二十九話 おにぎり任務

「プリマリア、炊き立ての米は持ったな? 俺は道具袋に大量に入れているぞ」

「持ってないです」

「プリマリア、おにぎりは持ったな? 俺は道具袋に大量に入れているぞ」

「持ってないです」

「よし、準備万端だ」

「どこが?」


 ルイス達は今、カオッカの東門の前にいる。そこで持ち物のチェックをし、準備万端と今にも出発しだしそうなルイス。どこが準備万端なんだと言いたげな顔のプリマリア。


「俺達の任務はシガフィーノ遺跡に向かい、黒幕を倒す事だ。シガフィーノ遺跡はおにぎり地図で言うとここらへんだな」

「地図をおにぎりにしないで欲しい……。見づらい……」


 ルイスは地図のような模様が描かれたおにぎりを取り出し、今回の任務であるシガフィーノ遺跡の場所を指し示す。ただし三角形のおにぎり型なので地図としては非常に見にくい代物であった。


「今から向かうシガフィーノ遺跡は、古代おにぎり王朝時代に建てられたとされる中の構造がとても複雑な建造物群だそうだ」

「知らない時代区分なんですが……」

「古来からおにぎりを神として祀っている遺跡で、かつては貴重なおにぎりが沢山出土していた。おいしいおにぎりだったから、遺跡の調査員は出土したおにぎりをこぞって食べていたらしい」

「おにぎりを神として祀るな。出土するな。出土した物を食べるな」

「内部の調査は何十年か前に終わったが、今でも定期的におにぎりが増えているため調査がされているんだ。その調査で今回の魔物の暴走、おにぎりピードが発覚したわけだ」

「何故おにぎりが増えるんですか。繁殖でもしてるの?」


 ルイスはプリマリアに、シガフィーノ遺跡の詳細を説明する。相変わらずとんちんかんな説明だが、プリマリアは今から向かう場所がヤバい遺跡なんだという事は理解した。


「……プリマリア、シガフィーノ遺跡は危険だからお前は留守番してていいんだぞ? 俺一人でもこの任務は受けられる」

「貴方一人で何かさせたら絶対別の事件が起こるので一緒に行きます。魔法で自衛はできるので大丈夫です」


 ルイスはプリマリアの安全を気遣ったのか、この都市に置いていくつもりだったようだ。だがプリマリアは『ルイスを一人にしたら逆に危ない』とここまでの経験から察知したため、任務に同行する事に決めた。彼女は自身を自衛できるほど魔法に長けているため、不安もない様子だった。


「ところで、シガフィーノ遺跡はだいぶ離れていると聞きましたがどうやって移動するつもりですか?」


 プリマリアが移動手段をルイスに尋ねると、彼はおにぎりを取り出す。


「二人で移動するから、<<おにぎり縮地>>で行こう。プリマリアの口におにぎりを連続で投げ入れるだけで十分な速度で移動できるからな」

「そんなトンチキ移動法絶対嫌です。私、別の方法で移動します」


 ルイスは以前やった第二おにぎり体術:縮地……通称おにぎり縮地を使って移動する予定だったらしいが、おにぎりを口に投げ入れられるのを恐れたプリマリアは別の移動手段を使うと申し出た。


「そうか。それじゃあ俺は自分でおにぎりを連続で食べ続けておにぎり縮地するとしよう。そうすれば俺だけ高速移動できる」

「なんでおにぎりを連続で食べると高速移動できるの……?」


 残念そうな表情でルイスは自分だけおにぎり縮地をする事を決めた。プリマリアは顔をしかめた。




 ルイスはおにぎり縮地、プリマリアは独自の移動魔法でシガフィーノ遺跡に向かう。


「もうすぐシガフィーノ遺跡だな。プリマリア、心の準備は良いか?」


 道中、ルイスはおにぎりをくわえた状態でプリマリアに話しかける。


「心の準備よりも、おにぎりくわえたまま喋れるルイス様の器用さが気になって仕方ないんですが?」

「……おっと。それよりプリマリア見ろ、魔物達が集まっているぞ」


 プリマリアはルイスがなぜそんなに器用に喋れるのかを尋ねたが、彼はその問いには答えなかった。二人の進む先に、魔物の群れが見えたからだ。


「ONIGIRIOISHIIIIIIIII!」

「UMAIIIIIIIII!」

「OMAEMOTABEROOOOOOO!」


 二人は立ち止まり、魔物達の様子を観察する。魔物達はそれぞれが思い思いの雄叫びや叫び声をあげており、そして灰色に汚れたおにぎりを食べていた。


「完全に喋ってますよね、あれ」

「喋っているかどうかの是非はともかく、ああやって集まっているという事は黒幕が近くにいるという事だ」

「いるのかなぁ、本当に……」


 魔物達って普通に喋っているのではないか、この先に黒幕が本当にいるのか、などプリマリアにもやもやした疑問が芽生えたが危険そうな魔物をこのまま放置する訳にもいかない。プリマリアはなんとなく『ルイス様が変な手法で討伐する展開になりそうだな』とも思ったが、ルイスは意外な事をプリマリアに提案してきた。


「プリマリア、俺は黒幕との戦いまで力を温存しておきたいんだ。あいつらをどうにか対処して、道を作ってくれないか?」

「えぇっ? そんな作戦聞いてないんですけど……」


 プリマリアはたった今初めて聞いた作戦に驚く。だがルイスも、何か考えがあるようだった。


「実はここに近づくにつれて、危険な香りを感じてな。嫌な予感がするから、今はプリマリアに頼りたいんだ」

「……危険な香りって、具体的にどんな香りです?」

「何というか、穀物みたいと言うか、炊いた米みたいと言うか、そんな香りが俺の後ろから常に漂ってきててな……」

「それ、大量に持ってきた米が匂ってるだけでしょ」


 どうやらルイスは自分の持っているおにぎりの匂いを「危険な香り」と判断し、警戒心を高めていたようだ。自分の持ってきた米に警戒するなよ、とプリマリアは内心思った。


「はぁ……分かりましたよ。私だって精霊姫。ただルイス様と漫才する女ではなく、魔導に精通した存在だという事を思い出させて差し上げます!」


 一瞬溜息を吐いたものの、プリマリアはやる気になった。ここまでルイスと漫才する展開だったのに飽きていたらしく、ここで一度かっこいい所をルイスに見せたいと思ったようだ。


 そして彼女は、手元に魔法の源である魔力を集中させ、呪文を詠唱する。


『光よ! 邪なる者を浄化させ、我らを導けっ! ……<<ライトボール>>っ!』


 プリマリアが発動した魔法はライトボールであった。この魔法は手元に集めた魔力を大きめの光弾に変換させ、それを相手にぶつける攻撃系の魔法であった。とりわけ、魔物達に対して効果が高くぶつかれば並大抵の魔物ならただでは済まない魔法として知られていた。

 光弾は何発も発射され、ものすごいスピードで魔物達めがけて飛んでいく。そしてその勢いで彼らを薙ぎ払う!


 とプリマリアは思っていたのだが。そうならずにガシッと言う音が鳴る。


「GUOOOOOOOO! トッタドオオオオオオオ!」

「何ィーーーーー!?」


 あろうことか魔物達が光弾を全てキャッチしたのだ。彼らは大喜びでライトボールを取れたことにはしゃぎたて、そして……ライトボールの光弾にかじりついた。


「ウマイウマイ。灰色オニギリヨリハコッテリシタ味ダガ、タマニ食ベタクナル味ダGUO。パクパク」

「待って! 待って! 私の渾身の光魔法<<ライトボール>>を掴んで食べるなっ! それにカタカナだけど普通に喋っちゃってるじゃんあんたら!」


 ペチャクチャ喋りながらおいしそうに光弾を食べる魔物達を見て、プリマリアはツッコんだ。自身が自信を持って放った攻撃魔法がおやつ感覚で食べられてしまったのだ、無理もない。


「なるほど。米魔法の攻撃技である<<ライスボール>>であいつらの腹を満たす算段だったんだな。だがあの威力のライスボールでは魔物達を満足させられなかったようだ」

「光魔法のライトボールだって言ったでしょうが! 誰があんな詠唱でボール型のおにぎり出すってんだ!」


 ルイスはプリマリアの魔法を感心した様子で見ていたが、威力が低いため魔物の満足度が低いのだと評した。プリマリアは自身の技名をボール型のおにぎりみたいに勘違いされたためか、ルイスにもイライラした様子でツッコミを入れる。


「やれやれ。やはり俺がやらなきゃ駄目なようだ」


 そう言ってルイスが前に出る。そして手を前に突き出すと……。


「……そこで見ていろ、プリマリア。米魔法ライスボールの手本を見せてやる」

「見せんでいい」

『米よ! ほかほかなるおにぎりを握らせ、美味しさを引き出せっ! ……<<ライスボール>>っ!』

「私のライトボールに似た詠唱するな」


 彼は先ほどのプリマリアのライトボールをパクったような文言の呪文を唱える。いつも通り合間に挟まるプリマリアのツッコミ。

 だが呪文を言い終わった瞬間。ルイスの手から何万個もの三角形のおにぎりがポンポンポンと魔物達めがけて発射される。


「GUOOO!?」

「ONIGIRIDA!?」

「ABUNAI!NIGEYOU!」


 危険を察知した魔物達は慌てて発射された三角形のおにぎりから逃げようとするが、まるでおにぎり一つ一つに意志を持っているかのように魔物達へと追尾する。そして、それらは次々と魔物の口の中へと入り込んだ!


「UNNMAAAAAAA!」

「METTYA・OISHIIIIIIII!?」

「MOTTO・TABETAIIIIIIIIII!」


 一体、また一体と狂喜の叫びが響き渡る。どうやら魔物達はそうとうルイスのおにぎりを美味しいと思ったようである。


「なんか量多いし、口の中へ自動追尾してるみたいだし、ボール型じゃなくて三角だし……地味にツッコミどころが多いっ!」

「よし、魔物達におにぎりを食べさせたから通り道ができたぞ。今がチャンスだ」

「おにぎり食べさせただけで通り道ができるってどういう状況なの……」


 プリマリアが今回の技にどういう風にツッコミするべきか決めあぐねていると、いつの間にやら遺跡に通ずる道に魔物達が失せていた。これならなんの問題も無くシガフィーノ遺跡へと行けるだろう。なぜ遠隔でおにぎりを食べさせただけで魔物が消えたのか、と言う疑問は残るが。


「とにかく行くぞ。<<おにぎり縮地>>!」


 そしてこの機に乗じてルイスはおにぎりを口にくわえ、ぎゅうううんと言う音をたてながら走り行く! その速度はすさまじく、その場で混乱していたプリマリアから見てルイスは米粒大にしか見えないほどの距離を移動してしまった。


「はっや!? おにぎりくわえただけでそんな速くなるか普通!?」


 それに気づいたプリマリアは慌てて追いかけたが、しばらくの間追いかけても追いかけても全然追いつけない状況が続くのだった。

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