて俺には通用しないって事を覚えとけ」

「なんだと!」


 おにぎりが降らず慌てふためくマイダに対して、ルイスは得意げな笑みを浮かべる。


「おにぎりピードの発生はとても早かった。このおにぎりピードを実現するには短期間で何万個ものおにぎりを用意する事だ。だがそんな量のおにぎりをたった一人で作るなんてどんな手段を使っても不可能だ」

「ルイス様、遺跡までの道中で魔物相手に何万個もおにぎり出してた気がするんですけど? それは無視するんですか?」

「だが複数人の犯行だったら、もう少しおにぎり士からの目撃証言が増えたはずだ。だから俺はたった一人が裏技を使って何万ものおにぎりを用意した、と予想した」

「無視するんですね……」


 ルイスは自身の推理を語った。おにぎりピードの発生スピードや必要な規模から計算して、たった一人でおにぎりを用意するのは無理があるとルイスは気づいていた。そして複数人の犯行の可能性も低いと考えたルイスは、何か特殊な方法を使って数多のおにぎりを用意したのだと考えたのだ。プリマリアのツッコミはいつも通り無視だ。


「このシガフィーノ遺跡は古来からおにぎりを神として祀っていた遺跡だ。だからこの中に裏技の答えがあると、お前たちが影武者に気を取られている隙に調査したんだ」

「ま、まさか貴様。隠し部屋にたどり着いたのか!?」

「あぁ。この遺跡の地下に、人間が見つけられなかった大量の灰色おにぎりが埋まってたよ。古代人が宝物として埋めたものだったんだろうな」

「そんなもん埋めるな、古代人」


 ルイスが注目したのは、発生現場であるシガフィーノ遺跡だった。ここにこそ犯人がおにぎりを用意できたからくりがあると信じ、影武者を用意して遺跡をくまなく探索したのだ。その結果、朽ち果てた城の奥深くに、今まで人間に発見されなかった灰色おにぎりが見つかった。どうやら古代人が宝物として埋めた物のようだ。何故こんな物を宝物として埋めたかは疑問だが。


「お前が使っていたおにぎりウィンドの動力源はこれなんだろう? 地下に埋まった灰色おにぎりを、お前が回収して空からばら撒いておにぎりピードを引き起こしていただけなんだ」

「くっ……」

「だから俺は地下の灰色おにぎりを全部食べた。これでお前は空からおにぎりをばら撒けないって訳だな」

「大量の灰色に汚れたおにぎりを食べるのはどうかと思うんですが。というかおにぎりをそんな派手なばら撒き方したら色々めんどくさそうですし、人間に目撃されやすいと思うんですけど?」


 そしてルイスはその灰色のおにぎりこそ黒幕が今回の計画で使っていたおにぎりだと確信し、これ以上ばら撒かれないように全て食べたのだ。これでおにぎりピードがこれ以上拡大する恐れは無くなった。ツッコミどころは多々あるが、無くなったったら無くなったのだ。


「くそっ! ですがそれで勝ったと思わない事ですねっ! 私自身も、大量ではなくとも灰色おにぎりは作れますよっ! これを食らって美味しさに驚きなさいっ!」


 マイダは顔を歪めるが、手元に灰色のおにぎりを持って応戦の構えを取っている。どうやらたった今おにぎりを作り上げた様子だ。


「そうか。それなら俺はこれを作るとしよう」


 それを見たルイスは、持っていた道具袋から炊き立ての米を取り出す。そして……。




「……<<第五おにぎり術式>>」

「な、な、な、な……」




 ルイスはぎゅむ、ぎゅむと米を握り、白いおにぎりを完成させる。それを見たマイダは化け物を見たかのような恐れの表情を浮かべる。


「な、なぜだ! なぜお前ごときが白いおにぎりを作れるんだ!」

「やれやれ、この程度のおにぎりも作れないのか」


 全身が恐怖で震えているマイダを、ルイスは哀れむように見つめた。

 もしこれが「な、なぜだ! なぜお前ごときが第三獄炎魔法を使えるんだ!」「やれやれ、この程度の魔法も使えないのか」みたいな最強魔術師とそれを見くびっていた魔術師、みたいな構図だったらかっこよかったのかもしれない。だが如何せんおにぎりをちゃんと作れるか作れないかの話なのであんまかっこよくねぇな、とプリマリアは感じた。


「さぁ、覚悟はできているだろうな?」

「あ、あ、あ……」

「味わってみろ。これが本物の、米だけを使った純粋なおにぎりだあああああああっ!」


 ルイスはそう叫ぶと、恐怖に染まるマイダへとおにぎりを剛速球で投げつける!


「だから投げるなっての! あんたおにぎり投げてばっかりだな!?」


 プリマリアが相変わらずおにぎりを投げまくるルイスにうんざりした表情でツッコミを入れたが、その間にもどんどんおにぎりはマイダに近づく!


「くっ……<<塩ウィンド>>! <<海苔ウィンド>>! <<たくあんウィンド>>! どうせ食べるなら少しでも味付けせねば……!」

「魔法で味付けしてるー!?」


 マイダは塩を降らせたり海苔を降らせたりたくあんを降らせたり、魔法で味付けを企てた。ある意味魔法の無駄遣いとも言える行動に、プリマリアは驚く。

 しかしルイスのおにぎりはそれらの食材を弾き飛ばす! おにぎりは真っ白な見た目を保ったまま、みるみるマイダの口へと迫っていく! 剛速球で投げた割に口にたどり着くのが遅い気がするが、気のせいだ。


「な、何!? 何故味付けが通用しない!」

「無駄だっ! そんなおにぎりに必要ない食材は俺のおにぎりに混ぜる事は不可能っ! 大人しく素材の味を楽しめーっ!」

「別に必要なくはないでしょう、その食材群は! 白おにぎり過激派なのあんた!?」


 ルイスは塩すら入れない白おにぎり以外許さないようである。マイダは更に絶望の表情を浮かべ、プリマリアはおにぎりへのこだわりが歪んでいるルイスへツッコミを入れた。


「う、うわああああああああああっ!」


 やがてマイダの悲鳴が響き、すぽっという音と共にマイダの口におにぎりが入り込み、もぐもぐとマイダが咀嚼をする。そして……




 そしてマイダは……おにぎりになった。




「……こっちも影武者使ってるー!?」

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