十四話 おにぎり歴史

 その後ルイスは一時間ほど歴史おにぎりの中身を見つめ続けた。プリマリアはその間暇つぶしが無かったので地味に苦痛であった。この図書館の机に突っ伏して寝ようにも机がべたべたしててとても寝れたもんじゃない。この机もおにぎりなのかよ、と呟きながらプリマリアは死んだ目付きになってしまった。


「よし、大体わかったぞ」


 そしてルイスは、満足げな表情で今まで読んでいた歴史おにぎりを自分の口の中に放り込んだ。


「プリマリア、歴史おにぎりは大体読み終えた。この世界で過去に何があったのかが少しだけ分かったぞ。もぐもぐ」

「いや、食うなよ!? 五十年物のおにぎりだってさっき自分で言ってたでしょ!? お腹壊しますよ!?」

「読書し終わるとお腹が空いちゃうからな。こういう所が図書をおにぎりにする利便性の一つだ。もぐもぐ」

「読書の後に別のお菓子でも用意すれば済む話でしょ!? 書物自体食べちゃったら利便も何もないって!!」

「まぁとにかく、プリマリアに千年の間に起こった人間界の歴史を教えてやろう。何故この世界がこんなにも狂ってしまったのか、気になるだろう? ごっくん」

「千年前の人間であるはずのあんたもだいぶ狂ってると思うんだけど……?」


 ルイスの異常行動にプリマリアは当然ツッコミを入れたが、ルイスはおにぎりを飲み干すと何事も無かったかのようにすぐさま人間界で何が起こったのかを説明し始めた。プリマリアはついルイスを「あんた」と言ってしまうほど呆れていた。


「今から千年前……俺が勇者として活躍していたころだな。その時代は町中がおにぎりに溢れている素晴らしい世界だった、と歴史おにぎりに書かれていた」

「嘘つけ。千年前の時点でそんな世界だったなら私は人間を即刻見限ってたっての」


 ルイスは最初に、千年前の人間界がどう書かれていたかを説明した。いきなりおかしな文章が飛び出したので千年前にルイスと共に旅をしたプリマリアはすぐさま否定する。


「だがある日魔王が現れおにぎりを破壊しつくした。それに立ち上がったのが人間界の代表である勇者、戦士、魔法使い、治癒師。そしておにぎり界から来た精霊姫だった」

「そんな異常行動の魔王も、得体の知れない世界から来た精霊姫も心当たりがないんですが」

「そして魔王の前で、精霊姫が農家と契約して作った米を勇者がおにぎりにした。それを食べた魔王は滅びた」

「そんな倒し方も農家との契約も記憶にないんですが。確か剣を一振りして倒したはずですよね」

「やがて精霊姫はおにぎりに一目ぼれして結婚し、世界は王に即位したおにぎりとその妻である精霊姫によりおにぎりの更なる繁栄が実現した。歴史おにぎりにはそう書かれていた」

「おにぎりと結婚した覚えなんかねぇよ。なんだその歴史書、でたらめにもほどがあるだろ」

「まぁ、ここまでは俺の記憶と合致してる。歴史おにぎりの正確性は高そうだな」

「ルイス様の記憶もだいぶでたらめになってませんかねぇ!?」


 そして次々に紡がれる存在しない千年前の伝承。プリマリアはルイスの口から得体の知れない歴史が飛び出すごとにツッコミを入れるが、ルイスはさもそれらの歴史が実体験だったかのような懐かしそうな表情で語っていた。


「だが俺が千年後の未来へと渡った後。人類は突如としておにぎりを作れなくなり、米をそのまま炊いて食べるしかできなくなる謎の現象が発生したんだ」

「謎の現象にもほどがある。なんで米は炊けるのにおにぎりは作れなくなるんだ」

「それにより人類は残ったおにぎりを奪い合う戦争を何度も行い、多くの死者が出た。人口は一時九割減ったらしい」

「おにぎりだけでそこまで争う必要ある?」

「最終的にとあるおにぎり研究家が『米を握ればおにぎりを作れる』という大発見をしたことによりおにぎり不足が解消され、戦争はようやく終結した」

「なんでその基礎知識が大発見扱いされてんだ。おにぎりに関する記憶でも消されたのか?」

「しかし長き戦争により多くの文明は崩壊し、おにぎり技術は大きく衰退した。それが原因で、おにぎりは今の爆発する土くれ形式が一般的になってしまったんだ」

「なるわけないだろ! あのシンプルな手法をどう衰退させれば爆発の余地が入るんだ!? というか建物とか図書は普通のおにぎりの形状だったのになんで土くれがスタンダードなんだよ!」


 やがてルイスは、自分が未来に渡った後の歴史を語っていく。謎の米騒動、血を米で洗うおにぎり戦争、おにぎりの作り方発見、衰退……。どうやら千年の間にさまざまな事が起こっていたようだ。ただしどれも明らかにカオスなのでプリマリアには与太話にしか感じない。


「……これがおにぎりが衰退した理由だ。少し歴史の謎はあるが、おおまかな流れは分かっただろう?」

「ここまで信じる余地が無い歴史を聞くのは初めてです。前半も後半も嘘まみれとしか思えません」

「どちらにせよ、この世界で一番権威のある歴史おにぎりに書かれていたからな。これが人類の一般知識だという事は知っておいた方が良い」

「こんな馬鹿ストーリーが一般知識になってる世界とか、もう駄目ではないでしょうかね……?」


 ルイスの楽しい歴史の授業は幕を閉じた。聞いていたプリマリアはいつも通り頭を抱えて絶望している。こんな歴史信じたくないし、こんな歴史を信じてる人類も信じたくないし、同じく歴史を信じてそうなルイスの心境も信じられなくなっているからだ。


「よし。じゃあ最初の目的も済んだことだし、これからお昼までは自由時間だ。プリマリアも気楽に物語おにぎりを読んでいいぞ」

「んなもん見たくもありませんのでさっさと図書館出ましょう。そのおにぎりはルイス様がさっさと片づけてください」


 プリマリアは疲れた表情をしながら図書館を出る準備を始めた。中に文字が書かれたおにぎりなんて正直見た目から気持ち悪いし、歴史おにぎりとやらの前例を見るに内容もろくでもないだろうと判断したからだ。


「はは、勇者をこき使うだなんて仕方のない精霊姫様だな」


 そしてルイスは困った顔でそう言い、机の上に置かれた物語おにぎりを口の中に放り込むのだった。


「……って、また変なおにぎり食いやがったぞこいつ!? おにぎりに対して見境ないのかっ!?」


 特に脈絡なくおにぎりを食べたルイスに、プリマリアのツッコミが飛んだのはいつも通りの展開である。

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