十三話 おにぎり図書館

 宿で朝食を済ませたプリマリアとルイスは、宿にほど近い大通りを歩いていた。ちなみにプリマリアが食べた朝食は、ルイスが作ったおにぎりだ。「あんだけ大きな音立てて結局普通のおにぎりかよ」が恐る恐るおにぎりを食べたプリマリアの感想であった。味は薄かった。


「で、ルイス様。今日はどうするんですか。この都市からさっさと出るなら喜んでお供しますが」

「そうだな。長期的にここに滞在する事は決まったが、その前にちょっと調べておきたいことがあるんだ」

「やっぱり長期的にここに滞在するのは決定事項か……」


 プリマリアは露骨に嫌そうな表情をするが、ルイスは気にせず話を続ける。


「で、味噌焼きおにぎりちゃんに聞いた話だとこの都市内で調べものをするなら、ここら辺にある王立図書館が良いと聞いたんだ。だから今日はまずそこに行くのが最優先だな」

「図書館ですか。私、人間界の本は大好きですよ。特に物語とかが好きですね」


 プリマリアは図書館と聞いて喜んだ表情を浮かべる。これまでおにぎりずくめの展開だったので、娯楽物を見れることが嬉しかったのだろう。


「それならちょっとそういう物も借りるか。……お、ここだな」


 そう言ったルイス達がたどり着いたのは、巨大なおにぎりだった。先ほどまでいた宿屋より数倍は大きい。おにぎりの前には看板が立てかけられていて、「王立おにぎり図書館」と書かれていた。


「……分かってましたよ。建物がこういう感じだってパターンは薄々気づいてました……」

「じゃあおにぎりギルドカードで身分証明して、さっさと入ろう」

「落ち着け私……建物はおにぎりでも、本がまともなら問題はない……壁がおにぎりだったら湿気がやばそうだけど……」


 建物を見てまたも露骨にテンションがだだ下がったプリマリアであったが、すぐさま頭をぶんぶんと振ってルイスの後をついて建物の中へと入った。

 もうこの際建物が馬鹿げてても良い。本がまともに読めるなら十分だ。早急に娯楽物を手に入れてつらい現実から逃避してしまおう。彼女はそう思っていた。

 ……精霊姫にはふさわしくない後ろ向き思考である。心が相当折れているようだ。


 で、皆さんお気づきかも知れないが「本がまともに読めるなら」と思ったその思考こそ、プリマリアの死亡フラグである。


***


「……おにぎりしか置いてねぇじゃねぇかああああああ!?!?」


 プリマリアは早々にフラグを回収し、図書館に大声でツッコミを入れた。図書館と看板が出ていたのに本棚と思われる棚にはどこもかしこも白いおにぎりしか置いてなかったからだ。


「プリマリア、静かにするんだ。図書館で大声で叫ぶのは迷惑行為だぞ? 人間界の常識だ」

「この馬鹿げたおにぎり展示場を図書館と呼ぶ方が常識から外れてるでしょう!? 図書を置きなさいよ図書を!」

「まぁ仕方ないだろう。人類は何かを書くために石、粘土板、パピルス、紙と歴史上様々な物を使ってきた。紙の時代から千年経てば、図書がおにぎりにもなるさ」

「ならんわっ! 利便性も保存性も紙の方が断然上だよ! というか、ギルドは普通に紙の書類で申請してただろ、あれ使えばいいじゃないのっ!」

「まぁその話は置いといて。俺がここで調べたいのは最近の歴史だ。だから歴史おにぎりを借りよう。ついでだからプリマリアの欲しがっていた物語おにぎりも一緒に借りるとしよう」

「んなもん欲しがってない。私が欲しいのは得体の知れないおにぎりじゃなくて物語の書かれた本だよ、本!」


 ルイスはプリマリアのツッコミをひょうひょうと回避し、おにぎりが並べられた図書館の奥へと進む。そして「おにぎり」と書かれた棚から三つほどおにぎりを、その隣にある「おにぎり」と書かれた棚から二つほどおにぎりを手に取り、近くにあった机へと運んだ。


「この三つが歴史おにぎりの名著で、この二つが物語おにぎりの名作だ」

「他の数多のおにぎりと違いが分からねぇ」

「背表紙の説明では、この二つの物語おにぎりはおにぎりとおにぎりの恋愛を描いた壮大なおにぎりファンタジーらしい。プリマリアはそういう恋愛物好きだろ?」

「おにぎりに背表紙無いだろ。あと題材までもおにぎりにするな」

「そしてこの歴史おにぎりはここ七百年の間に起こった出来事を原稿おにぎり五百個分の文章量で細かく書いているそうだ。五十年前に作られたおにぎりで、今でも学園の授業で愛用されてるおにぎりだとか」

「学園で愛用されてる意味が分からないし、原稿おにぎりって単位聞いた事ねぇよ。それに五十年物のおにぎりは普通腐るだろ」

「本当はこの図書館にある五百年前のおにぎりの方が正確な情報が書かれているんだろうが……残念ながら禁書扱いで、最深部の書庫に厳重に保管されているからな。王族の許可が無いと見れないらしい」

「五百年前のおにぎりは腐るとか通り越して朽ちてるだろ。ていうかここまでの情報はどこから仕入れてきたんだ」


 机の上に歴史おにぎり……と思われるおにぎりと物語おにぎりと思われるおにぎりが並べられ、ルイスはプリマリアに事細かく持ってきたおにぎりが何なのか説明した。どれも同じおにぎりにしか見えないプリマリアは次々にツッコミを入れていく他ない。


「よし、じゃあ俺は歴史おにぎりを調べるから、プリマリアは自由に物語おにぎりを楽しんでくれ」


 ルイスはそう言っておにぎりを割って中身を読み始める。


「え、マジでおにぎりの中に何か書いてるんですか……?」

「あぁ。ほら見て見ろ。米の一粒一粒に文字がびっしり書かれているだろう?」

「うっわ、きもい! なんだこの無駄に高い割に必要性を感じない技術力!?」


 プリマリアがおにぎりの中を覗き込むと、中の米にびっしりと小さな文字が書かれているのが見えた。あまりに小さすぎて、どんな技術が発展したら書けるんだとしか思えないほどだ。

 その米全てに黒いぐちゃぐちゃした模様が付いているかのような様は、プリマリアの目には気持ち悪い物にしか見えなかった。


「物語おにぎりも同じような感じで文字が書いてるから読んでみるといいぞ」

「もういいです……。正直きもいのでそのおにぎりを近づけないでください」

「遠慮するなって。文字を読むのが苦手なら俺が読み聞かせしてやるからさ」

「いや、きもいのでやめてくださいって言ってるでしょう。やめ、やめて、やめろ、ガチでやめろ。おにぎりを持って近づくな。こら、割るな! 中を見せるなっ!」

「どうだ? こっちは米に挿絵も描かれてて美しいだろう? 総天然色・フルカラーだから色も鮮やかで……」

「やめろっつってんだろ! 更におにぎりっぽさを崩壊させる情報を伝えるな!!」


 ルイスはプリマリアにしつこく物語おにぎりと紹介したきもいおにぎりを押し付けてきた。プリマリアのルイスに対する不信感はまた高まるしかなかった。

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